宴
維心は、イライラと宴席に先に出て座って待っていた。
維月が来ない。やはり、着物にしておけばよかった。さすればこれほど待たされることもなかったであろうに…。
維心がそんな風に不機嫌に上座に一人、座っていると、侍従が言った。
「王妃様、女王レイティア様のおなりです。」
維心は、待っていたと顔を上げ、そして、固まった。
レイティアは、輝くように美しかった。髪を高く結い上げ、そこには細工をした金細工に宝石を散りばめたティアラが飾られていた。ドレスは胸元が大きく開いたマーメードラインの美しいオフホワイトで、無数のダイアモンドが散りばめられてある。首飾りも、見たことのないようなデザインで、細かい細工に、何連にも連なったもので、そこにも美しい宝石がはめ込まれていた。
しかし維心が見ていたのは、維月だった。同じように高く結い上げられた髪に、銀細工でサファイアとダイアモンドがはめ込まれたティアラを乗せられている。レイティアと同じように大きく開いた胸元には、大きなサファイアが真ん中にはめ込まれた、何連にも連なった首飾りが飾られていた。ドレスは同じくマーメードラインのもので、陰の月を思わせる濃い紅だった。ドレスに袖はなく、二人ともドレスと同じ色の長い手袋をしている。化粧の仕方も違って、維月の目元は少し影が出来ていて、艶やかだった。
茫然としている維心の元に、維月はドレスの裾をレイティアに倣って持ち上げながら歩いて来た。裾から見える靴は、また違ったものだった。
「維心様…?」
あまりにじっと黙っている維心に、維月は声を掛けた。維心は我に返ったように維月を見た。
「維月…」と、慌てて自分のほうへ引き寄せて袖の中に入れた。「なんとこのように肌を見せて!我以外にこのように素肌を晒すとは何事ぞ!」
維月は困ったように維心を見上げた。
「でも維心様、私も人の世にあったので存じておりまするが、これは公式の場へ出るきちんとしたドレスでありまするのよ?見えておるのはこことここだけではありませぬか。」
維月は胸元と、肩から上腕の辺りを指した。維心は首を振った。
「我を忘れるほど美しいのは確かであるが、我以外がこのような主を見るなど許せぬ!特にこの辺り…」と維心は胸元にそっと触れた。「…我とていつまで正気を保てるものか…。」
それを聞いていたレイティアが呆れたように言った。
「維心殿、そのようなことを言っておっては我の国へなど来れぬの。皆このような格好ぞ。」
維心はレイティアを見て唸った。
「他の女など知らぬ。我は維月が他の男に見られてはならぬと言うておる。」
維心はさも大事そうに維月を袖の中に隠している。レイティアは感心したように言った。
「ほう。これが想うということか。にしても、少々やり過ぎのような気もするの。」
維月が僅かに見えている目の辺りで、頷いているのがわかる。維心は首を振った。
「ならぬ。維月は我の正妃。我しか見てはならぬと決めたら見てはならぬのだ。」
維月がため息を付いたのがわかった。だが、おとなしく言う事を聞くようだ。レイティアはとにかく感心していた…女が、これほど男に譲歩して生きておる世であるとは。まして、維月はあれほどに力のある女であるのに。
レイティアは、維月と話したことを思い出していた。さっき維月が言っていた…これがそうか。
「維月、愛情があるから、言う通りにするのであるな?」
維心が何のことかと驚いたように維月を見る。維月は頷いた。
「そうなのよ、レイティア。愛しているから、同じように愛して言う我がままは聞いてあげるのよ。」
レイティアは納得したように頷いた。
「参考になるの。」
維心は怪訝そうに眉を寄せる。しかし、袖は何が何でも宴の間、維月から除けることはなかった。
いつまでも維心が維月から手を離す様子がないので、ゆっくり話すことも出来ず、レイティアは庭へと出ていた。皆の視線が自分を追っているのがわかる。大半が男で、女は酒を注いだりと甲斐甲斐しく動き回っている。自分の城とは正反対な様に、レイティアは落ち着かなかった。そして、自分を女としてあれほどに遠慮なく見る男達にも、我慢がならなかった。城では、あれほどにじっと見ることを、男は禁じられているのだ。不躾に思うが、これがこちらでは普通のことなのだろう。レイティアがため息を付いていると、傍の茂みでカエルを踏みつぶしたような音が聞こえてぎょっとした。恐る恐るそちらを伺おうとすると、そこから亮維が出て来た。
「…亮維?なんだ、驚いたではないか。ところで、今の音は何ぞ?」
亮維は慌ててレイティアを制すると手を取った。
「何でもない。それより、あちらへ参ろうぞ。今なら百合が咲いておろう。」
レイティアはなんだろうと思ったが、亮維が言うのだからと、一緒に歩いて百合を見に行くことにした。
亮維は、相変わらず凛々しい姿だった。龍王がそっくりなのに、なぜか亮維を見るとこうして鼓動が早くなり、嬉しい気持ちが湧きあがって来る。こうして一緒に歩いていると、ずっとこうして居たいと思った…レイティアは、間違いなく亮維を想うようになっているのだと思った。
しばらく歩くと、百合が生い茂っている場所に出た。強い香りが辺りに漂っている。
「こちらぞ。軍神達が、維月のためと植えたものが、このように増えての。」
レイティアは、その大輪の花に見惚れた。
「なんと美しいこと。このようにたくさん、見事であるな。」
そんなことを言うレイティアこそ、大変に美しかった。宴の席では、レイティアの噂で持ち切りだった。維月は見ようとしても、維心が隠していて皆、最初の一目しか見ることが出来なかったのだ。それからはずっとレイティアを見て、皆騒いでいた。
しかし亮維は、そんなことにレイティアが慣れないのを知っていた。こちらの常識とあちらの常識は違う。不躾に思っても言えないでいたのではないかと、心配していたのだ。
亮維は言った。
「レイティア、皆悪気はないのだ。ただ、ここは略奪の世であっての。男は己の気に入った女であれば、さらってでも妻にする。なので主、あまり一人でうろうろせぬ方が良いぞ。」
レイティアは驚いた。薄々感づいてはいたが、やはりそうなのか。
「…我に、勝てる神など居らぬであろうが。」
亮維は首を振った。
「そのような格好で、満足に動けると思うてか。愚かな男も居るゆえの。気を付けよ。」
レイティアは憮然として顔を上げた。
「主まで女だからと申すのか?我は負けぬ。」
亮維はため息を付いた。
「…先刻、主が一人で居った時、三人の男が主を狙って潜んでおったのに気が付いたか?」
レイティアは驚いて亮維を見た。先刻?
「…あの、変な音か。主、倒したのか。」
亮維は頷いた。
「そんな格好で三人掛かりでは、さすがの主も手こずるであろう。主、刀を呼び出せるか?」
レイティアは虚を突かれた顔をした。
「なんだって、呼び出す?」
亮維は首を振った。
「やはりの。では明日から我が教えようぞ。主の気であるなら、恐らくできるだろう。我ら王族や軍神の気が強い者は、こうして」と、亮維は手を翳した。その手に、まるで最初から刀が握られていたかのように刀が掴まれた。「どこに居てもどこへでも、自分の刀を呼び出せる。これが出来ぬのに、丸腰でたった一人は危険過ぎるの。さ、戻ろうぞ。」
亮維の手から、また刀がスッと消えた。レイティアは、先に戻ろうと歩き出す亮維に向かって言った。
「我は、主を愛しておる!」亮維は、立ち止まった。レイティアは続けた。「…そんな愚かな男などに襲われるなど身の毛もよだつ。亮維、我は愛情などなくとも良い。主が、我を一時でも乞うてくれるなら…。」
亮維は困ったようにレイティアを見た。
「…言うたであろう。我は乞うことはない。ただ必要ならば望まれるまま抱くことは出来るがの。我が欲してのことではないぞ。それでも良いと申すか。」
レイティアは頷いた。
「良い。我は…他の男など要らぬ。」
亮維はじっとレイティアを見た。そして、首を振った。
「ならぬ。レイティア、主がただ子が欲しいだけと言っておった時であるなら、我は別に良いかと思うたやもしれぬ。だが、今は違う。我は、主の気持ちを踏みにじることになるのだ。そのような形で朝を迎えれば、主は余計につらくなろうぞ。我にはそれが分かる。なので出来ぬのだ。」
レイティアはぽろぽろと涙を流した。なんと辛いこと。なぜに我は受け入れられぬのだ。このような気持ちを持たねばならないなんて…恋など、するのではなかった…。
亮維は、レイティアを促して、ナディアを探して引き渡した。そして、思いに沈んで自分の対へ向かったのだった。




