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覚醒

維心が月の宮を訪れたのは、維月の戻る前日だった。いつものように、供は連れずに一人でやって来た維心は、真っ直ぐに維月の居る十六夜と維月の部屋へと向かった。維月がその気配を感じ取って立ち上がった。

「…来られたわ。」

十六夜が顔を上げる。床の敷物の上で遊んでいた維織が顔を上げた。

「おとうちゃま…。」

維織は、十六夜を見て手を差し出した。抱っこしろということだ。十六夜は維織を抱き上げた。そこへ、維心が入って来た。そして、脇目も振らず維月を見た。

「維月…壮健であったか。」

維月は苦笑した。

「まあ、維心様ったら、まだ五日ほどでありまするのに…。」

そして抱き寄せようとして、十六夜の腕に維織が居るのを見てとどまった。

「…十六夜。」

十六夜は、維心を見てため息を付いた。

「オレの話し方を聞いて笑うのは無しであるぞ?維心。」

維心は笑うより驚いたような顔をした。十六夜がこんな風に話すのを聞くのは初めてだ。

「…子を持つと、主ですらそのように変わるのであるの。おかしいより我は戸惑うわ。」

十六夜はふんと鼻を鳴らした。

「ま、仕方がないのだ。我が子に影響すると言われたらこのようにするよりな。」

じっと黙っていた維織が、維心を見て思い切ったように口を開いた。

「いしんちゃま、おかあちゃまをつれていくの?」

維心は驚いたように維織を見た。良く話すようになったとは聞いていたが、ここまではっきり話すようになったとは。思えば、将維も突然にませた言葉を話すようになって驚いたことがあった。

維月が口を挟んだ。

「維織、お母様はお仕事だと言ったでしょう。また来月には戻って来るわ。」

十六夜も頷いて腕の中の維織を見た。

「そうよ。申したであろうが、維織。母がここに居ないのは、維心のせいではないのだ。」

維織は、目に涙を溜めて首を振った。

「いおりにはみえる。」維織は、維心を指した。「いしんちゃまと、おかあちゃまには、いおりとおなじようなあかごがうまれるの。おとこのこ。うまれかわってくるの。」

三人はびっくりしたような顔をして維織を見た。見える?維織には、何が見えているというのだろう。

「…何が生まれ変わって来ると申す?」

維心は言った。自分達にも、子が出来ると言うのか。だが、維月が…。

十六夜が首を振った。

「どうしてそれがいけないのだ?」

維織は、十六夜を見た。

「おとうちゃま…。だって、おかあちゃまがいおりにあいにこれなくなるもの。でも、きっとあかごもうまれてきたいといってるの。だから、いおりはがまんしなきゃいけない?」

維月は維織の頭を撫でた。

「維織…。」

維織は、維月に抱きついた。維月は十六夜から維織を抱き取った。きっと、この子には自分達とは違った能力があるのだ。何かが見えていて、それで自分から維心が維月を奪って行くように思えてならないのだろう。

維心が、黙ってその様子を見ている。そして、言った。

「…まだ、そのようなことにはならぬぞ、維織。」維織が、驚いたように維心を見た。「心配は要らぬ。我らは、そのように考え無しではないからの。いつかは我らにも子が出来よう。主の父と同じように、我も維月を愛しておるゆえの。だが、今はその時ではない。主が大きくなるまで、我らは待とうぞ。」

維織は、しばらくじっと維心を見た。そして、首を振った。

「いしんちゃまがきめられないの。」維織は言った。「だから、しかたがないの…。」

維織は、急に悟ったような顔をした。そして、十六夜を見た。

「おとうちゃま…おかあちゃまと、おわかれしないでね。ね?」

十六夜と維月は顔を見合わせた。どういうことだ。

「何を言う…そんなことはあり得ぬ。」

維織は涙を浮かべた。

「おとうちゃま…。」そして、下を向いた。「おじいちゃまに、あいたい。」

十六夜は戸惑いがちに維月を見た。維月は不安げに十六夜を見返す。十六夜は頷いた。

「ここへ呼ぼう。おじい様に話を聞かねばの。」

維心も戸惑っていた。維月と十六夜の子…おそらく、自分達にはない能力を持っているのかもしれない。碧黎の話を聞きたいのは、維心も同じだった。なので、黙って十六夜が碧黎を呼ぶのを見守った。


いつもなら瞬時に来る碧黎が、珍しく歩いて戸から入って来た。維心が意外な、という顔をしていると、維月が横からソッと言う。

「お母様が、普段神のしないことを維織の前ではするなとお父様に言っておるようで。いきなり現れるのは、神の世では礼を失した事でありますでしょう?」

維心は感心した。そこまで徹底しておるのか。十六夜が疲れるのも道理よ。

碧黎が三人の前に進み出た。維織はすぐに碧黎に飛び付いた。

「おじいちゃま!」

碧黎は慌てて手を差し出した。

「おお維織。」と、呟いた。「突然に飛び掛かって来るのは維月の幼い頃と同じよの。」

そして、維織を抱いて椅子に座ると、言った。

「して、何用か?」

「いおりがおじいちゃまにおはなししたかったの。」

維織は言う。碧黎は驚いた顔をした。

「そうか。だが、お父様が呼んでおると聞いたぞ。」

十六夜は頷いた。

「維織が、何か見えておるようなので、それを話そうと思うて。」

十六夜が話しにくそうなので、維月が引き継いだ。

「お父様、維織は私と維心様に子が出来ると申します。誰かが生まれ変わると。それに…」

維月が言いにくそうに十六夜を見た。十六夜は言った。

「オレと維月が別れるようなことも。」

碧黎は維織を見た。維織は言った。

「おじいちゃま、いおりね、ゆめをみるの。たくさんみるのよ。いしんちゃまがすごくおおきなりゅうになって、おんなのひとをいっぱいころそうとするの。」

皆一様に目を丸くした。維心がわざわざ龍身を取ってまで、どうして女を殺すのだ。

維織は皆が反応しなくて黙っているので、伝わらなかったのかと眉を寄せた。

「おじいちゃま、いおりのここにあるの。みて。」

維織は小さな手で頭を指した。驚いていた碧黎は我に返り、頷いた。

「では、見ようぞ。主は寝ておれば良い。さあここに。」碧黎は椅子に維織を下ろした。「おじい様がその間に見るゆえ。目を閉じよ。」

維織は素直に目を閉じた。そして、碧黎が手を翳すと、すぐに眠りに落ちて行く。碧黎はそれを見届けてから、三人を振り返った。

「…こやつの能力は我にも分からぬのだ。もしかして先見の才があるのやもしれぬの。このように小さなうちからいろいろ発現し始めると、こやつもつらいの。一度その夢を見て、あまりに重いようなら我の力で成人するまで封じたほうが良いやもな。」

十六夜は頷いた。

「頼むよ。こいつはまだ赤ん坊なのに、そんなものがガンガン見えてトラウマにでもなったら困るじゃねぇか。」

維月は気遣わしげに十六夜を見た。

「でも…あの子の言っていた事って…。」

十六夜は、維月の肩を抱いた。

「心配するな。オレ達が別れるなんてあるはずないだろうが。そもそも月で一つなのによ。別れようはない。」

維月は下を向いて頷いた。碧黎が手を維織の額に置く。

「皆で見ようぞ。そこの壁へ投影する。」

維心と維月、十六夜は壁を見た。

碧黎は、そこに維織の見たものを映し出した。


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