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成就

次の日の午後、維月は炎嘉の言葉に耳を疑った。昨日、あれほどに興味が無さげであったのに、昨夜のうちに婚姻を済ませたと。

つまりは、自分が寝ている間に全てが終わってしまったということだ。

「まあ…」維月はあまりのことに、呆れるより感心して言った。「炎嘉様ったら…本当にこのようなことには能力をお持ちでいらっしゃるのね。」

炎嘉は眉を寄せた。

「維月、誤解するでないぞ。我は別に、あれをどうこうしようと思うて庭へ出たのでも、話し掛けたのでもない。勝手にあちらから提案して参ったのだ。なので、娶ったまでぞ。そんなことは、朝飯前であるしの。主が相手なら、尚良かったがの。」

しかし、案外とレイティアは愛らしかった。それは炎嘉にも意外だった。なので、ついつい朝を過ごして起き出したのが昼近くになってしまっただけで…。

維月は、ふふと笑った。

「何をおっしゃっているのかしら。お顔には、レイティアがお気に入ったと書いてございまする。それでは、こちらへ通われるのですか?」

炎嘉は、首を振った。

「いいや。我はここへは来ぬ。あやつが通うと申す。なので、そうしてもらうことにした。我もそうそう暇ではないゆえの。維月…我は主が良い。維心との約束、違えるでないと申しておけ。」

維月は少し困ったように下を向いた。

「でも…レイティアが来る時と当たってしまったらどうしましょう。いくら一年に一度と申しても、いい気はしませんでしょう。炎嘉様が通われるのなら、私が南へ行っても問題ないでしょうけれど…。」

炎嘉は、とんでもないと首を振った。

「誰のために此度のことがあったと思うてか。維月、レイティアには主を愛しておること言っておるのよ。何しろ最初、我を主の愛人と思うておったほどぞ。しかし、それでもとあやつは言うた。なので、その心配は要らぬ。」

維月は炎嘉を見上げた。そうは言うけど…。

「…では…維心様にそのように申しまする。炎嘉様、この度はご足労頂きまして、ありがとうございました。」

炎嘉は、満足げに頷いた。

「良い。しかし、これで本当に未来は変わるのかの。」

炎嘉の言葉に、維月は空を見上げて考えた。確かにそうだ。未来は、修正しながら行きたい方向へ行くと言う…。しかし、これで少しはあの未来から離れてくれれば…。


維月は、維心から長期滞在は許されて居なかった。なので三日後に帰る前、レイティアの居間を訪れた。

「レイティア…もう立とうと思うの。」

レイティアは頷いた。穏やかに微笑んでいる…その様子に、維月はいくらかホッとした。

「そうか。我は主に感謝しておる…よくぞ炎嘉をここに連れて参ってくれたものよ。」

維月は、椅子に座りながら慎重に頷いた。

「そう…気に入ったということ?」

わざと、こちらの言い方で言う。レイティアは笑った。

「分かっておるよ。そのように言うてはならぬのだな。炎嘉が教えてくれた。維月、我は体を合わせるということを、初めて知った。炎嘉は何でもよく知っておる。この上はあやつと、真にわかりあう事が出来ればと思うておるのだ。愛されたいとは望まぬ。我とて、炎嘉を想う気持ちは芽生えておるが、愛せるかどうかはわからぬから。ただ、あやつが我を救うてくれた事は事実ぞ。炎嘉は愛情もないのにこちらを気遣こうてくれる…良い男ぞ。」

維月は微笑んで頷いた。そう、炎嘉はあんな感じだが、とても優しい神。レイティアがそれでいいのなら、私は何も言うまい。

「レイティア…これからも、何かあったら必ず私に相談して。月に話せば私に伝わるわ。成就すればしたで、いろいろあるものなのよ。悩みは尽きないわ。私がそうだったから。」

レイティアは笑った。

「わかった。何か行動を起こす前に、必ず主に相談すると約そう。維月…主は我の友ぞ。」

維月はまた頷いた。

「ええ。レイティア…またね。」

レイティアは立ち上がった。

「ああ。見送りに参る。」


宮の外では、炎嘉がもう待っていた。レイティアに気付くと、軽く会釈した。

「レイティア。」

レイティアは微笑んだ。維月は驚いた…なんて美しい表情で笑うの。

「炎嘉…訪ねて参るゆえ。」

炎嘉は頷いた。

「待っておる。」

炎嘉はそう言うと飛び上がった。維月もそれに続いた。

「ありがとう、レイティア!またね。」

「こちらこそ、感謝するぞ、維月。」

二人は、龍の宮へと飛び立って行った。


それから、数ヵ月が経過した。

炎嘉に聞くところによると、レイティアは政務の間をぬって、きっちり一週間に一度は絶対に通っているらしかった。炎嘉も、生来の世話好きであるので、来る者には冷たくあしらったりはなかった。なのでレイティアは、それなりに幸せにしているようだった。

維月は、今生で維心の初めての子を出産した。維心はそれは心配し、産気付いてすぐに碧黎と陽蘭を月の宮から呼び寄せたが、なんの事はなく維月はすんなりと子を産んだ。将維を産んだ時より安産だった。

「だから、本来月なのだからこんなものなのよ。」碧黎は維月の枕辺で言った。「あの時は、ほんに早過ぎただけで。」

陽蘭がふふふと笑った。

「まあ碧黎ったら、あなたが一番心配しているようだったわよ?維心と碧黎があまりに思い詰めた顔をしておるので、生んでいる維月が気を使っておったではないの。だから本来、産所に男は入れないのではないかしら。ねえ維月?」

維月は笑った。

「まあお母様ったら、そんな風におっしゃってはお父様がおかわいそうだわ。私の心配をしてくださっただけなのに。」

碧黎はフンと横を向いた。

「分かっておっても、心配なのは心配ぞ。大事な娘であるのに。」

維心は、頷いて維月の頭を撫でた。

「大儀であったぞ、維月。これで世継ぎも生まれたの。」

碧黎は頷いた。

「それで、やはり名は…」

維心は維月と顔を見合わせて、微笑んだ。

維明(いめい)ぞ。我らと同じく、やはり生まれ変わったのであるから、そのようにと思うた。」

維月は頷いて、碧黎を見た。

「おそらく記憶は持たずに生まれておられまする。なので、我らも白紙の子として育てようと思うておりまする。此度こそ、皆に囲まれて幸せであるように。」

碧黎は、満足げに頷いた。

「そうよの。良いことぞ。それにしても幾人生んでも維心そっくりであるのう…感心するわ。」

維心は拗ねたように横を向いた。

「我だってそんなところまで狙えぬわ。維月に似た子も、欲しいと思うておるのに、いつも我で。」

維月はそこは頑固に首を振った。

「まあ、何をおっしゃるの!維心様にそっくりであるから良いのです!」

碧黎と維心は驚いて黙り込んだ。陽蘭が笑った。

「ほほほ、面白いこと。維月は維心の姿に最初に惹かれたと聞いておりまするもの。それは男であるなら、似た子が欲しいでありましょう。せっかくつらい思いをして生むのに、美しい子を産みたいと望むのは当然のことですもの。」

維月は陽蘭を見て微笑んだ。

「お母様、その通りでありまするわ。どのように凛々しく育つのか、今から楽しみであること。」

二人は、微笑み合っている。維心と碧黎は、ただ圧倒されて黙っていた。そこへ、十六夜が維織を抱いて入って来た。維織は、ちょっと見ない間に、また大きくなったようだ。

「よう維月。今回は軽く生んだみたいじゃねぇか。お前本来月なんだからよ、維織の時もこうなるはずだったのに。」

維心は驚いたように十六夜を見た。

「主、維織を連れて参ったのか。」

十六夜は頷いた。

「赤ん坊を見たいと言うからな。で、維明はどこだ?」

ちょうど、乳母が維明を抱いて入って来た。維織は目を輝かせて維明を見た。

「お父様、赤子は愛らしいわね。我も、大きくなったら、お父様の子を生むわね。」

そこに居た皆がびっくりした顔をした。十六夜は困ったように笑った。

「そうだなあ、維織、そのうちにオレじゃなく別の男が良くなるもんだ。オレは父親だから、お前がオレの子を生んだらややこしくなるんだよ。」

維織は首を傾げた。

「そうなの?じゃあ、おじい様の子を生むわ。」

今度は碧黎が慌てて言った。

「おじい様も駄目だぞ。主のお父様の父であるからの。大丈夫、主なら引く手あまたよ。相手を選ぶのに、維月のように苦労するだろうて。ま、二、三人夫を持っても良いわ。」

陽蘭がたしなめた。

「まあ碧黎!そのようなことを幼い維織に…それに十六夜、言葉はどうしたの?」

十六夜は肩を竦めて言った。

「もう、こいつにはオレと同じ言葉を話しちゃいけないことがわかってるんだよ。だから、大丈夫だ。勘弁してくれ、もうあんな話し方はたくさんだ。」

あんな話し方の手本にされていた維心は、複雑な表情をした。

「我らの中では、これが普通ぞ。主のほうが変わっておるのよ。ほんに困った奴よの。」

維月は、維明を抱き取って着物の合わせに手を掛けた。すると、維心が慌てて言った。

「こら維月!大衆の面前で乳をやるつもりか。」

維月はハタと止まって維心を不思議そうに見上げた。

「でも…父と母と、それに夫と子ですけれど。」

維心は振り返った。確かにそうだ。だか、なぜか嫌だ。

「さあ、主らは遠慮してくれぬか。」

十六夜ははあ?という顔をした。

「オレは維織に授乳してるところも横で散々見てたぞ?今更何を言ってるんだよ。」

碧黎は頷いた。

「我など維月を風呂に入れておったわ。何を言っておるのだ、維心。」

維心は、絶対に譲らないという構えで言った。

「我は嫌なのだ!とにかく、居間へ出よ!ここは我の奥の間、本来なら妃と我しか入れぬのだぞ。それを許しておるというのに。」

仕方なく三人は、維織を連れてぞろぞろと出て行った。維織は言った。

「維心様は、お母様がすごく好きなのね。困ったかたね。」

維心が、両眉を跳ね上げた。十六夜は大笑いした。


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