望み
いつもと同じように、維月は里帰りして来た。今回は維心は政務があって一緒には来られなかったようだ。十六夜と共に舞い降りて来る維月を見て、陽蘭に抱かれた維織が叫んだ。
「おとうちゃま!おかあちゃま!」
維月が驚いたように維織を抱き寄せた。
「まあ維織、お話が上手に出来るようになったわね!」
蒼は、それを見ながら苦笑していた。神の子は、話始めると瞬く間だ。自分の娘達もこんな風だったので、分かっていたがいつも戸惑う。
維織は維月を見て行った。
「おかあちゃま、いしんちゃまは?いおり、いしんちゃまにお話するの。」
維月が驚いていると、十六夜が苦笑した。
「維心がダメ出ししたのを覚えてるんだよ。こいつなりに悔しかったらしいな。」
陽蘭が眉をひそめる。
「十六夜…言葉を。」
十六夜は眉を寄せて不機嫌に言った。
「主はくやしかったのだな?維織。しかし維心は責務があるゆえ。此度は来るか分からぬぞ。」
維月がそれを聞いて目を丸くした。十六夜、そんな風に話せたの!
蒼が笑った。
「最近はずっとこうだ。維織の前ではな。良いのではないか?」
蒼まで王の時の話し方になっている。維月は感心した。
「皆が気を付けてくれておるのね。では私も龍の宮での話し方を崩さぬようにいたしまするわ。」
維織はキョトンとしている。陽蘭は頷いた。
「言葉のことは、我も維月を育てる時に懲りましたのよ。さあ、こちらへ。お茶にしましょう。」
陽蘭が歩いて行く。十六夜はボソッと言った。
「な?疲れるんだよ。」
維月はそれを聞いて苦笑した。本当にそうかも。でも、十六夜が父親らしくて微笑ましい。
維月はそう思いながら、維織に頬を擦り寄せた。
親子三人で水入らずで部屋で座っていると、維織は目を輝かせて維月を見上げて言った。
「おかあちゃま、あのね、おとうちゃま、おかあちゃまがいないとさみしいのよ。いおりに、いづきって、いつもいうのよ。いおりは、いおりなのに。」
十六夜が慌てたように言った。
「こら維織。ちょっと間違っただけであろうが。寂しいのは主であろう。いつもオレにお母様はいつ帰って来ると聞くだろう。」
維織は、頬を膨らませた。
「いしんちゃまが、つれていくのね。いおり、いしんちゃまに、つれていかないでっておねがいするの。」
維月は驚いた。
「維織…だから、維心様と話したいと言ったの?」
維織は頷いた。
「いおり、おかあちゃまとおとうちゃまといっしょにいたい。」
維織は、維月に抱きついた。維月と十六夜は、顔を見合わせた。維織は赤子と言っても、月の命だ。自分達の実体を持った本当の子。意思を持っている。そして、人に比べて頭の成長も心の成長も速かった。こうして話し始めたので、自分の意思を伝えられるようになった…。そして、やはり両親共に一緒に居たいと望むのだ。こんな小さな子に、事情を話しても分からないだろう。
維月が答えられずに黙ったので、十六夜が言った。
「維織、お母様は、責務があるのだぞ。龍の宮で、仕事をしておるのだ。休みにはこうして戻って来るだろう?ここから出て参るのは、維心のせいではないぞ。主にはおばあ様とおじい様も居るだろうが。」
維織は、涙を浮かべている。維月は維織の頭を撫でた。母親と離れているのは、小さな維織にはつらいことなのだ。だからと言って、連れて帰る訳には行かない。この子は十六夜と自分の子。龍の宮へ連れて帰ってしまったら、今度は十六夜が維織に会えなくなる…。
維月は考え込んだ。どうしたらいいのだろう…。
乳母がやって来て、寝かせるために維織を連れて出て行ったあと、維月は十六夜に言った。
「維織にも、意思があるのね。ああして言葉で伝えられるようになって、それが分かって来たのだわ。確かに幼い維織に、この状態を理解しろと言う方が難しいのかもしれない。」
十六夜はため息を付いた。
「困ったな。あいつはお前が恋しいだろう。オレでも時々寂しい時がある。だが、月に戻ればすぐにお前と話せるし、傍にも行ける。だが、あいつはそうはいかねぇからな。」
維月は頷いて、十六夜の胸にもたれ掛かった。
「困ったこと…。最近、私もどうしたらいいのか分からない時があるの。一人の男に、一人の女。それが普通なのだと思っていたのに、十六夜と維心様を愛して、こんなことになっていて、それでもうまくやっているつもりで居たのに…神の世って複雑で。私を愛してくれるひとが多いんだもの…。それでね、亮維だって前世の息子なのに、私を想ってくれていて、レイティアみたいな女王に想われていても断っちゃって、不幸にしてる気がするし…。維織だって、私と十六夜だけだったら普通に一緒に育てていたのに、不幸にしてしまっているような気がするし…。何かが間違っているのよ。でも、今更引き返せないの。そんな感じ…。」
十六夜は維月を抱き締めた。
「そうだなあ…そんなことを言い出したら、きりが無いぞ?突き詰めて行ったら、お前を月にしちまったオレ達が悪いってことになる。そうしたら維織だって居なかっただろうし、蒼だって不死じゃなかった。維心だってまだ前世のまま生きてたかもしれねぇし、親父だっておふくろとまだ諍いを起こしたままだったかもしれねぇ。なあ維月、オレ達にはオレ達の子育てがあるだろう。これでいいんだよ。維織にも、分かる時が来る。オレや親父やおふくろが付いてるじゃねぇか。蒼は皇女達と同じように維織を扱ってくれてるんだ。恵まれてるよ。世話をしてくれる者が、あんなにたくさん居るってのに。」
維月は十六夜を見上げた。
「十六夜…。」
十六夜は、維月と目を合わせて微笑んだ。
「お前の前世の六人の子達を考えてみろ。育てたって言っても、結局乳母がほとんど世話をして、お前がこっちへ里帰りしてても育ってただろうが。一緒に住んでるからってずっと一緒に居る訳じゃねぇ。むしろたまに帰って来るからべったり一緒に居るんだろうしな。」
維月はため息を付いた。確かにそうなのだ。王族は世話をする者がたくさん居て、教育係までつく。なので親のすることは、もう少し育てばほとんどなくなる。維織も外へ一人で出られるようになって、外の世界に親を思っている時間も無くなるだろう。自分がそうだった。十六夜と外で遊んでばかりだった…。
「早くそこまで育てばいいけど。」維月は言いながら、十六夜に腕を回した。「気になって仕方がないわ。私達の、初めての意思を持った命なのだもの…。」
十六夜は微笑みながら同じように腕を回した。
「オレが居るから大丈夫だって。」十六夜は唇を寄せた。「お前の事もオレが育てたようなもんだろう。いつも一緒だったんだから。」
二人は唇を合わせて、お互いの今生を思った。共に歩き出し、共に言葉を学び、ずっと手を取り合って育った。離れる事はないのだと、疑う事などなかった…。
二人は深く愛し合い、お互いを愛おしく想う気持ちに溺れた。




