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王として

兆加は、明けて来る空を眺めて不安げにしていた。王は戻られない…維月様は、お命を留められたのであろうか。

兆加は、もう700歳を過ぎた古参の臣下だった。昔、年上の洪、もっと年上の公李と共に、この龍の宮を必死に切り盛りした。王が恐ろしいかただということは、見ていて知っていた。洪や公李からも、いやほどに聞いていたし、兆加はそれを違えようとは思わなかった。

勝手なことをして目の前で斬り捨てられる同じ臣下達を、兆加は何人も見た。その度に恐ろしさに震え、眠れなかった。いつかは自分もあのように斬り捨てられるのでは…。

兆加は、最初いつもびくびくとしていたのだ。

しかし、洪達と共に王の決断や考え方を知るにつれて、それは杞憂に変わって行った。王は闇雲に殺されるのではない。ただ王に忠実でさえいれば、決して斬ることもなく、それどころか守ってくださる…。

それからは、兆加は心から、王に仕えた。王の決断に、疑問を感じるなどあってはならないことだと思うようにした。

公李が逝き、そして、最近に洪が逝き、ついに自分が重臣筆頭になった今、若い臣下達を育てるのがこれほどに大変なことかと思った。洪の息子の廷であれば大丈夫であろうと、目を掛けて高い位置に据えたのが悪かったのかもしれない。穏やかな将維様が王であった頃は通じたその廷のやり方も、最強の王、維心様の転生で命を縮めるやり方だと諭した。しかし、廷は聞くことはなかった。

思いの外王は我慢してくださっていた。だが、此度の事は、維月様も関わって来る大きな事。恐らく、このままでは済まされまい…。

兆加は、一晩中まんじりともして居なかった。洪の残した子は、廷だけではない。だが、廷を跡継ぎにと据えて死んで逝った洪に、なんと言えば良いものか。

兆加がまた空を見上げると、明けて来た空を、維心が何かを腕に飛んで戻って来るのが見えた。傍に、慎怜が付き従っている。兆加は庭に飛び出した。

「王!」

維心がそこへ舞い降りて来た。腕には、維月をしっかりと抱いている。慎怜が膝を付いてそこへ着地した。

「兆加。今戻った。」

兆加は目を潤ませた。

「おお維月様!よくぞご無事であられました。」

維月は頷いた。

「心配を掛けてごめんなさい、兆加。」

維心は言った。

「しかし、気を著しく消耗しておっての。妃は休ませる。我の部屋へ置くゆえ。」

兆加は頷いた。

「はい。維月様の侍女達が待ちかねておりまする。半年もお戻りがなかったので…。」

維心は維月を連れて奥の間へと歩きながら、維月に頬を擦り寄せた。

「我が妃よ。我の手元に戻って参った…この上は、いつも我と共に。月の宮へも、我と参ろう。」

維月は微笑んで維心の首に抱きついた。

「はい、維心様…。」

やはり維月は疲れたようで、維心の奥の間の寝台に降ろされてホッとした顔をしていた。維心はそんな維月の額に口付けると、言った。

「さあ、休め。我は責務があるゆえ…すぐに戻る。」

維月は微笑んで頷いた。

「はい。」

維月が目を閉じたのを見てから、維心は奥の間を出て、居間で待つ兆加の所へ戻った。

兆加は深々と頭を下げた。

「王、この度は維月様のご無事のご帰還、大変に安堵致しましてございまする。」

維心は頷いた。

「主には申すが、維月は月の子を宿しての。まだ月満ちぬのに、このほど出産し、そして急ぎここへ戻って参ったのだ。その時に、命を落とし掛けた。元より維月は地の子。地が必死に留め、十六夜も力を注ぎ、そして将維と我が黄泉へ迎えに行き、それで戻って参ったのだ。」と、眉を寄せた。「それもこれも、月満ちぬのに産気づいたがゆえのこと。廷の企みが維月に知れて、維月が心を痛めたからに他ならぬ。そもそも王の我を謀ろうとは許されることではない。主には分かっておろう。あれは処刑する。跡は、弟の(ほう)に継がせよ。」

兆加は、やはり、と頭を下げた。王であるのだから、もしもこれが維心様でなくとも、そう決断されたであろう。王を謀るなど…絶対にしてはならぬこと。それが例え、王の御為と思っていたとしても、王の許可なく何かをするということ自体が許されないのだ。

維心は、傍に控える慎怜に頷き掛けた。慎怜は黙って頭を下げ、その場を出て行った。


蓬は、兄の廷に向き合っていた。廷が牢に繋がれたと聞き、まさかと思って急ぎ来たのだ。しかし、間違いなく兄はそこに居た。

「兄上、他の臣下達より聞き申した。なぜに、王を謀るようなことを。王は大変に恐ろしいかた。決して逆らってはならぬと、父上は常、申されておったものを…。」

廷はそこに座って、ただ茫然としていた。まさか、こんなことになるとは思わなかった。妃ぐらいと、簡単に迎えられると思ったのに。王は、決してそうはしなかった。そして、自分を牢へ…王を謀ったと。まさかこれが謀ることになるのか。しかし、確かに我は王の許可なくあのようなことを…。将維様はそんなことはおっしゃらず、黙って妃に迎えてくださった。ただ、決してただの一度も通っては頂けなかったが…。

「将維様が王でいらっしゃった時は、そのようなことはおっしゃらなかったのだ。なので、我はこれが王を謀るなどと思ってはいなかった。」

蓬は眉を寄せた。

「将維様は維月様にお育て頂いたゆえに、穏やかな気質であられたゆえのこと。まだ父上もご存命であられたし、事を荒立てずにおこうという配慮であったのですぞ。兄上、そのようなこともお分かりにならなかったのか。王は大変に恐ろしいかた。父上でさえも、何度斬り捨てられそうになったか分からぬとおっしゃっておられたものを。」

そう、その度に維月様が助けてくださったと、父上は言っていた。そんなに簡単に臣下を斬ってはいけませぬと…。

しかし、此度はその維月様に仇成すようなことをした。我は維月様は王には相応しくないと思っていた。しかし、王が少しずつでもこちらの話を聞くようになってくださったのは、他ならぬあのかたのおかげであったのだと、父も、それに兆加も言っていたのに。刀を抜いた王は、間違いなく自分を斬るつもりだった。兆加と慎怜が間に入ってくれなければ、今頃はあの皇女共々斬り捨てられていた…。

廷がうなだれると、そこに軍神達が入って来た。その先頭に、慎怜が居る。蓬は下がって場を開けると、頭を下げた。

「…愚かなことをしたの、廷。残念よ。しかし王の命であるゆえ、仕方がない。」

廷が驚いていると、そこに兆加が入って来た。そして、重々しい表情で廷を見ると、言った。

「廷。王は主の処刑を言い渡された。王を謀ろうとした罪ぞ。」と、蓬を見た。「蓬。これより主が我らと同じ位置へ付けとのこと。」

蓬は、必死に兆加に駆け寄って言った。

「ああどうか兆加殿!兄は分かっておらなんだのでございます。これが王を謀ることであるなどと、思いもせずにこのようなことを!」

兆加は苦しげに眉を寄せた。

「我とてどうしようもないのだ。王が命じられたことは絶対である。」

慎怜が頷いた。

「我らは王の命に従うのみ。意見など出来ぬ。望むことは出来てもの。」と刀を抜いた。「最下層に禁固の刑になるよりは良い。黄泉へ逝き、父に申し開きをするが良い。」

他の軍神達が牢に掛けられた結界を解く。慎怜は前に進み出た。廷は怯えて後ろへ下がった。

「じっとしておった方が苦しまずに済むゆえ。一瞬のことぞ。」

廷は後ろ向きに倒れた。そして身を起こすと、必死に奥へと這って行く。蓬が涙を流しながら、それをただじっと、震えて見ていた。

慎怜は刀を、突く形に構えた。

蓬は思わず、目を逸らした。


その少し前、維月は、気になって目を開けた。目の前で、維心がじっと考え込むような顔をしている。維月の横で横になっていたものの、その目は別の何かを見ているようだった。結界の中は意識を集中すれば見える…。維心はよくそう言っていた。

「維心様…?」

維心はハッとしたように維月を見た。

「維月?どうした、眠れぬか?」

維月は半身を起こした。

「いえ、元よりもう、眠くはありませぬ。維心様…何をご覧になっておられましたか?」

維心は視線を落とした。

「いや、何でもない。」

しかし、維心は何かを気にしているようだ。維月は何かに気が付いたような顔をした。

「そういえば…廷はどういたしましたか?まさか、お話も聞かずに、もはやとは…、」

維心は横を向いた。

「…言ったであろう。政務のことは、我に任せよと。」

維月は悟った。維心は、きっと廷の処刑を命じたのだ。

「維心様、お待ちくださいませ。廷のしたことは許されないことであったやもしれませぬ。しかし、恐らく維心様のお為を思って行ったのではありませぬか?一度、話だけでも聞いてやってくださいませ。洪の息子なのでございます。私は、前世洪にどれほど助けられましたことか。どうか、維心様。命だけは…。他に何か、罰がありまするでしょう。」

維心は横を向いたまま、答えない。維月は続けた。

「維心様…新しい世でございます。この世は、前世とは違うのです。将維と蒼が統治していた、話し合いで妥協策を見出して行く世。そうおっしゃっておったではありませぬか。やり方を違えても良いのではありませぬか?話を聞いて、もしもどうしようもないのなら、お斬りくださいませ。どうか、維心様…。」

維月は頭を下げた。維心は慌てて維月の頭を上げさせた。

「…ならぬ。主が頭を下げることではない。」維心は、ため息を付いて、寝台から降りた。「わかった。主の頼みぞ、一度話は聞いて来ようほどに。しかし、我の判断で斬る。良いな。」

維月は頷いた。維心は腰に刀を挿すと、奥の間を出て行った。


兆加も、目を逸らした。

自分が、止めていられたなら、こんなことにはならなかったのに。慎怜も、こんなことは本意ではないはず。しかし、これが任務なのだ。殺せと命じられたら、妻であろうと兄弟であろうと斬らねばならぬ。それが軍神なのだ。

慎怜が胸を一突きにしようと刀を構えたその時、後ろから声が飛んだ。

「待て。」

慎怜は、凍りついたように動きを止めた。軍神達が慌てて膝を付き、慎怜も、王の姿に膝を付いた。

「は!」

維心は、ゆっくりと廷のほうへ歩み寄って来た。そして、言いたくなさそうに言った。

「主など早よう斬ってしまいたいのであるが」維心は低い声で廷を蔑むように見た。「我が妃がどうしても話を聞いて参れと申す。他ならぬ、洪の息子であるゆえの。我としては、聞くことなどない心持ちであるが、主、何か申し開きすることはあるか。」

「お、王…、」

廷は、ガクガクと震えて声にならない。兆加は身を乗り出した。今、己の命の為に申し開きせねば!王は、滅多にこんな風に話を聞く気になってなどくれぬ!

慎怜も同じ心持ちのようで、じっと気遣わしげに廷を見ている。蓬が、必死に頭を下げた。

「王!我が兄をお許しくださいませ!兄は王を謀ることになろうとは、思ってもいなかったのでございます。ただ、王のお幸せのために、それが一番良いと思うてのこと…結果、このようなことになってしまい申した。」

維心は、ちらと横の蓬を見た。

「これは、常より維月に対して無礼であるなとは思うていたのだ。であるのに、我は見逃していた。我が妃が良いと申すゆえの。廷、維月の何が気にくわぬ。」

廷は、幾分己を取り戻して、頭を下げた。

「そのように畏れ多い…。ただしかし、維月様が月の宮へお戻りになってしまわれること、それに、前世我が王が維月様を追って、そのお命を落とされるにあたっては、まさか今生でもそのようなことになりはしないかと、我は…いつも危惧しており申した…。まさか、そのようなことになってはと、王に無断で、維月様以外のかたと縁付けようとしてしまいましてございます。」

維心は黙って聞いていた。そして、兆加を見た。

「主も同じか?」

兆加は首を振った。

「いいえ。王、維月様は不死であられ、にも関わらず、王の寿命が終わられる時、共に逝かれると聞き及んでおりました。しかし、闇から地上を守るために、陽の月と共に命を懸けられた。ゆえに先に逝ってしまわれ…王は、将維様にご政務を任せられ、ずっと門から維月様をお呼びになられた。そして、旅立たれたのでございます。その時のことを、我もよく覚えておりまする。維月様が逝かれたので王が逝かれたのではなく、その反対も有り得た。ただ、たまたま先に維月様が十六夜様と共に逝って、王を迎えに来られただけでありまする。」

維心は頷いた。

「そうよ。本来ならば、我が先であった…闇さえ、生まれなければの。廷よ、それは維月ゆえのことではない。他に妃が居ろうと、我は維月しか要らぬし、どの道連れて参るのも維月だけであった。それに他に妃が居ろうとも、維月が先に逝けば、我は後を追った。それに」と力を入れて言った。「何より我がこの世に戻ったのは、維月が転生すると知ったため。そうでなければ、あちらで共にずっと、こちらへ戻らず過ごしておったわ。何も主らの世話ばかりに為に、このように面倒な世に戻ったのではない。あれが居るからこそ戻ったのだ。それをゆめ、忘れるでない。維月無しに我はここには居らぬ…王にも成り得ぬ。」

廷は下を向いて黙った。王が戻られたのは、我らのためではないと申すか。維月様が戻られるからこそ、追って戻って来られたと…。

「王…。」

兆加が、維心を見た。分かっている、といったようだった。維心は廷を見た。

「本来なら、ここで消さねば甘いとみなされるゆえ、我は主など殺しておったところ。だが、主から宮での序列をはく奪することで許そうぞ。屋敷で謹慎するが良い。蓬、主が宮へ上がれ。」

兆加が、維心を見上げた。

「おお、王よ!なんと…温情を賜りましたこと、感謝申しまする。」

維心はフンと踵を返した。

「あくまで我は殺したかった。だが、我のためと思うておったものを、斬って来たとは維月に報告出来ぬゆえの。兆加、主ももっとしっかり監督せよ。次は誰であっても、我が直々に斬って捨てる。わかったの。」

兆加は膝間付いた。

「ははー!」

維心はそれを振り返りもせずそこを去った。

兆加はいつまでもその背に頭を下げていた。

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