方法
「ふーん、で、なぜに我が呼ばれたのだ?長い事放って置いたくせにの、維心よ。」
炎嘉が、維心の目の前で椅子にそっくり返って横を向いた。炎嘉に南の砦を任せていたが、そこは元の鳥の宮の場所、維心にしてみれば、炎嘉が王でそこに居るような感覚が抜けないのだ。何しろ炎嘉との付き合いは千年以上、その間、ずっと二人は王として向かい合っていた。お互いに前世の記憶を残している以上、どうしても主従関係には成り得なかった。
「何を拗ねておるのだ、炎嘉。」維心は呆れたように言った。「今申した通りぞ。主の能力が役に立つであろうて。主、女には驚くほどに好かれたであろうが。しかも、21人もの妃に取り合われて。」
炎嘉は面倒そうに手を振った。
「あのな、あれは我が王であったからぞ。今は女など面倒でしかないわ。やっと前世の主の気持ちがわかるというもの。」と、維月を見た。「主は別ぞ、維月。さ、我にもっと顔をよく見せぬか。」
亮維と十六夜、そして維心が同時にグッと眉を寄せた。炎嘉は三人を見て大袈裟にため息を付いた。
「なんだ、主らは。我とて久しぶりに維月に会うのだぞ?我には今生、維月のみなのだ。これは前にも言うた。」
維心が首を振った。
「ならぬ。いい加減にせよ、炎嘉!やはり主を呼んだのは間違いであったか。箔炎にでも聞くから主は帰れ。」
炎嘉はフンと鼻を鳴らした。
「女嫌いのくせに、口だけは立つ箔炎か。我のほうが要領は良いわ。」
「ならば手を貸すのだな?」維心が苛立たしげに言った。「役に立たぬと思うておった能力が、今、日の目を見ようというのに。」
炎嘉が顔をしかめた。
「なんだ、その言い様は。いちいち腹が立つの。昔から変わらぬが。」
維月が、前に出た。
「炎嘉様…本当に困っておりまするの。どうかお力をお貸しくださいませ。」
炎嘉パッと表情を変えた。そして維月の手を握ると言った。
「そうであったか。始めからそのように言えば良いものを。主の頼みなら、我は聞こうぞ。維月、また南へも参れ。この堅物よりは良い話し相手になろうぞ。」
維心は割り込んでその手を引き離した。
「我が妃だと言うに。今は我が子を身籠ってもおる。触るでない!」
炎嘉は呆れたような顔をした。
「なんだまたか。子ばかりせっせと作りおってからに。気に入らぬの。」
維心は首を振った。
「今生では初めての子。主に断らずとも良いわ。とにかく、どうするのだ。受けるのか?受けぬのか。」
炎嘉は面白くなさげに横を向いたまま、手で刀の飾りを触りながら答えた。
「…いいだろう。だがの、我は確かに愛しておるふりは出来る。前世全ての妃にそのようにしておったゆえの。だが、女は勘が鋭い。気取られるやもしれぬぞ。本当は維月の他は要らぬと思うておったのだからな。主らとて、だからこそ我などに頼もうと思うたのではないか?」
維心は、さすがに気まずげに頷いた。
「…それはそうだが…。主ならばうまくやるであろうと…。」
炎嘉はふんと言った。
「主らよりは器用ゆえの。気持ちを隠し、偽るなど雑作もないわ。」
維月はハッとした。前世、炎嘉の器用そうで不器用な気質は知っていた。優しいゆえにあのように、たくさんの妃をめとって面倒を見、本当はただ一人の愛する女を渇望して探し求めていた。しかしめとった妃を放って置いたりはせず、一人一人順に通っていた…気に入りの妃と決める事もなく。名すら忘れるような妃達の中で…。
「炎嘉様…。」
維月が、気遣わしげに炎嘉を見た。炎嘉は維月を見たが、フッと笑ってその頬に触れた。
「…主には分かるの。そのように案じるでない。多くの命が掛かっておるのだからの。主は心安くしておるが良いぞ。」
維心は、今度は割り込もうとして、出来なかった。自分は、自分にすらできないことを、炎嘉にさせようとしている…確かに女の扱いには慣れているが、心はどうか。炎嘉はあのように飄々としているが、維月を愛しているのは偽りのない気持ちのはず…。その愛する女から、他の女をめとって欲しいと言われる気持ちとはどうなのだろう。
炎嘉は、維心の様子に気付き、少し苦笑したがからかうように言った。
「なんだ、おとなしいの。いつもなら割り込んで来る癖に。まさか主まで我の気持ちがどうの言うのではないであろうの?我は平気ぞ。維月が望むなら、我は何でもしようぞ。例えそれが、他の女を迎えよということでもの。」と、維月を抱き寄せた。「こうして生きて同じ世に居るだけで良い…離れていても、いつかは会えるのだからの。」
言い返したかったが、維心にも十六夜にも何も言えなかった。それが、炎嘉の愛情の形なのか。確かに前世では先立って行き、炎嘉はどんなにかつらかっただろうか。それが、こうして転生して再び会いまみえ、そう思うようになったのかもしれない。維月は炎嘉を見上げた。
「炎嘉様…私などに、まだそのように…。」
炎嘉は微笑んだ。
「主の前世で約したことは違えぬ。我はこの生が終わるまで、主を想うと言うたであろうが。ま、今はこうしてたまに会うだけで落ち着いておるのよ。願わくば、一年に一度でも南へ来て欲しいがの。おおそうよ、維心、主我に面倒を押し付けるのは前世より変わらぬのだから、せめてそうせよ。一年に一度であるぞ?さすれば、我は心置きなくその女を娶って見せようぞ。」
「ならぬ!」
維心はびっくりした。自分が答える前に、亮維が叫んだのだ。亮維は続けた。
「そのようなこと、許せると思うてか。維月は主のものではない。それならば、我がレイティアを娶ろうぞ。」
炎嘉は、亮維を見て眉を上げたが、ふふんと笑った。
「ほう…若いの。主には、そのレイティアとかいう女に、愛されておると錯覚させることは出来ぬだろうて。我はの、21人にそうしておったのだ。今更一人ぐらい何でもないわ。主らのように、否と思うたことがすぐ顔に出るような輩が女を騙せるものか。」
亮維はグッと黙った。維心はそれを見て、仕方なく頷いた。
「我ならば頼まれた時点で話も聞かなかったこと。主がレイティアの関心を惹くことが出来、娶ることが出来たならば我も考えようぞ。あくまで、それは維月次第であるがの。」
維月は頷いた。
「ご無理を申しまする。なので、私は維心様の決定に従いまする。」
炎嘉はパアッと明るい顔をして維月を抱き締めた。
「おお!我は俄然やる気になったぞ、維月。では、我はこれよりそやつに取り入る策を考えようほどに。」と、軽く維月の唇に触れるように口付けた。「ではの。」
皆が呆気に取られてそれを咎めることも出来ずに居る中、炎嘉は機嫌良く南へと戻って行ったのだった。
維心が宮の侍女達の素性を一斉に調査させたのは、臣下達にしてみれば突然のことだった。
最近不穏な気を宮に感じて落ち着かぬと、維心が言って、臣下達に、山ほど居る侍女、侍従の素性を調べさせ、全て報告させることにしたのだ。レイティアの部下ばかりを見つけて捕えたのでは、あちらを刺激して一気に攻め入って来る可能性がある。なので、維心は考えて、宮の一掃を命じたのだ。
さすがに奥宮、つまりは維心のプライベートの場で維月しか入れないそこの侍女侍従は、昔から宮に仕えている者しか入れないので、身元はしっかりしていた。
しかし、やはり内宮、外宮にはぱらぱらと身元が明らかでない者が混じっていることが分かった。大体は誰かの紹介でなければ宮には上がれないが、紹介状と称して持って来たものが、偽である可能性を考え、その紹介して来た先の宮の王に問い合わせて行ったのだ。
近隣の宮からは不審な者は入って来ては居なかった。維心に睨まれて、一族を根絶やしにされた者達を見て知っていたからだ。そのような危険は、絶対に冒さないのだ。
しかし、数人がそこに居た。体付きはたくましく、間違いなく軍神であろうと思われる女達が何人か混じっていた。兆加が、深々と頭を下げて維心に報告した。
「大変に申し訳ないことでありまする。」まるで床にめり込むのではないかというほど頭を下げている。「外宮に三人、内宮に一人の計四人が、偽の紹介状を手にこちらへ参っておることが分かりました。まさか王の守るこの結界内、龍の宮へあのような輩が潜入しておるなど、思いもしませず…。」
維心は、兆加の様子を少し哀れに感じた。おそらく、今まで自分にそんなことをするものなど居なかったからだろう。潜入して来るなど、自殺行為だからだ。実に二千年近くの間なかったことが、ここに来て起こったので油断していたのは分かる。維心はしかし、重々しく頷いた。
「妃が身籠った今、宮に不都合があってはならぬと思うて何気なく調べさせたが、よかったことよ。これからは油断せず、宮へ上げる者は慎重に吟味いたせ。此度は、妃の懐妊とめでたき時であるので、不問付そうぞ。」
兆加は、ホッとしたように顔を上げた。
「おお、王よ。ありがとうございまする。では、さっそくに皆に申し付け、宮の出入りの管理を徹底するように致しまする。侵入者は全て地下牢に繋いでおるとのこと。慎怜からも報告がありましょうから、我からはここまでと致しまする。」
兆加は、再び深く頭を下げた。維心は頷いた。
「下がって良い。」
兆加は、下がって行った。隣りの維月がホッと息を付いたのもつかの間、入れ替わりに、慎怜が入って来て膝を付いた。維心は維月の様子に気付いていたが、王の責務なので苦笑して慎怜に視線を向けた。
「慎怜。」
慎怜は、顔を上げた。
「は!侵入しておりました者達の取り調べを致しました所、どうあってもどこの宮から来たのか口を割らぬ状態でありまして…しかし、女の軍神ばかりであることから、もしかしてレイティア様の国の者かもしれぬと思うておりまする。」
維月が息を飲んだ。それって、臣下にバレていいのかしら。維心は涼しい顔で言った。
「レイティアとは、維月も親交があるゆえ、それはないの。だが、レイティアが知らぬところで動いて居る可能性もある。我もあちらにそれとなく聞いてみようとは思うておるが。」
何も知らない慎怜は、頭を下げた。
「は。もし、更に問い詰めよと申されるのでありましたら、軍神達を使い、相応の方法で行いまするが。」
維月は袖で顔を隠した。それって拷問ってことよね。維心様の拷問だってかなり怖い。維心様の記憶を見て知っているけど、めちゃくちゃ残虐なんだもの。やめて欲しいなあ。
維月を見た維心は、フッと笑った。
「…妃がそういう方法は好まぬのだ。ま、地下の下層三階の辺りへ放り込んでおけ。すぐに根を上げよう。」
慎怜は、頭を下げた。
「は!」
「下がって良い。」
慎怜は出て行った。やっと静かになったので、維月はやっとホッとして維心に身をもたせかけた。こうして、姿勢よく座っているのも疲れるのに。内容が内容だけに、本当に疲れてしまった。
維心は、そんな維月の肩を抱いて、微笑みながら髪に頬を擦り寄せた。
「疲れたか?主は、ほんに分かりやすいの。疲れるのなら、ずっとこうして我にもたれておればよいのよ。別に臣下が居っても構わぬ。誰も何も言わぬわ。」
維月は維心を見上げた。
「はい。気を調整してくださったので、つわりの症状はないのですけれど、体がだるくて仕方がありませんの。思えばこの体で龍の子を生むのは初めてでありまする。前世では、人の体に月の命が宿った状態で皆産みましたので。」
維心は、途端に心配そうに維月を見た。
「なんとの。どこか不都合が生じておらぬか。碧黎を呼んで、見てもらう方が良いか。」
心なしかおろおろとしているような維心に、維月は苦笑して首を振った。
「まあ、そんなに大したことではありませぬわ。維心様ったら、ご心配には及びませぬから。それより、今度の子の名を考えねばなりませぬわね。前世でも数が多くて大変でありましたのに、困ったこと…。」
維心は表情を明るくして微笑んだ。
「おお、我はいくつか考えておるぞ。男であるのは分かっておるゆえ、前世に倣ってやはり「維」の字を入れようと思うての。主にも、我にもある字であるから。」
嬉しそうな維心が微笑ましくて、維月も微笑んで頷いた。
「はい。さようでございまするわね。お父様の張維様も維の字をお持ちでありましたから。ですが、前世もそれで苦労致しました…もう私にはアイデアがありませぬので、維心様にお頼りするよりありませぬわ。」
維心は嬉々として懐紙を出していくつかの名を書き始めた。維月も穏やかにそれを眺めて、炎嘉はどうしているだろうと思いを馳せた。




