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炎嘉

維月とレイティアは、それは楽しげに激しく立ち合った。

こちらの女の軍神達はその立ち合いに感嘆の声を上げているが、炎嘉は気が気でなかった。何しろ、維月には維心の子が宿っている。しかもまだ初期。こんな大事な時に、あのように激しく立ち合って大丈夫なのか。

レイティアは、確かに優秀な軍神だった。炎嘉も、見ていて思った。だが、所詮維月の敵ではない。おそらく自分でも、レイティアぐらいなら勝てるであろう。炎嘉がそう思って見ていると、レイティアの刀が飛んで勝敗は決した。

レイティアは激しく息を切らしているが、維月は涼しい顔をしていた。レイティアは、悔しげに言った。

「少しは腕を上げたかと思うたのに。やはり主には勝てぬ。軽く捻られた程度であるの。忌々しいことぞ。」

維月は肩を竦めた。

「私は月だもの。身を持たない分、身軽なのかもしれないわ。思うように体が動かないことがないの。だって、実体を持たないのだもの。」

レイティアは頷いた。

「知っておるが、息も上がらぬとはの。ああ、少し休んで、あやつとひと勝負するかの。」

レイティアは炎嘉を指した。炎嘉は眉を寄せた。なんだって我がこんなお遊びに付き合わねばならぬのだ。そんなことより、庭でも歩いたほうが良いのではないのか。

炎嘉は、実は焦っていた。レイティアの気を惹けと言われているのに、一向に二人で話すきっかけも無い。これでは、気を惹く以前の問題だ。

なのに、維月は頷いた。

「そうね。でも、手強いわよ?あちらは男のほうが強いと言ったでしょう。しかも炎嘉様は王だったかたなんだから。」

レイティアはふふんと不敵に笑った。

「余興に良いわ。では、女相手に逃げられぬであろうからの。」

炎嘉は、ムッとした。なんぞ、女が小賢しい。

「いいだろう。そんな口、叩けぬようにしてくれる。」

維月はびっくりしたが、レイティアの臣下や軍神達も驚いた。王相手に、何という口を!

しかし、レイティアは、肩を竦めただけだった。

「気を悪くしたようだの。ほんにあちらの男とは扱いづらいものぞ。」

レイティアは、ついっと飛んで水を飲みに行った。維月は、炎嘉の所に飛んで降りて来て、言った。

「炎嘉様ったら…勝手が違うのは分かりまするけれど、そのようにイライラなされずに。」

炎嘉は自分を落ち着かせようと、フッと息を付いた。

「…維月、我は無理かもしれぬぞ。あのような小賢しい女、とてもその気にはなれぬ。」

維月は炎嘉をなだめた。

「炎嘉様…そういう風に育ったのですから、仕方がないのですわ。あちらから見たら、炎嘉様が小賢しいのですわ。なのにレイティアは、何も咎めぬではないですか。」

炎嘉は、うらめしげに維月を見た。

「…主とは全く違う種類の女ぞ。見目が良くとも、我は気立ての良い女のほうを好む。」

維月はため息を付いた。

「炎嘉様…。」

炎嘉は、維月の頬に触れた。

「ああ、わかったわかった。そのような顔をするでないぞ。主の頼みぞ。出来ることはしようぞ。だが、無理な時は諦めよ。」

維月は頷いた。

「はい。ご無理を申し上げまする。」

炎嘉は、そんな維月を見つめて、微笑んだ。

「ほんにのう…こうして姿を見ておるだけでも癒される。」

維月は、じっと見つめられて、改めて炎嘉の凛々しさに気付いて、少し頬を染めた。炎嘉は、やはり王族として生まれた過去があるので、大変に美しい顔立ちだ。維心とはまた違ったもの…維心は、どこか影があるような、きりりと引き締まった凛々しさで、夜、月明りに照らされる花を思わせる。だが、炎嘉は華やかで明るい美しさで、日の下で堂々と咲く大輪の花を思わせる。二人はタイプこそ違ったが、類稀な容姿であることは違いなかった。

そんな二人の様子を、レイティアは離れた場所で休みながら見ていた。あの前世王だったという男、なんと華やかな美しい男であることか。見たところ、やはり維月ばかりを見ている。あれは、維月の正式ではないにしろ、気に入りの男であるのではないか。だから、今回連れて来たのではないのか。

レイティアは、どこまでも自分の基準でものを見ていた。それにしても、維月の回りには美しくて強い男が多い…。一人分けてもらえれば良いのに。

レイティアがそんなことを思っているなど全く知らず、炎嘉はちらりとレイティアを見た。負ける訳には行かぬ。

そして、炎嘉はレイティア相手に圧勝したのだった。

それから、この城の女達は、炎嘉を奇異な目で見なくなった。


炎嘉は、維月の隣の部屋であることに、きっと自分は愛人の一人か何かだと思われていると思うと、いい気はしなかった。男と女が逆転しているというのは、これほどに気が滅入るものなのか。

炎嘉は、維月が寝たのを見て、一人庭へと出た。月が出ている…十六夜の気配はない。おそらく、子育てに疲れているとか言っていたので、今頃は月の宮で寝ているのだろう。炎嘉は、今日何度目かのため息を付いた。きっと、自分には無理だ。今までは、自分より下の地位の女達ばかりで、それが不憫であるからと妃に迎え、そして世話をしてやるという気持ちで居た。それが、あれは王。皆にかしずかれ、もしかしたら、こっちを守ってやるとか言い出しそうな勢いだ。男勝りで、口調もあのように男のよう。それを愛せとは…フリでも、無理な気がする。

サクサクと芝を踏みしめて歩いていると、目の前の池の前で、美しい女が一人、じっと水面を見て座っていた。

憂いを帯びた顔で、ただ水面を見つめている。炎嘉は、それがレイティアであることに、かなり近くに寄らねば気付かなかった。こやつ…昼間と、全く気も感じも違う。

レイティアは、炎嘉に気付かない。自分の結界の、しかも城の庭なので、誰かが自分を襲うなどと考えないのだろう。そして、ただただじっと考え込んで、水面を見つめている。炎嘉は、どうしたのかと問いたくなった。いつもなら、こんな状態の女を放って置くなど出来ない。だが、自分はこの女がどんなものなのか知っている。放って置いても、きっと大丈夫だろう。

炎嘉が踵を返そうとすると、レイティアの目から涙が零れ落ちた。慌ててそれを拭ったレイティアは、目を閉じて下を向いた。

「…放って置こうと思うたのに。」炎嘉は、言った。「自分にほとほと嫌気がさすわ。」

レイティアは、驚いて立ち上がって構えた。こんな城の中、奥の庭に、男の声がするはずなどないと思ったからだ。だが、それが炎嘉だと知ると、力を抜いた。

「なんだ、主か。」レイティアは横を向いた。「別に放って置いて良い。我は独りになりたいからここへ来たのであるから。主などに構ってもらうつもりなどないわ。」

炎嘉は、腰に手を当ててレイティアを見た。

「あのな、少しは素直にならぬか。男など取るに足らぬと思うておるのは知っておるが、あちらでは王であったのだぞ。それに、我に全く敵わなんだ癖にの。」

レイティアは赤くなってふんと鼻を鳴らした。

「うるさい!ほんに主らは…あちらの男は、何という気と能力を持っておるのか!腹が立つわ。」

炎嘉は、案外に素直なレイティアに、少し話してみようと横に座った。

「主、それにしても女王とは…初めて見るの。しかし、昼間見たのとは違う。」

レイティアは、横を向いたままだったが、しばらくしてポツリと言った。

「…仕方がないではないか。王とは、あのようなもの。我だって、主が言うたように、王などなりたくもなかった。だが、我より他に強い者など居らぬ。ならば、仕方がないであろう。皆を守るには、ああでなければならぬのだ。だから、皆の前では気を張っておるのよ。必然と気も大きくなろうの。今は力を抜いておるゆえ。これが、本来ならば我よ。」

炎嘉は頷いた。王は何事にも不自由だ。それを知らぬ者が、王になりたいなどと言う。生まれながらの王が、どれほどに籠の鳥のようであるか、知らぬゆえ…。

「…そうか。王は不自由であるよの。己の意思で決められることなど皆無。子がおらぬ間は跡継ぎをとうるそうて、出来た後はより強い跡継ぎをと申す。好きでもない女を娶り、子を成すように迫られ、面倒で何もやる気がおこらなんだものよ。そんなこともあった…我はそれが嫌であったゆえ、今は自由で楽よ。気が進まねば、女に愛想をふりまかなくても良いからの。」

レイティアは炎嘉を見た。近くで見ると、本当になんと華やかな顔立ちであろうか。こちらまで、明るくするような、あっけらかんとした気を感じる。

「…聞いても良いか。」

炎嘉は、レイティアを見た。

「なんだ?」

「主、維月の気に入りの男であろう?わざわざこんな所まで連れて来るのだ。維月は美しい男を好むと言うていたしの。」

炎嘉は驚いたような顔をした。こやつ、やはり我をそんな風に見ておったのか。美しい男だって?我は鑑賞用の鯉ではない。

「あのなレイティア。どこまでも失礼ぞ。なぜに我が維月の愛人をせねばならぬのよ。それはない。確かに維月は慕わしいし、我はあれが前世生きて居った頃から想うておったが、そのような関係になるつもりはさらさらないゆえの。もしも手に出来るなら、我は維月と愛し合うつもりぞ。どちらかが、どちらかを玩具のように扱うことは我慢がならぬ。」

レイティアは驚いた顔をした。では、維月の愛人ではないと。

「…主、では維月の愛人ではないと?」

炎嘉は頷いた。

「さっきから言うておるであろうが。愛人になどならぬ。なるなら夫になるわ。維心が許さぬし、維月が我を愛している訳でもないゆえ、我は今のままで甘んじておるがの。」

言ってしまってから、炎嘉はしまったと思った。維月を愛していると言ってしもうたではないか。だが、ま、どうせ我はこやつなど無理であるし、少しは話が出来るかと思うてはおるが…。

当のレイティアは、じっと黙って考え込んでいた。炎嘉は、あくびをした。ああ、こやつは美しい人形のように見ておるだけで良いの。神として向き合うのは無理であろうて。

レイティアは、突然に立ち上がった。炎嘉はびっくりした。尽く驚かせる女であるな。

「主、我の夫になる気はないか?」

炎嘉は、一瞬我が耳を疑った。

「…何と申した?」

レイティアは、炎嘉に向き合った。

「だから、我の夫ぞ。ここへ留まれとは言わぬ。我がそちらへ通うゆえ。維月が好きならばそれでも良いわ。どうせ主は維月と度々会うこともないのであろうが。」

炎嘉はグッと黙った。確かに滅多に顔を合わせることはないが…。

「…しかしの、レイティア、主それで良いのか?我の気持ちが、主に無くとも?」

レイティアは頷いた。

「良い。我の気持ちも主にはないゆえな。同じではないか。主は見目も良いし、気も強い。臣下達も主が夫ならと騒いでおったところ。共に居ったら、愛情も湧くことがあるやもしれぬしの。」

炎嘉は、ただ茫然としてそれを聞いていた。確かに、そうなることを皆望んでいたし、自分もそのつもりで来た。だが、いざ言われてみると、抵抗があるのはなぜだろう。

「…そのように女の方から言われたのは、我は初めてぞ。確かに共に居ればそのうちに愛着ぐらいは感じるようになるやもしれぬがな。お互い、そのような関係で良いのだな?レイティア、後からやっぱり愛せとは言わぬか?主、想うておる男が居るのではないのか。」

レイティアは首を振った。

「あれは、今忘れた。ここで、捨ててしまおうと思うて池を見つめておったのだ。主があまりにあっけらかんと話すので、何だが悩んでおるのが馬鹿らしくなったわ。案ずるより産むが易しと人は言うた。とにかく主とさっさと婚姻を済ませてしまいたい。」

レイティアは炎嘉をじっと見上げている。炎嘉は、どうしたものかと思ったが、またため息を付いて頷いた。

「わかった。では主を娶ろうぞ。だがの、我に真の愛情を期待するでない。しかし我も薄情ではないゆえ、出来る限りのことはするつもりでおるがの。それで良いか?ちなみにここにはとどまらぬぞ。」

レイティアは、初めて自分の申し出を受けてくれた炎嘉に、なぜか少し親しみがわいた。今まで、誰一人として、二の足を踏んで受けてはくれなかったのに。自分は女としてそのように価値がないのかと、しばし悩んだものだったのに。

「…受けてくれただけで、主は我を救ってくれたと思う。」

炎嘉は、その嬉しそうな言葉に、一瞬惹かれた。案外に素直な…もしかして、話し方を直せば、維月に似ておるやもしれぬ。

炎嘉は、レイティアに手を差し出した。レイティアはその手を取って、そして二人でレイティアの部屋へと戻って行った。

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