夢
碧黎が投影する画像に、三人は食い入るように見入った。
確かに、維月は子を抱いていた。龍の宮の奥の間で、侍女達と話しているのを維心が微笑ましげに見ている。そこに、十六夜がやって来た。
「維心…困ったことになった。」
維心は、眉を寄せた。
「何事ぞ。」
維心は手を軽く上げた。侍女達は、子を維月から抱き取ってその場を辞して行く。十六夜は椅子にも座らず、維心を見て言った。
「月から見えた。レイティアが軍を整えている。ここへ攻め入って来るつもりでいるぞ。話しているのを聞いていると、どうやら亮維、将維、もしくはお前をここから自国へ連れ帰るため。」
維心は眉根を寄せた。
「何を言っておる。そのようなことは無理だ。あやつの力では、我らには敵わぬ。」
十六夜は首を振った。
「維心、あいつらが何を考えているのか分かるか?あっちの国にも男が居ない訳じゃない。だが、女が押さえつけてこっちと逆転しているだけだ。つまり、こっちでも力の強い女が居るように、あっちにも力の強い男がいる。それらも使って来るぞ…それに、女ってのは厄介だ。何しろ、甲冑を着てなかったら民間人か軍神か分からないんだから。」
維心はハッとした。つまりは、ここに入って来る女を全て検疫でもするように見分せねばならぬのか。
「我の領地への出入りを完全に遮断するしかないのか。」
十六夜は考えるような顔をした。
「それで本当に大丈夫なのか?そもそも、もう宮や領地に入り込んでいないとどうして言える?」
維心は、黙って維月を見た。維月は心配そうに維心を見上げている。
「…維月を危ない目には合わせられぬ。子も然り。十六夜、二人を月の宮へ連れて帰ってくれないか。」
十六夜が頷き掛けると、維月が首を振った。
「ここに攻め入って来るという時に、私と子だけが逃れるなど出来ませぬ!私は戦える。ここに残ります。不死なのですから。」
維心は首を振った。
「ならぬ。我らの子を守るのだ。我はここを守る。我一人の力で充分であるが、気を全開にして宮を壊滅させる訳にもいかぬのでな。こまめに消して行かねばならぬわ。」
結局、話しは平行線のまま、子だけ十六夜が月の宮へ匿って、維月は残った。
場面が変わる。
宮の中は荒れていた。先にこの宮の侍女や周囲の宮の侍女に扮して潜んでいたレイティアの軍神達が、一斉に宮の中から襲って来たのだ。女子供、それに気を持たぬ男達は、将維の代に作っていた地下牢の横の龍しか見えない戸の向こうに、身を潜めていた。維心は将維の考えの深さに助けられたと感謝した。古来から、臣下をそんな風に守ろうとした王は居なかったからだ。
宮の敵軍神達を殲滅した後、結界外でそれを破ろうとしている敵軍を討ち果たすため、月の宮から戻った将維、そして亮維、退役した義心と、今の筆頭軍神の慎怜と共に、維心は維月と並んで向かった。レイティアの軍はものすごい数だった。それを迎え撃とうと結界外に出た龍軍目掛けて、その大軍は一斉に襲い掛かって来た。
両軍激しく入り乱れてぶつかり合った。気弾が飛びかい、簡単には避けられない中、維心と維月はまるで二人三脚でもしているかのようにぴったりと同じように飛び、それを難なく避けてレイティアに迫った。敵の将達は必死にそれを留めようと維心と維月を囲む。球状に囲まれた状態で、二人はお互いに背を合わせて次々に敵の軍神達を戦闘不能にして地上へと落として行った。とても勝ち目がないと分かった将達は、捨て身の行動に出た。刀を捨て、合図と共に一斉に気を中心の維心と維月の向けた放ったのだ。
維心が維月を庇おうとしたが、陰の月である維月の方が早かった。維月は青白い膜を張り、維心を覆った。気取った十六夜が月から降ろす力が届く前に、気弾は維月にもろに当たり、維月は人型を保てなくなって光に戻って月へと打ち上がった。
「維月!」
維心は尚も襲って来る敵など眼中にないかのように叫んだ。十六夜の声が言った。
《維月は大丈夫だ。オレ達は死なない。今は気を失ってる。人型になるまで少し時間が要るだけだ。》
維心は、激昂した。
「我の維月に、何ということを!」
維心から大きな闘気がまるで爆発でもしたかのように湧き上り、辺りの軍神達はその気に当たっただけで命を落として落下して行った。見る見る、維心の人型は崩れて龍身になって行く。それを見た義心が、必死に叫んだ。
「龍軍、今すぐ結界内へ撤退せよ!急げ!王が!!」
ただ事でない義心の声に振り返った将維が、維心が龍身を取ろうとしているのが目に入った。そして、すぐに飛んだ。
「急げ!我らも命がないぞ!」
龍の軍神達は必死に結界内へと逃れた。我を忘れた維心の気など受けたら、一溜りも無い。
維心はやはり巨大な龍に変化した。レイティアの軍が必死に打つ気弾は、龍身の維心にはなんの効果も無かった。そしてその気を放とうとした時、十六夜が必死に言った。
《待て、維心!維月は殺すなと言ったろう!今まで殺さないように斬って来たのはなんだったんだ!レイティアの話を聞くんじゃなかったのか!》
維心は激怒していた。
《聞けぬ!こやつらを皆殺しにしてくれるわ!維月をそのような目に合わせよって!》
維心は猛り狂って咆哮を上げた。それだけで地が大きく揺れた。レイティアの軍神達が必死に撤退しようと方向を変えるのを、維心は許さなかった。
《どこへ行く!》維心の気が張った膜へと込められて、軍神達は立ち往生した。維心は言った。《嬲り殺してやろうぞ!楽には死なせぬ!手足を裂いて殺してくれと頼むまで生かして置いてやるわ!》
中の軍神達は、どうにもならない状況に混乱して膜の中を闇雲に飛び回っている。僅かにレイティアと、軍神数人がじっと宙に留まって維心を睨んでいた。
「…甘かったということか。」レイティアが言った。「たった一人でこんなことが出来る…ゆえに龍王はこの世最強と言われるのか。」
《王として、己の判断の誤りでなった臣下の末路を見るが良い。》
維心は、傍に浮いていたナディアを気で捕えて両手両足を引き千切った。
「ナディア!!」レイティアは叫んだ。落ちて行くナディアを追って飛んで行く。そしてやっとの思いで抱き留めると、叫んだ。「ナディア!ナディア!」
しかし、あるはずの出血がない。間違いなく手足はないが、それでも血は不自然に止まっていた。
《死なせぬと言うたであろう。》維心の声が、なぶるように言った。《頼めば殺してやろうぞ。我が妃を手に掛けたこと、一生涯悔やませてくれるわ!》
ナディアは痛みにのたうち回ることも出来ず、ただ唸っている。気を失うことすら許さぬと言うのか。
レイティアは、力の違いに打ちのめされた。回りでは、他の軍神達がその光景にヒステリックに騒いで逃れようと膜に何度も体当たりしている。維心は笑った。
《無駄ぞ!この龍王に逆らう者はただでは済まぬ!我が命より大切なものを傷付けた罪、浅くはないぞ!》
維心は、龍の血が最も濃い王。龍は古来より残虐で知られ、初代の龍王が誕生して押さえつけるまでの間、世の神達を相手に殺戮と略奪の限りを尽くしていた。普段は抑えつけて制御出来ているその激しい性質も、一度タガが外れると抑えが利かなくなるのだ。
膜の中では、次々にどこかしらもがれて裂かれた軍神達が次々と地上へ落下し始めた。悲鳴と泣き声が聞こえる。レイティアは叫んだ。
「我の責ぞ!なぜに我を罰せぬ!」
維心は答えた。
《これが主の罰ぞ。存分に受けるが良いわ。》
《維心!やめろ!》十六夜の声が響いた。《やめてやれ!維月の気が付いたら、どれだけ悲しむと思ってるんだ!》
《うるさいわ!我の地に攻め入って来た輩ぞ。それとも、主が娶ると申すか?主の妃であるなら、我は神の世の理にのっとって礼を尽くさねばならぬ。出来ぬのなら、黙っておれ!》
十六夜はグッと黙った。目の前では、レイティアの目の前で、レイティア以外の者達が次々と落とされて行く。その言葉通り、誰も命を落としてはいなかった。だが、皆その痛みに我を忘れて泣き叫び、助けを求めている。レイティアは涙を流しながらただそれを見つめていた。自分には何の力もない…。
十六夜が、叫んだ。
《わかった!オレに嫁にするから!》
維心が、ピタと止まった。そして、見る見る人型になった。
「…なんと申した?」
《オレが娶る。だから、やめてやれ。》
維心は、じっと黙った。レイティアが、膜の中から涙に濡れた目で維心を見上げている。
「…わかった。」維心は、レイティアに言った。「月の妃よ。主の望みは?」
レイティアは、必死に言った。
「我が一族の解放を!どうか、皆を我らの地に戻して欲しい…。」
維心は頷いた。
「こやつらの体、全て完全に戻してはまた何を企むか分からぬゆえ、皆一部を欠落したままにしようぞ。腕でも足でも選ぶが良いわ。」と、結界内の龍軍に言った。「治癒の龍をこれへ!」
龍が入り乱れて結界から出て来た。膜は消失したが、誰も逃げ出す気力も力も無かった。
そうして、その戦は終結した。
レイティアは、月の宮へと龍達に送られた。




