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婚儀

レイティアは、正装でそこに座っていた。頭には大きな王冠をかぶり、王座に深々と腰掛けて、ディークとかいう隣国の王を待っていた。別に誰でも良い。子さえ出来て、臣下達が黙るならば。

皆が居並ぶ中、その王は現れた。居並ぶ臣下達がため息を付く。黒髪に澄んだブルーグレイの瞳の、涼しげな目の大層に凛々しく美しい男だった。堂々とした洗練された身のこなしは、ここの男達にはないもの。間違いなく王族として育った男なのだ。

レイティアは立ち上がった。男といえども王。ここは礼を尽くさねばならぬ。

レイティアは既に、男社会の事を学んでいたのだ。相手は頭を下げる事もなく、言った。

「初めて目通りする。ここより東を統治する王、ディークと申す。」

レイティアは頷いた。

「歓迎し申す。我がここの女王、レイティア。まずはお部屋へご案内する。」

ディークは、レイティアをじっと見た。確かに臣下達が言う通り美しい女。しかし、軍神と聞いている通り、気がかなり強い。確かにこやつとなら、強い世継ぎに恵まれるであろうの。

ディークは、そんなことを考えていた。何でも良い。とにかく子を産ませてしまえば臣下も黙るだろうし。

二人はお互いにそんなことを考えながら、そこを後にしたのだった。


今日の事は、炎嘉にも話した。炎嘉は幾分穏やかな表情をして、頷いた。

「それは良い。我らには子は出来ぬやもしれぬからの。我は前世でも子は妃の数の割りに少なかった。どちらにしても、相手も王であるなら良い縁ぞ。」

レイティアは、黙って頷いた。炎嘉にとり、自分はそういうものなのだ。分かっていて通っていた。今さら嘆く事もない。

その日もただ語り明かして、レイティアはそれから炎嘉の元には通っていなかった。

宴の席も終わり、ディークはレイティアの部屋にやって来た。あちらも落ち着いた様子で、特に何の感慨もないようだった。王族の結婚など、こういうものであろうの。

「…言っておかねばならぬ。」レイティアは口を開いた。「そちらも恐らくそうであろう。臣下達がうるさいゆえ、我はこの婚姻を受けた。毎日世継ぎ世継ぎとうるそうての。」

ディークは、驚いた顔をしたが、口を開いた。

「…我もそうよ。妃も勝手に決めておるゆえ、通わなんだらこの話を持ってきよった。そちらが受けると申すし、仕方なく受けた。それだけぞ。何でも良かったのだ。あやつらが黙るならの。」

レイティアはなんだか清々しい物言いに、ディークに好感を持った。

「なんだ、同じではないか。ならば良い。とにかく子をなすしかないのだから。主にしては気は乗らぬであろうが、夫婦のふりはしようぞ。」

ディークは、こんな女は初めてだと思った。はっきりしていて分かりやすい。黙ってこちらを影から見て涙を流す妃は、鬱陶しくてディークの性に合わなかった。

「…別に我は良い。主は美しいしの。子も麗しく生まれるだろうて。女は、こんな愛情のない婚姻はどうのと申すものかと思うておったのに。主は違うの。」

レイティアは笑った。

「我らのような立場の婚姻に、愛情など望めぬだろうが。我には、それがままならぬものだと知っておる。主にそれを求めたりせぬから、安心して良いぞ。」

あっさりとしたレイティアに、ディークは呆気に取られた。これほどに美しく可憐な容姿であるのに、中身はこうか。なんとやり易い女よ。

「そうか。構えず良いわ。では…責務を果たそうぞ、レイティアよ。」

ディークに抱き寄せられて、レイティアは少し緊張した。思えば炎嘉以外に触れられた事がない。一緒に大きな寝台に沈みながら、案外に慣れない様子のレイティアに、ディークはためらいがちに言った。

「…主、慣れぬか?」

レイティアは少し笑った。

「今の通う男以外に触れられた事がないだけだ。気を使わせてすまぬ。」

ディークは、頷いて言った。

「心配することはない。我は急かさぬゆえ。」

ディークは、まるで愛情があるかのように、優しげに口づけた。レイティアはそれになぜか心地よさを感じ、その夜を過ごしたのだった。


ディークは、それから三日間城へ滞在し、レイティアと過ごした後に自分の国へ戻って行った。レイティアは、思っていたほど嫌でも辛くもなかった。ディークは常にこちらを気遣ってくれ、夜は優しくレイティアを抱いた。なので思わず穏やかな日々を過ごしたのだ。

それから、ディークは三日に明けず通って来た。早く子をなしてしまって、楽になろうとしているのだろうとレイティアは思っていた。なのでいつ来るか分からないディークを待たねばならぬので、炎嘉の所へは行けなかった。それでも、それほどに辛くはない自分にただ驚いた。

ディークは、その日もレイティアと夜を過ごし、帰ろうと起き上がった。

ふと見ると、レイティアが眠っている。ディークはその姿を見て微笑むと、ソッとレイティアの額に口づけた。そして、そんな自分に驚いた…何をしているのか。

ディークが戸惑っていると、レイティアが目を開けた。

「ディーク…?もう戻るのか?」

ディークは、頷いた。

「ああ、戻る。」

レイティアは、微笑んだ。

「いつもすまぬ。もしも面倒ならば、次は我がそちらへ行っても良いぞ?」

ディークは、しばらく黙ったが、不意にレイティアを見た。

「レイティア、ならば今から共に参るか?連れて参ろうぞ。我の城も、主に見せてやりたいしの。」

レイティアは驚いた。ディークの城へ…?

「我がそのように公に共に行っても良いのか。主には城に、妃がおるのであろう?後で主が面倒なことになるのではないのか?」

ディークは横を向いた。

「そんな通うたこともないような妃に。最初の一日、礼儀なので行ったきりぞ。気にする事はないわ。」

レイティアは、身を起こして服を引っかけながら言った。

「ディーク…どうしたのだ。しかし女とは複雑であろう?我は王であるから主もこうして通うと思うたら、妃もつらいであろうし…。」

ディークはレイティアを見た。

「別に王だからとかではない。なぜに妃などに気を使う。」

レイティアは暗い顔をした。

「我には、受け入れられぬ心の辛さが分かるからだ。我が主と共に並んで歩いておったら、辛かろう…。」

レイティアは、まだ見ぬ妃の事を思った。きっと、愛されぬ苦しさに毎夜悩んでおるはず。ディークはこれほどに見目もよく良い神なのだ。愛しておらぬはずはない。

ディークは、レイティアを見た。

「主がそのように思うなら、あの妃は里へ帰そうぞ。なぜに我が妃が我の城へ来られぬ事がある。それとも、主は面倒に思うのか?」

レイティアは慌てて首を振った。

「そのような。我とて主の城を見たいと思う。なので密かに参ろうかと思うたのだ。どのような所で過ごしておるのか興味があったゆえ…。」

「ならば、迷う事はない。」ディークは立ち上がった。「さあ、参れ。我と共に。」

レイティアは迷ったが、侍女を呼んで着替えた。国の名誉にも関わると、美しく飾り立てられたレイティアは、輿に乗せられ、ためらいながらもディークの城へと旅だったのだった。


そこは、鬱蒼と繁った木々に囲まれた大きな城だった。レイティアの城は大理石造りだったが、そこは堅い灰色の石で造られた城だった。そこへ、レイティアの乗った輿と共に降り立ったディークは、居並ぶ臣下達に言った。

「今帰った。」

ラズが進み出て、頭を下げる。

「王…突然のお知らせに我ら準備もままなりませず、レイティア様には大変に失礼を…。」

ディークは、輿へと手を差し出した。レイティアはその手を取って降り立つ。その美しさに、居並ぶ誰もが息を飲んだ…見事な金髪に、澄んだ緑の瞳。少し気の強そうなその顔立ちは、まさに王の威厳を感じさせた。頭に乗せたティアラはダイヤがちりばめられ、身に着けている装飾品は皆見事な細工が施されてあった。それがまた、一層美しさを際立たせていた。

臣下達が息を飲んで絶句していると、レイティアは口を開いた。

「見事な城ぞ。我は何も失礼などとは思うておらぬ。出迎えご苦労であるの。主がラズか。」

ラズは、慌てて頭を下げた。

「はい、女王よ。此度はようこそおいでくださいました。」

レイティアは、機嫌良く頷いた。ディークが微笑んでレイティアを促す。

「さ、ではまずは我の部屋へ案内しようぞ。」

レイティアは、手を引かれて歩くなどついぞなかったのでためらったが、それでもディークに手を取られて歩いて行った。

臣下達は驚いていた…王が、あの王が女の手を取って歩くなど。そのようなこと、これまでなかった。我らが連れて来た妃ですら、見向きもされぬものを…。

どうあっても、不都合があってはならぬ。

ラズは皆に指図し、城の侍女侍従達に厳重に言い渡した。

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