恋とは
将維は、自分の対の横に何かの気配を感じた。
ここは庭を目の前に臨んでいるので、誰かが散策していてもおかしくはない。しかし、こんなに夜更けて出て来るとは何者か。
将維が部屋を出て庭を伺うと、やはり強い気を感じた。やはり、これはあの北から参ったという女王か。将維が目を凝らすと、突然に目の前に金髪に緑の瞳の女が舞い降りた。
外国から来たと聞いている。着物ではなく、母が人の世に行く時に着ているような裾の長い服を着て、そこに降り立った。
「…主、維月の夫の一人の、龍か?」
将維は驚いて相手を見た。維月の夫…公には誰も言わないことを、なぜこの女が。
「そんなことを聞いてなんとする。」
相手は頷いた。
「我はレイティア。聞き及んでおろう。北の地より、ここに優秀な男を探して参ったのだ。我は月を望んだが、維月はそれを許さぬのでな。ならば他の者ならばと、探しておるのだ。主ならば、維月も許そうほどに。しかし、主はどうか。」
将維は眉を寄せた。
「我は維月以外を望まぬ。他を当たるが良い。」
将維が踵を返そうとすると、レイティアは言った。
「ほんにここの男は皆頑固であるの。そのように皆で一人を取り合って、維月自身も大変であろうに。」
将維は足を止めて、振り返った。
「想いとは、そういうものぞ。主にはわかるまい?まるで男を物のように言う。主は、誰かを恋うるということはないのか。」
レイティアはためらうような顔をした。
「恋うる?男を?」
明らかに驚いたようだ。将維はため息を付いた。
「そうか。主はそういう風に生きて参ったのだな。ならば無理であろうよ、ここの男を手玉に取ることはの。こちらの男は言いなりにはならぬ。力で奪うのではなく、その心を奪うのだ。さすれば、主も望みのものを手にすることも出来ようぞ。」
将維は、自分の対の中へと消えて行った。
レイティアは、ただ茫然とそれを見送った。恋と。恋となんだ…調べてみなければならぬ…。
次の日の朝、維月はまだ維織が連れて来られる様子がないので、十六夜と二人で庭を散策していた。十六夜は常以上に維月にべったりと寄り添って、維月もその気持ちが分かるだけに十六夜に身を摺り寄せ、共に歩いている。十六夜は時に維月を抱き締めては唇を合わせ、離れたくないと言った風情であったが、維月もそれを素直に受けていた。
そんな様子を、離れた場所から見たレイティアは、戸惑っていた。なぜ、女が乞わぬのに、男のほうがあのようにする。
維月は、幸せそうに十六夜に頬を摺り寄せた。十六夜も心から嬉しそうにしている。レイティアの国では、あのように子も作らぬのにベタベタと男とくっついて歩いているなど有りえない。ただ共に居るだけなのに、あのように幸せそうにしているなんて…。あれが、昨夜あの龍が言っていた、想うということか。想っていたなら、ああしていたいと思うものなのか。
レイティアは、ナディアを呼んで、それを問うた。
「あれは何ぞ?我は何を知らぬのだ。主、分かるか。」
ナディアは、困ったような顔をしたが、思い切ったようにレイティアを見上げた。
「王よ。お話せねばなりませぬ。王は、幼い頃より宮の中でお過ごしであり、回りも侍女達ばかり、わずかに侍従しか知らずに大きくなられました。」
レイティアは、頷いた。
「母上がそうであったからの。我もそうであろうが。」
ナディアは頷いた。
「はい。しかしながら王よ、我に、夫が居ることはご存知でいらっしゃいまするでしょう。」
レイティアは何を今更という顔をした。
「知っておる。主には一人夫が居るの。」
ナディアは、下を向いた。
「あの折、我はあれが優秀であるゆえにと申しました。しかし、夫は特に他の男と比べて遜色はないものの、飛びぬけて優秀な訳ではなりませなんだ。それでも、我があれを選んだのは、我があれを愛しておったからでありまする。ゆえ、未だあの夫と共に居り、あれしか傍に置いておりませぬ。」
レイティアはびっくりしてナディアを見た。愛していると?そんな言葉を、ナディアは知っておったのか。
「だが…乳母も母上も、我には男とは、優秀な血を残すためのものであるから、子をなすと決めた時だけその優秀な者を探して傍に置けば良いと…」
ナディアは、うなだれたように下を向いた。
「はい。王族にはそのように教えられまする。なので、前王とてそのようにお考えになって、今の王があられる。ですが昔より、我ら臣下達は、いつも血などは表向き、事実は己が想う相手を見つけた時に婚姻としておりました。王には責務があられるゆえ、我ら、そのようなことはお知りにならぬ方が良いと考えて、今まで言わずにおりましたが…。王は、お気に入りな傍に置く男も居られなかったことですし…。」
レイティアは茫然とナディアを見た。では、我だけそのような事も知らずに生きて来たと申すか。いや、母上もそうなのだ。我ら王族は、そういったことを知らずに育つのか。
「では、あれは」レイティアは、十六夜と維月を指した。「二人がお互いに想い合っておるということなのか。」
ナディアは、頷いた。
「はい。おそらくは、そうでありましょう。龍王のことも、愛されておられるご様子。おそらく他は、想われて拒絶するに忍びなく、維月様はお傍に置いていらっしゃるのだと思われまする。共に居る時間が、全く違いまするゆえ。」
レイティアは、二人を振り返った。まだ仲睦まじく、お互いしか見えていないかのように見つめ合っている。優秀な血だけではない、何か…。
レイティアは混乱して考えがまとまらず、部屋へと逃げるように戻って行った。
維月は、今日は維心の所に居た。
蒼はその居間へと足を踏み入れて、二人が座っている椅子を見てハタと立ち止まった…維心が維月に口づけている。いったいいつからそうしているのか知らないが、こうなると前世からそれは長かった。蒼は、控えめに咳払いをした。
維月がそれに気付いて維心から唇を離す。
「…蒼?」
維心が不機嫌に眉を寄せて、まだ維月に唇を寄せようとする。維月は困ったようにそれを制しながら、もう一度蒼の方を見た。
「どうしたの?何かあった?」
蒼は頷いた。維心がそれを見て、眉を寄せて座り直した。
「何ぞ?邪魔をしよって。」
蒼は維心の機嫌を損ねたのは悪かったと思ったが、それでもまだ維月が月の宮に居るうちに話しておきたかったのだ。
「レイティア殿のことなんだ。」蒼は維月に言った。「実は、数日前から部屋に篭っていて。来てからそれは快活にコロシアムに出掛けたり、学校を見まわったり楽しげであったのに。急に暗く物思いに沈んだ様子になって、部屋で考え込んでいるらしい。侍女達に見に行かせたんだがな。何か心当たりはないだろうか。」
維月は、首を振った。
「さあ…分からないわ。十六夜なら、結界の中は見てないようで見てるから、何か知ってるかも知れないわよ。聞いてみたら?」
維心は頷いた。
「そう、行って参れ。あやつが見ておらぬなどないわ。」
蒼は苦笑した。早く追い返したいらしい。蒼は仕方なく頷いた。
「わかった、聞いて来るよ。」
維月は微笑んだ。
「何かわかったら私にも教えてね。力になれるかもしれないから。」
蒼は出て行きながら維月に頷き掛けた。維心はもう維月の肩を引っ張って自分のほうを向かせようとしていた。
「さ、維月、先程の続きぞ…」
それを聞きながら、何か分かっても時間を置いてから来ようと蒼は思った。
維心も相当にストレスが溜まっているらしいことは、蒼にも分かっていた。




