見つめる先
維心と維月は、維明を大切に育てていた。維心は、前世叔父だった穏やかな維明を、可愛がって育てていた。 維月も、それが前世の維明の生まれ変わりであることは知っていたが、それは意識せずに子として大切に育てていた。
そんなある日、維心が言いたくなさげに言った。
「…そろそろ、炎嘉が約束を果たせと申して来た。」維心は、維月の肩を抱く手に力を入れた。「一年に一度とは申せ、我には身を切られるようぞ。ほんに気の揉めることを約したもの。」
維月は、少しためらった顔をした。
「私も、あちらに行くのは抵抗がありまする。何しろ、レイティアは私の友。それに、毎週一度は必ず通っておるのでしょう。二度三度と行っておってもおかしくはないのに。」
維心は少し明るい表情をした。
「主が気が進まぬのなら、断ってもいいのではないか?」
維月は首を振った。
「それはいけませんわ。一度約したことは、違えられませぬ。炎嘉様は、守ってくださっておるのに。」
維心は途端に消沈した顔をした。
「そうよの。では、参るよりないの。」
維月は頷いた。
「炎嘉様には、重々あちらにレイティアが来ない日を選んでくださるようにおっしゃってくださいませ。私も、本当に気が揉めますこと…。」
維心は、仕方なく炎嘉に返事をした。そして重々レイティアとの揉め事に元にならぬようにと書き足した。
炎嘉は、それを受け取ってぱあっと明るい顔をした。維月が来る。今生では、一度も共に過ごしたことはない維月が、やっとここへやって来るのだ。
レイティアが、炎嘉の表情を見て不思議そうにした。
「炎嘉?いったいどうしたのだ。」
炎嘉は、レイティアを見た。
「維心と約しておっての。維月を、年に一度だけこちらへ譲ってくれると言うておったのだ。子も生んで落ち着いたことであるし、そろそろどうかと催促しておったのだ。」
レイティアは、驚いた顔をした。
「…主、維月の愛人ではないと言っておったのではないのか。」
炎嘉は眉を寄せた。
「もちろん、そうよ。だがの、維心が許すならば話は別ぞ。年に一度でも、維月に会えるのであるなら、我は本望ぞ。」
レイティアは、考えた。そう言えばこちらは、男が主導権を握る場。夫が良いと言えば、妻はそれに従うよりない。維月もそうなのか。そして炎嘉は、未だ維月を望んでおるのか…。
「…主は、維月を望んでおるのか。」
レイティアの様子に、炎嘉は表情を引き締めた。
「レイティア。我は主に言うておかねばならぬの。こちらでは、王が妃をたくさん持つなど通常のこと。主らが夫をたくさん持つのと同じよ。我は、前世王であった時、21人の妃が居った。維心のように一人きりなど、稀であるのだ。あやつは真に愛しておる者しか娶らぬゆえ、維月だけを守っておるがの。なので我と共に居ると申すなら、主はそれを理解せねばならぬ。最初に言うたであろう。まして維月がここへ来るのは年に一度。それに不満があるのなら、我のことは諦めよ。」
レイティアは、黙った。自分も、国の男に対して同じような考え方だった。だが、事ここに至ると、自分は炎嘉を自分だけに留めたいと思っている…そんな勝手なことをと分かってはいるが、それでもそう思ってしまう。我は、炎嘉を愛しているのだ…。
「炎嘉…我は主を、想うようになってしまったようだ。主の言うことが、こちらでの当然のことであるのは分かる。だが、納得出来ておらぬのだ。時をくれぬか。」
炎嘉は、少し黙ったが、頷いた。
「いいだろう。三日後は、こちらに来ぬが良い。ここへ、維月を呼ぶゆえ。見なければ良いであろう。次は来年…その間によく考えるが良い。」
レイティアは、下を向いた。維月が来る…維心が許したゆえに。どうしたら良い…。分かっておったはずであるのに、なぜにこのようにつらいのだ。
炎嘉は、寝台の中でレイティアに背を向けた。
「…ではの。我は今宵はもう休む。」
炎嘉は、あちらを向いて目を閉じた。レイティアは、横に居るのになぜか取り残されたような気がした…。
三日後、維月は軍神達に送られて南の砦へやって来た。炎嘉はそれを出迎え、すぐに腕に抱き寄せた。
「おお…主がここへ来るなど、陰の月に魅入られておった時以来よの。今生では初めてぞ。維月…待ちかねた…。」
炎嘉は、維月に唇を寄せた。維月は、ためらったように炎嘉から顔をそらした。
「炎嘉様…まだ日は高こうございまする。」
「何を申す。」炎嘉は維月の顎を持って顔を上げさせた。「年に一度しかないのだ。この機を逃せば、我はまた一年待たねばならぬのだぞ。さあ、こちらへ。」
維月は炎嘉に促されて砦の中を歩きながら、きょろきょろと回りを見回した。大丈夫…レイティアの気はしない…。
炎嘉は、その様子に気付いてため息を付いた。
「…あやつは、今宵は来ぬぞ。」維月が驚いて炎嘉を見た。「主が来るゆえ、来てはならぬと言うておいた。」
維月は驚いて立ち止まった。
「そのような…炎嘉様、私がここへ来ると申したのでありまするか?」
炎嘉は頷いた。
「言うた。維心から書状が来た時、あやつはここに居ったからの。維心が許したゆえ、主が来るとな。なので、主の希望でここへ来るとは思うておらぬ。」
維月は炎嘉を見上げて必死に言った。
「そんな!レイティアは、炎嘉様を愛するようになっておるのではありませぬか?女とは…そういったものでありまするゆえ…。」
炎嘉は、険しい顔をした。
「確かにそう申したの。だがの、維月、王が妃を何人も娶るのは、奇異なことではない。維心が特殊であるのだぞ?主はもう、知っておるだろうが。ましてあやつの世では、男がそんなことを強いられておるのであろう?己だけ良いようには出来ぬものぞ。」
維月は黙った。確かにそうかもしれないけれど。でも…炎嘉がそのように浮ついた様子であるのを見て、レイティアの心は痛まなかったのだろうか。せっかく救われたと言っていたのに…きちんとこちらへ通っていたレイティアだから、きっと炎嘉だけを夫としているのだろう。
思いに沈んでいる維月を見て、炎嘉は苛立たしげに言った。
「そもそもは、主らが我に頼んだこと。我はそれを成したまでぞ。なのに主は、その相手を愛さぬと責めるのか。では、我はどうしたら良いのだ。ならば最初から、亮維に行かせれば良かったではないか。」
維月はハッとした。炎嘉が、傷付いたような顔をしている…確かに、自分は我がままだ。自分を愛しているという炎嘉に、そのようなことを強いて、そして年に一度というこの日まで他のことを考えて、まして責めるなんて…。
「炎嘉様…申し訳ありませぬ。そのようなつもりはなかったのですわ。」
炎嘉は、維月を抱き、自分の部屋へといざなった。
「良い…主は今、こうして我の傍に居る。夢見ておるのではないのだから…。」
炎嘉は、今度こそ維月に口付けた。毎夜夢に見た維月。維心が居るのだから手に出来ぬと諦めていた。ただ時々に抱きしめるだけでも良いと思い詰めて…。それが、これからは年に一度とはいえこうして手にすることが出来るのだ。
「愛している。」炎嘉は維月の耳元に言った。「愛している、維月…。今日は我のものぞ。」
寝台へと沈み込もうとする炎嘉に、維月は何か言おうとしたが、しかしそれでまた炎嘉を傷付けるのではないかとためらって、そのまま炎嘉と共に倒れ込んだ。炎嘉は余裕なく維月に口づけて着物を開こうとまさぐった。
「炎嘉様…ここをご案内してくださるお約束でありまするのに…。」
「後にせよ。」炎嘉は言った。「我はもう待てぬ。」
維月は、これ以上言っても無駄だと知った。維心もこんな時は絶対にこちらの制止など聞かないからだ。仕方なく炎嘉に身を任せるその窓辺で、レイティアがこちらを伺っていたことを、維月は知らなかった。




