想い
レイティアは、思いの外すっきりと広く居心地の良いディークの王の居間に居た。窓からは、広々とした庭が見える。レイティアは庭にうっとりと見とれた。
「なんと美しいこと…。木々が大きくて立派よの。我は、ごちゃごちゃとした庭は好まぬが、このようにすっきりした力強い庭は好みぞ。」
ディークは微笑んだ。
「気に入ったのなら良かった。我もあまりごちゃごちゃしておるのは好かぬのだ。あまりに花が多いのもな。女は、花を好むと聞いておるが。」
レイティアは笑った。
「確かに好きであるぞ?庭の入口には、薔薇園があるではないか。我の庭師達は、あれを咲かせるのに命を懸けておるからの。」
ディークは同じように笑った。
「そう言えばそうよ。あれは見事なものよな。我も植えさせてみようかの。」
レイティアは頷いた。
「ならば、我の所の薔薇を株分けさせよう。同じ薔薇を見ることが出来ようの。」
ディークは、その言葉になぜか心が明るくなった。同じ薔薇を見る…。
「…では、早急に植えさせよう。主の庭師を、しばし借り受けてこちらの庭師を教育させねば。」
レイティアは大真面目に考えながら頷いた。
「では、そのように。帰ったらすぐにでも来させねばの。」
ディークは、思えばここに初めて女というものを連れて来た。レイティアがここに来ることが、嫌ではなかった。確かに妃ではあっても、レイティアは王。こちらに住むことは叶わぬ。なのに、自分の手元に居ることが、これほどに安らぐものとは思わなかった。
ディークは、レイティアを促した。
「この先が、我が休む部屋ぞ。」
レイティアは、連れられるまま、奥の部屋へ足を踏み入れた。そこは広く、天蓋が付いた大きな寝台が置かれていた。窓も大きく、とても明るい。レイティアはその寝台に触れた。
「…ディークは、いつもここで休んでおるのだな。」
ディークは、微笑んだ。
「そうだ。ずっとここで一人で休んで来た。ここには、誰も入れたことがないのだ。今日は、主が居るの。今夜は、泊まって参るであろう?」
レイティアは、少し驚いた顔をした。そんなつもりはなかったから、休む用意など持って来なかった。
「しかし…休む支度をして来なかったのだが…。」
ディークは、首を振った。
「そのような。そんなものは気にすることはない。我が揃えさせるゆえ。」
レイティアはためらったが、ディークが望むならと頷いた。ディークは満足げに言った。
「侍女!妃の衣裳を作らせよ!」
途端に、離れて立っていた侍女達がわらわらと出て行った。レイティアは思った。そうか…ディークは王なのだ。自分と同じ…。
レイティアは、なぜか少し眩暈を感じた。まただ。昨日もこのような…。一体どうしたものか。
「レイティア、次は庭へでも出るか?」と、慌てて手を出してレイティアを支えた。「どうした?!レイティア!」
ディークの腕に捕まりながら、レイティアは力なく言った。
「すまぬ…昨日からこのように時に眩暈がしての。このようなこと、これまでなかったのに。」
レイティアは、吐き気を抑えて言った。こんな風に体調を崩すなど初めてだ。ディークは慌ててレイティアを抱き上げると、傍の自分の寝台へ寝かせた。
「無理をするでない。待っていよ、すぐに治癒の者を呼ぶ。」
ディークは、何やら慌ただしく指示をしている。それを聞きながら、レイティアは気を失うように目を閉じた。
気が付くと、ディークが傍でこちらを見ていた。レイティアはびっくりして起き上がる。そうだ、気分が悪くなって、それから…。
自分のドレスは着替えさせられて、楽なものになっていた。そして髪もほどかれてある。レイティアは気まずげに言った。
「せっかく城へ連れて来てもらったのに、このようななりですまぬ。滅多に具合が悪いなどないのに。」
ディークは微笑みながら首を振った。
「無理はならぬぞ。主の体は、主だけのものではないのだからの。」
レイティアは、じっとディークを見た。それは…。
「…ディーク、まさか我は…。」
ディークは微笑んで、レイティアを抱き寄せた。
「臣下達が大喜びぞ。我の子が、ここに居る。」
ディークは、レイティアの腹に手を置いた。レイティアは驚いた…懐妊?!もう?まだ、婚姻からひと月ほどであるのに!
「なんと…このように早くとは思わなんだ。どちらであろうの?」
男か、女かということだ。ディークは笑った。
「気の早いことぞ。まだ分からぬの。しかしそのうちに分かるであろうて。ま、どちらでも良い。臣下達は男が良いであろうが、そちらは女が良いのであろう?我はどうせこれからいくらでも出来るのであるから、最初はどちらでも良いと思うておるぞ。」
レイティアは、腹に触れるディークの手に自分の手を重ねた。
「…不思議な心地ぞ。このような気持ちに、なるとは…。」
レイティアは、涙ぐんだ。そう、嬉しいのだ。ディークとの子が出来て、嬉しい…。まさか、こんな気持ちになるなんて。
ディークは、レイティアに頬を摺り寄せた。
「我も嬉しい。このような心地になるとは思いもせなんだ。レイティア…我は、主を想うておるのやもしれぬ…。主はそのようなもの、重いと思うだろうの。だが、真実ぞ。主のような女、初めてぞ。我は、主の傍に居たいと望む。なので、あのように頻繁に通ったのだ。」
レイティアは、涙を流した。我を、想っていると。ディーク…それは、我にとり初めての…。
「ディーク。」レイティアは、泣きながらディークを見上げた。「我も…。我も主を想うておるようぞ。主の子が出来て、我はこのように嬉しい…。」
ディークは、それは嬉しそうに微笑んだ。そして、レイティアに唇を寄せた。
「愛している。我が妃よ…主が王でなければ、我とここで共に暮らせるであろうに…。」
「ディーク…。」
二人は、そのまま抱き合って寝台へ倒れた。愛している。そして、相手も愛してくれている。それが、このように幸福なことであったなんて。そして、その男の子を宿すことが出来たなんて…。
炎嘉に、もう通うことはしないと伝えようとレイティアは思った。
お互いに幸せになるためには、それが一番いいのだと思ったからだった。
維月は、その知らせを維心から聞いた。維心は、居間へ会合から帰って来て入って来て開口一番言った。
「維月、レイティアが懐妊したとのことぞ。」維月が、驚いて維心を見る。維心は続けた。「腹の子の父は、炎嘉ではない。隣国の王、ディークと申す者らしい。ここひと月ばかり通っておったらしいが、すぐに出来てお互い驚いておるそうだ。炎嘉には、もう通わないと伝えて来たのだと知らせて来た。」
維月は、ぱあっと明るい顔をした。
「まあ!それは…レイティアは幸せになったということ?」
維心は微笑んで頷いた。
「どうもお互いに望んで傍に居るようであるぞ?お互いに半月ずつ分けて通い合っておるのだそうだ。気になるのは、ディークのほうも妃を里へ帰したということかの…女の恨みとかいうものが、育って居らねば良いがの。炎嘉は、負担がなくなったと喜んでおるようであるが。」
維月は少し、心配そうな顔をした。
「はい…確かに。」
維心は、維月を元気付けるように肩を抱いた。
「気にするでないぞ。しかし、これで先見に現れなんだ者が出て来た。レイティアも懐妊し、未来は変わったということではないか?」
維月はいくらか気を取り直して維心を見た。
「はい。確かにそうですわ。よかったこと…維明も、あの先見で見た姿より、大きくなっておりまするし。それだけでも、先見を覆して時は何事もなく過ぎたのですわ。」
維心は大きく頷いた。
「そうよ。とにかく、まずは重畳。ここよりは、様子を見ながらであるの。」
維月は、頷いて空を見上げた。月が明るく輝いている。レイティア…どうか幸せに。




