乞う
維心は、ひたすらに維月を隠したまま部屋まで戻って来ると、居間へ入って辺りをきょろきょろと見回した。侍女が入って来たのを追い返して、維心はそっと、自分の袖を開いた。まるで、遊びに行った先で見つけた秘密の宝物でも開いて見る子供のようだ。
維月が、じっと維心を見上げて立っていた。維心は、維月を袖から出した。
「さあ維月…もう出ても良いぞ。誰も居らぬゆえ。」
維月は息苦しかったのでホッとした。
「ああよかったこと。維心様ったら、全く出してくださらなくて。」
維月は少しむくれていたが、維心はそんなことは気にならなかった。何と美しいことか…何度も我を忘れそうになった。
「おお維月、何と美しい。もっとよく見せよ。」
「きゃっ!」
ぐいと腕を引っ張られて、維月はよろけた。ヒールを履いているので、何百年ぶりのことに慣れないのだ。
「お気をつけくださいませね。この靴はとても安定が悪くて…。」
維心はそんなことはどうでも良いようだった。
「維月…我のものぞ。他の男に見せるなど、もったいない。」
維心は維月の開いたドレスの胸元に唇を寄せた。維月は慌てて言った。
「もう維心様ったら!まだ宴は始まりでありましたわよ?着物に着替えて戻るのではありませんの?」
維心は胸元に頬を擦り寄せた。
「そんなもの、口実に決まっておるではないか。さあ来るのだ。しかしこれはどうやって脱ぐのだ?」
維月は慌てて脇のジッパーを押さえた。
「もう、維心様!とにかく侍女を呼んで着替えを…、」
「そこか。」維心は維月の手をよけてジッパーを下ろした。「なんだ簡単ではないか。さあ参れ。そんなに戻りたければ、後で戻ろうほどに。」
維心は事も無げに維月を抱き上げて奥へ歩いた。
「維心様!夜までお待ちくださいませ!まだ夕刻…んん!」
維心は維月の抗議を唇で押さえて、嬉々として奥の間へと連れて入ったのだった。
一時半ほどして、維月は着物姿で維心と共に宴席に戻った。維月はふくれて横を向いている。維心は維月の耳元に言った。
「何を怒っておる…もう済んだことぞ。いつまでも機嫌を悪くするでない。そら、主の好きな桃があるぞ?食さぬのか。」
維心は落ち着いた顔で何事もなかったかのように言う。維月は恨めしげに言った。
「そのように平気な顔をなさって。私はそんなに何事もなかったような顔は出来ませぬわ。」
そう言いながらも、桃は食べる。維心は笑った。
「何を言う。慣れておるであろうが。それにまだ宴は序の口であろう。戻ったのだから、拗ねるでないぞ。」
まだ桃を口に運びながら、維月は恨めしげに維心を見た。維心は、さっさと臣下達との会話に戻って行く。維月は維心の言いなりなのがシャクだったが、維心の機嫌がいいのでもういいやと桃に集中した。本当に甘くておいしい。喉が乾いていたので、尚更だった。
ふと、庭を横切る影が視界をかすめて、維月は手を止めた。亮維…何か暗い顔をしている。こちらへ戻る様子はなく、あの方向は自分の対へ帰るのだろう。そういえば、レイティアが居ない。ナディアがさっき、深刻そうな顔で出て行った…何か、あったのかも。
維月はソッと維心を見た。維月の斜め前で臣下達に酒を注がれて上機嫌だ。
維月はススッと後ろに下がると、亮維の対の方へ向けて走って行った。
「亮維様、王妃様がお越しでこざいます。」
亮維が自分の居間で考え込んでいると、侍女が入って来てそう告げた。亮維は苦笑した…そう、いつも維月は我のつらい時に来る。幼い頃からそうだった。まるで、我と繋がっておるかのように…。
亮維は立ち上がった。
「ここへお越し頂く訳には行かぬの。我が出る。」
亮維は、対の入り口へと急いだ。
維月は、気遣わしげに亮維を見上げて立っていた。亮維はその姿を見て、ホッとしたのを感じた。やはり、我には維月なのか。
維月はそんな亮維の気持ちには気付かず、言った。
「亮維…暗い顔をしていたのが気になって。何かあったの?」
亮維は微笑んだ。
「…庭へ参ろう。ここは侍女が揃う。」
維月は頷いて、亮維と共に庭へと歩いて行った。
維月は亮維について歩きながら、ふと、腕に血のようなものがついているのを見つけた。
「まあ!怪我を?」
維月が慌てて掴むと、それは返り血のようだった。亮維は微笑んだ。
「レイティアを狙う輩がおったので、少し。我は怪我などせぬ。」
維月は安堵したように胸を撫で下ろした。
「そう…神世は物騒だものね。」
維月が腕を離すと、亮維はその腕で維月を引き寄せた。
「亮維?…何があったの?」
維月は亮維を見上げて問う。亮維は維月に口づけてから、抱き締めて言った。
「…我はレイティアを幸せには出来ぬ。あれは今日、我に心が無くとも子をなす事を望んだ。だが、あれの気持ちは本物ぞ。我は…真に想うてくれる者を、そのようには扱えぬ。愛せぬのに、体だけなど…。あれがどれ程に傷付くのか、我には分かるからだ。」
維月は黙った。亮維は優しい…だから、悩んでいたのだわ。亮維は、維月を見つめた。
「主以外を愛せるのなら、とうにそうしているだろう。如何に努力しようと無理であったのだから、手にした今はもっと無理だ。相手も軽い気持ちなら、我だって一度ぐらいは相手をしよう。だが…無理ぞ。」
維月は頷いた。亮維は悩んでいる。聞いて欲しくてならないのだわ。
「亮維…その通りよ。相手の気持ちを考えたら、そんな気持ちの亮維が相手に出来ないのは当然だわ。」
亮維は頷いた。
「愛している。維月…我はレイティアをどうしたら良いのだ。どうすれば我など忘れてしまえるのか…。」
維月は、亮維の頭を撫でた。
「慕う気持ちは無理なのよ。他人がいくら何とかしようとしてもね。本人ですら、もて余すものなのに…。」
亮維は維月を抱き締めた。維月を愛している。この気持ちをどうにも出来ないように、レイティアもまた同じ気持ちでいるのかも知れない。
「維月…今は共に居てくれ。」
維月は頷いた。亮維は維月に唇を寄せ、その体の暖かさに酔った。愛している…他は愛せるはずはない…。
維月は、亮維を部屋へ寝かせて、その額にソッと口づけると、亮維の対を出た。そして宴の席を覗くと、維心はもう、居なかった。きっと維月が居ないのに気付いて、部屋へ戻ったはず。また怒るなあとため息を付きながら、維月は王の居間へと入った。そこに維心は居らず、維月が奥の間へと足を踏み入れると、維心が驚いたようにこちらを向いた。
「維月!これは…!」
維心が慌てている。維月は何かあるのかと横を向いて、固まった。
そこには、レイティアが立っていた。
脇のジッパーは、半分ほど開いていた。
「お邪魔を…」
維月は、どうしたら良いのか分からずに、咄嗟に頭を下げて踵を返した。維心の声が追うように叫ぶ。
「違う!我は受けておらぬ!維月!」
維月はとにかく走った。維心に追い付かれないよう、その身は見る間に光に戻り、すごいスピードで飛び去った。
「維月!維月、誤解ぞ!」維心は、どこに飛んだか分からない維月に、夜空に向かって叫んだ。「維月!戻って来い!」
返事はない。維心は、呆然とした。これは…まさか前世の二の舞ではないのか。維月は戻らないのではないのか…!




