願い
レイティアと共に庭へ出た亮維は、昨日は気付かなかったその力強い気に驚いた。やはり王だからか…。いい軍神なのだと聞いている。しばらく歩くと、レイティアは人気のない所で立ち止まり、亮維を振り返った。思いもかけず美しい顔立ちのレイティアに、亮維が驚いていると、緊張気味にレイティアが口を開いた。
「知っての通り、我は夫を探してここに来た。最初は気が強いだけの、強い血を求めておった…兄に話を聞いたなら知っておろう。」
亮維は頷いた。
「男を物のように扱う社会であるそうだの。だが、我らも同じよ。女の扱いには褒められたものではない所がある。ゆえに、主を責めようなどとは思わぬ。」
レイティアは驚いた。亮維は、我を小賢しいとは思わぬのか。
「…我は、恋とは何か知らぬ。将維は、想う気持ちがないとと言った。維月と話したが、相手と共に居たいと望み、触れられても不快に感じない男だと思えば分かりやすいと言うておった。」レイティアは、亮維を見た。「我は、主ともう少し話してみたいと思うた。帰ると聞いて、留めたいと思うた。主が我の腕を掴んでも、不快に思わなかった。なのでもしかして、想い始めておるのではないかと思うのだ。違うか?」
亮維は呆気に取られた。今まで何人もの女に言い寄られたものだが、こんな言い方は初めてだ。
「…いや、我には分からぬが。」亮維は答えた。「どうしたものかの。我は一度維月以外を愛せないと分かっておって婚姻に至り、離縁したことがある。二の舞はしとうないの。」
レイティアは頷いた。
「維月はあれほどの女。主が望んでも仕方ないと思うておる。だが、我は主に婚姻関係を長く強いるつもりはない。子をなせば、それ以上はは望まぬゆえ。それまでの間、我と共に居てはくれまいか。今、我は主以外の子を生みたくない心持ちであるのだ。」
亮維は、勝手の違う求婚に、どうしたものかと思っていた。維月は恐らく婚姻してほしいと望むだろう。あれはそれが幸せの道だと思っているふしがある。だが、自分はどうしてもあれ以外を愛する気持ちが湧かない。しかしレイティア…良い王であるのは確かだ。
「…子をなすだけと申すか?」
レイティアは、頷いた。
「本当は連れ帰って我の城で共にと望むが、それでは主も承諾してはくれぬだろう。我がこちらに通うても良い。」
亮維は困った。愛情は無くても、子を作る事ぐらい出来る。そこが父や兄と、自分の大きな違いだった。あの二人は、出来ても断固としてしないのだ。心も体も満たされないと、手を出さない。しかし、自分はそんなことは望まなかった。長く我慢を強いられて来たので、心が満たされるなど、諦めていたからだ。もちろん今は、維月に満たされてそれがどれ程に幸せか知ってしまっているが…。
「時間をくれぬか。」亮維は答えた。「維月と話す。」
レイティアは、黙って頷いた。
亮維が維月を探して奥へと歩いて行くと、維月の気は維心の対にあった。嫌な予感はしたが、こればかりは話さねばならない。亮維は、維心の対の居間へと足を踏み入れた。
維月と維心がいつものように並んで座っている。亮維が入って来たのを見て、維心はスッと眉を寄せたが、何も言わなかった。維月が亮維に気付いて言った。
「亮維?どうしたの。さっき帰ると言っていたのに。何かあった?」
亮維は頷いた。
「話しがあるのだ。良いか?」
維月は頷いて立ち上がろうとした。
「ええ。」
維心が、その肩をしっかりと抱いた。
「ならぬ。」断固とした口調だ。「ここで話せば良かろう。それとも我が居っては言えぬようなことか。」
維月は咎めるように維心を見上げた。
「維心様…そのようなことを、」
「良い。」亮維は、ため息をついて言った。「ならばここで話そうほどに。維月、実はレイティアから、我を子をなすまでの夫にしたいと言うて来た。」
維月は目を丸くした。維心も驚いたようで、絶句している。維月は、何とか言った。
「あの…でも…その、亮維が嫌なら、私が断っても良いのよ?あちらでは、女の方にそういう権利があるようだから。」
亮維は微かに笑った。
「此度は簡単に切り捨てる訳にも行かなくての。何でも、我が帰ると聞いたら留めようと思うたと。それに、維織を見つけた折、我はレイティアを止めようと腕を掴んだのだが、その時も嫌ではなかったとか。維月に聞いたら、傍に居たいと望み、触れられるのが嫌でないのが想うという事だと聞いたと言うておったぞ。」
維月はえ、という顔をしたが、困ったように頷いた。
「分かりやすい方法をと思ったのよ。でも、そんな簡単に好きになるものかしら。亮維、何か話したの?」
亮維は首を振った。
「そんな暇はない状況ぞ。維織は死にかけておったし、我はレイティアが維織を抱き上げるのを止めようとしただけ。後は、父上を呼んで来いとだけ。」
維月は顔をしかめた。
「…そんなことだけで好きになる?」
「有り得ぬことではないの。」維心が口をはさんだ。「何が心の琴線に触れるかなど、誰にも分からぬ。我とてそうだったしの。維月はいちいち我の心に触れて、困ったものよ。片恋の頃であるが。」
維月は維心を見上げた。
「確かに亮維はこのように凛々しい姿であるし、気も強く能力も優れておるし、心映えも良いので惹かれてもおかしくはないと思いまするけれど。」
亮維が、びっくりしたような顔をした。維心が眉を思い切り寄せた。
「維月、我の目の前で他の男をそのように褒めるとは何事ぞ。」
維月はきょとんとした。
「何をおっしゃいまするの。前世の子でありまするわよ?維心様のお子が、慕わしくないはずはないのですわ!」
今度は維心がびっくりしたような顔をした。そして黙ったので、維月は亮維を見た。
「亮維、求められるたびに妃にしておったらきりがないでしょう。あなたが決めれば良いわ。断るなら私から言うから。」
亮維は息を付いた。
「気は進まぬ。さりとて突き放すのも気が退けるの。」
維心が亮維のそんな様子を見て言った。
「…子をなさねばならぬのであるぞ?一度きりと言う訳にも行くまいに。」
亮維はちらと維心を見た。
「…あんなことぐらいは、我は別にどうとも思わぬのです。ただ、心が満たされぬだけで。しかしそれでは、相手もつらいでしょう。」
維月は驚いた顔をした。亮維は、維心と将維とは、少し違っている。維心も少し戸惑ったように言った。
「主は、そうなのか。」
亮維は頷いた。
「我は維月に一番遠い位置におったゆえ、我慢ということに慣れ申した。心が満たされることなど到底無理なことだと思うておったゆえ、心と体は分離して考えられるのですよ。でなければ、生きて行くのもつらかったでしょう。」
維月は、袖で口元を押さえて下を向いた。維心も神妙な顔つきになった。自分が、もしも十六夜に維月を許されずに何百年も経っていたら、きっとこんな考えになっていたのかもしれぬ…。
二人がシーンと黙ったので、亮維は苦笑した。
「…とにかく、我の気持ちは良い。それよりも、レイティアがどうしたいのか聞いてやってもらえぬか、維月。それで、どうしてもあれが我の子が欲しいと申すのなら、別に我は良い。ただ、夫にはなれぬがの。」
維月は頷いた。
「亮維…でも、私は断りたいわ。」
亮維も維心も驚いたように維月を見た。
「なぜ?主は我のことはそこまで思い入れておらぬだろう。」
維月は首を振った。
「何を言っているの?私の末の息子なのよ。誰より幸せを願っているのに、望まない関係を例え一時でもさせたくないわ。前世の私が、どんな思いをしてあなたを生んだと思っているの?すっごい難産だったのよ。死にかけたんだから。」
維心は苦笑した。
「確かにの。あの時は将維が大変でバタバタしていて、ほんに大変だったわ。我が気を補充せなんだら、維月は身を失っておったの。あの頃、まだ人の体を使っておったゆえ。」
亮維は、戸惑ったように維月を見た。維月は立ち上がって、亮維の傍に膝を付いた。
「亮維…あなたの幸せを願っているのよ。あなたの気持ちがどうなのか、それで決めて。でなければ、なんのために私はここであなたに会うの?」
維心が憮然として言った。
「…そうよ。我らが息子の幸せを願わんでどうするのだ。我だって、命より大事な維月を、何のために月の宮で主に許しておると思うか。」
維心はぷいと横を向いた。維月はそれを見て、苦笑した。
「亮維、私達はあなたのことを想っているわよ。だから、あなたが決めなさい。ね?」
維月は、亮維を抱き締めた。亮維は驚いたが、維心が呆れたように笑っているのを維月の肩越しに見て、思ってもみない感情が湧きあがって来て、涙を堪えるのに苦労した…。




