懸念
宮では、廷の采配で、つつがなく茶会の準備が進んで行った。招待状も出され、宮でも準備も滞りなく進み、その出席者は厳選された10人となった。
維心は何も知らず、その前日に知らされて、茫然とした…そこまで話が進んだと申すか。
「…我はそのようなこと、許した覚えはない。廷、我は出ぬ。」
横を向く維心に、廷は食い下がった。
「しかし、明日には皆様こちらへ来られまする。王、何もその場で決められなくとも良いのです。ただそこにお座りになって、見ておられるだけで。他の王への手前もございます。どうか、ご出席を。」
維心はこちらを見ない。
「…将維でも呼べ。あやつは暇にしておるだろうが。」
廷は首を振った。
「王でなければなりませぬ。王、時をくれとおっしゃいました。我はここまでお待ちして、段取りを組んだのでございます。どうか、お願い致します。本当に、ただ座っておられるだけでよろしいのですから…。」
維心は考えた。そんな茶会に出て、変な噂が立ち、妃に迎えねばならなくなったら、維月に何と言えば良い。茶会に来るような皆の皇女であれば、皆恵まれていて困っているから助ける云々のいい訳など聞かない。もしも、そんなことになったら…。
しかし、こちらから招待状を送り、恐らく我の名で呼んだことになっておるはず。太平の世にそのようなことで諍いの種を生みたくもない。
…維月は、まだ出産の時期ではない…。おそらく、まだ戻っては来ないであろう。
維心は、廷を見た。
「…仕方がない。では、出席だけはするゆえに。だが、絶対に我が妃に知られてはならぬ。我がそこで妃を決めずとも、そんな諍いの種を妃との間に抱えたくないのだ。主、これからは我に断りなくこのようなこと、するでないぞ。」
廷は、見る見る表情を明るくさせて頷いた。
「は!では、御前失礼致しまする!」
廷は、そこを離れながら思った。では、明日決めてしまえば済むこと。皆格の高い宮の皇女ばかりなのだ。いくら王でも、もしも誰かが部屋に忍んで来たら、それを斬ることなど出来ぬはず。我がそこを見咎めれば、それでその皇女は妃となる。きっと、妃を決めて見せる!
「…十六夜。」
将維が、月の宮の十六夜の部屋へやって来た。ここで暮らし始めてからもうすぐ一年、将維も、すっかりここでの生活が板について、こうやって十六夜を訪ねて来るのも珍しいことではなかった。
「なんだ、将維じゃねぇか。どうした?なんか用か?」
将維は頷いて、傍に座っている維月を見た。腹は、神や人のそれより早く大きくなっているようだった。まだあれから半年ほどしか経っていないのに、もう臨月ではといった風情だった。
「ちょっと、出れないか?話があるのだ。」
十六夜は察して、頷いて将維を促して、庭へと出た。維月は、それを不思議そうに見ているが、何も言わなかった。
しばらく歩いて部屋から離れた後、将維は部屋を振り返って、維月がこちらを見ていないことを確認してから、言った。
「実は、宮の義心から連絡があっての。」将維は言った。「なんでも、父上の新しい妃を決める茶会が、今日開かれておるらしい。」
十六夜は眉を寄せた。
「新しい妃?…なんだって、維心はそんなことを許したんだ。前世でも絶対に受けなかったんじゃないのか。」
将維はため息を付いた。
「昔から居る臣下は憤っているらしいが、開いたのは廷という洪の息子。まだ400歳ほどの若い臣下ぞ。どうしても父に妃をと、勝手に開いたらしい。父上も、もう段取りの付いておる茶会をぶち壊して、他の宮との軋轢を生みたくないと思われたのだろう。仕方なく出席なさっておられるということだ。しかしこんなことを母上に知られたら…何しろ父上はまだ、今生では300歳にもなられていないだろう。このままだと、簡単に妃を決められてしまわれる。我の時もそうであったが、茶会の夜勝手に一人部屋へ放り込み、そこへ臣下が踏み入って来て、何もしておらぬにも関わらず妃だと言われるのだ。我が引き込んだとみなされての。我もそれで三人の内二人は決まった。しゃくだったので、その二人にはその後一度も通っておらぬ。父上の転生されることになった母の妃は、宮に入る日が決まっておった…もう二人も三人も一緒だと我は思うておったのでの。だからひと夜だけ通った。それで、子が出来た。」
十六夜は深刻な顔をした。
「…つまり、今夜維心がそれをされる可能性があるってことか?」
将維は頷いた。
「可能性ではない。されるであろう。しかし、父上は知らぬであろうの。これまでその前に放り出してしまわれて来たので、まさかそんなことをするとは思わぬと思う。」
十六夜は将維を見た。
「将維…お前、龍の宮へ帰れないか?今晩だけでも何とかしてほしいんだ。今、維月がこんな状態で宮へ帰れないばっかりに、維心がそんなことになって、それでもう帰らないと言い出したら…オレ達のこれまでの苦労はなんだったんだとなる。」
将維はため息を付いた。
「いきなり帰ることは出来ぬが、夜には戻れるように今から先触れを出そう。我も前王であるから、軽々しく動けぬのだ。先触れに返事が来ぬことには、ここを出ることも出来ぬ。難しい立場であっての。」
十六夜は頷いた。
「うちの軍神を使え。万が一にも握りつぶされることが無いように、維心に奥へ入らず居間で待つよう伝えるんだ。そうしたら、忍んで行く者も中へ入れまい。」
将維は頷いた。
「わかった。龍の宮に詳しい李関か信明を借りる。それで良いな?」
十六夜は頷いた。
「頼む。維月と維心をこれ以上ひっかき回されたくないからな。それでなくても、いつ生まれるのかオレや親父にも分からないのに。」
将維は、そのまま庭から、先触れを申し付けるためにすぐ飛び立った。十六夜はそれを見送ってから、部屋へ戻った。維月が、十六夜を見上げて言った。
「…十六夜…本当なの…?」
十六夜はびっくりして維月を見た。維月はふるふると震えている。そうか。前世と違って、維月は月として育った。だから、簡単に月からこっちを見ることが出来るのだ。
「維月…聞いてたのか。」
維月は頷いた。
「でも…こんなに長い間、維心様をお一人にしているのは私。しかも、十六夜の子をお腹に持って…。」と、維月は腹を撫でた。「前世とは違うもの。もう結婚してて出来た子だもの。維心様を咎めるなんて、私には出来ないわ。でも…」
維月はぽろぽろと涙を流した。十六夜はいたたまれなくなって、維月を抱き締めた。
「維月…我慢しなくていい。わかってるよ、将維が行ってくれるから。大丈夫だ。」
維月は首を振った。
「違うの。いいの…維心様が私とのこんな状態を我慢できないのなら、今生では別れても。仕方がないことだもの…。この子が生まれた後の事が心配だったし、維心様が妃を娶られたら、私はここに残るわ。十六夜、それで、この子と三人で暮らせるでしょう。前とは違う…普通に生まれるんだもの。前世では、もう育っていた蒼に命だけが宿ったけど、この子は別。だから、それでいいの…。」
十六夜は言葉を失った。確かにそうだが…。母親と別れて暮らして大丈夫かと考えたこともあった。しかし、母の陽蘭が自分が維月の代わりを務めるから大丈夫だと喜んでいるし、碧黎もお祖父様と呼ばせると待ち望んでいるし、そんなことは考えてもいなかったから…。
だが、そんなことを言いながら、維月はまだぽろぽろと涙を流していた。十六夜が何か言おうを口を開きかけると、維月が腹を押さえてうずくまった。
「…痛…っ」
十六夜は慌てて維月を見た。
「維月?腹か?!」
維月は顔をしかめている。そしてしばらくして、力を抜いた。
「前駆陣痛かも…。でも、もしかしたら本当に生まれるつもりなのかも…。」
十六夜は慌てて維月を抱き上げて、部屋の奥の寝台へと走った。
「維月、とにかく横になってろ。」と、宙に言った。「親父!おふくろ!もしかしたら生まれるかもしれねぇ!」
一瞬にして、着物も適当に羽織っただけの二人がそこへ現れた。
「本当か?!維月、どんな具合ぞ!」
碧黎が必死になって十六夜を押しのけて維月を見る。
「お父様…まだ感覚も間遠な…」と、言い掛けて、維月はまた顔をしかめた。「…来た…!」
十六夜が眉を寄せた。
「…人の時は感覚が10分ぐらいから始まったのに。まだ三分ぐらいしか経ってねぇ。」
陽蘭が叫んだ。
「侍女!すぐに白布の用意!湯を!」
自身も双子を二回出産した陽蘭は強い。維月に至っては、前世で人の頃双子を含めて5人、月になってからは蒼の月の命を含めて7人生んでいる。十六夜と碧黎よりも、二人のほうが落ち着いていた。
侍女達が大騒ぎで駆け回る中、維月は十六夜と碧黎に両側から手を握られて、必死に痛みと戦っていた。
その頃維心は、そんなことは知らずに茶会の席に座らされていた。
最初に皆の名を聞いてからは、維心は心ここにあらずな状態でじっと黙って別の方向を見ている。廷は苛々したが、今夜事を成してしまえば済むこと。焦らず、とにかくここに座ってさえ居てもらえれば良いと思っていた。
その席に、兆加がスッと入って来たかと思うと、維心の前で頭を下げた。廷は眉を寄せたが、維心は言った。
「兆加。何ぞ。」
兆加は顔を上げた。
「ただ今、月の宮の将維様より、このような書状が届きましてございまする。あちらの次席軍神が持って参りましたもの、火急の御用であってはならぬと、お持ちいたしました。」
「父上からとあっては、我も読まぬ訳には行かぬ。」と、維心は立ち上がった。「失礼する。」
廷は頭を下げながら、歯ぎしりしていた。なぜに将維様が、このような時に書状など。
維心は、それを隣の部屋へ入って見た。
「…何事か…今夕こちらへ参るゆえ、必ず居間で待っているようにと言ってきおった。絶対に奥の間へ入ってはならぬと。それほどまでに大切な、一体何事?」
まさか維月に何か?…しかし、碧黎が付いておって何かあるとも思えない。兆加は、それを聞いて将維に感謝した。きっと、将維様は、茶会後に女を忍ばせることを知っておられる。ご自身もそれで妃を二人娶らねばならなかったから…。
兆加は、言った。
「きっと何か訳がおありでしょう。では、王はそのようにお待ちにならねば。」
維心は頷いた。将維がいきなりにこんなことを言って来るとは、恐らく何かあるはず。これは聞かねばならぬ…。
維心は顔を上げた。
「茶席は、主が良いように言っておいてくれ。我は部屋へ戻る。」
兆加は、維心に頭を下げた。
「は!」
維心は、どちらにしろ解放されてよかったと、安堵して居間へと向かった。




