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学び

「細い体でやりおるの!」レイティアは豪快に笑いながら、維月と共に宮の回廊を歩いていた。「鍛え方が足りぬのではないかと思うたが、主は何と変わった動きをすることか。完全にしてられたわ。」

維月もつられて笑った。

「あら、私も驚いたわ。維心様や十六夜以外でここまで一生懸命立ち合った事ってなかったもの。気を抜くと一本持って行かれると、必死だったのよ?」

「それでも主は隙を見せなんだではないか。」レイティアは言った。「主は我の会った誰より優れておる。こんなに楽しめたのは久しぶりぞ。ナディア、そうは思わぬか。」

傍らのナディアは頭を下げた。

「はい。王があそこまで何度も追い詰められまするのを、初めてお見上げ致しました。維月様には、頭が下がりまする。」

ナディアは敬意のこもった目で維月を見上げた。維月は居心地悪かった。そんなに優秀ではないのに。

「…でも、維心様には勝てぬのよ。あの方が最強ではないかしら。」

レイティアは感心したように維月を見た。

「そうか。やはり、夫は己より強くなければの。我も常、そのように思うておった。確かに我がこうであるから何人かは劣っておっても良いが、子をなすなら強い血よの。勉強になるわ。」

維月は違う事を言いたかったのだが、考え方の違いなのだろう。仕方なく苦笑した。

「さあ、私は娘が気になるのでこれで。まだ幼いので。」

レイティアは頷いた。

「また、ゆっくり話そうぞ。」

維月は頷き返して、その場を後にした。


甲冑を解くのもそこそこに十六夜と自分の部屋へと入ると、十六夜はベビーサークルならぬベビー籠の中で遊ぶ維織を見ながら、考え込んでいた。最近では気が育って来て時に飛んでしまうので、人の使うベビーサークルでは収まらないのだ。

維月は、十六夜に声を掛けた。

「十六夜…」

十六夜は、維月を見上げた。

「維月…」と、甲冑姿を見て、薄く笑った。「あいつと立ち合って来たのか。」

維月は頷いた。

「十六夜、私は断ったわ…だって、十六夜はそれを望んでいないのでしょう?」

十六夜は頷いた。

「望むはずなんかねぇじゃねぇか。オレはお前しか要らない。そうして前世も今生も生きて来たんだ。たいだい、女に必要を感じないオレが、なんだってそんなことを望むって言うんだ?」

維月は頷いた。

「そうよね。分かっているわ。でも、私はあなたを縛れない…維心様も愛しているんだもの。わかっているでしょう?」

十六夜は反論しようとしたが、頷いた。

「そうだな。だが、オレが許してることだ。それでもオレには、お前だけなんだよ。転生して来て、知ってるだろうが。オレ達の繋がりは、簡単には消せねぇんだよ。」

維月は甲冑を解き、それを傍らに置いて、維月に気付いて籠の端を掴んでこちらにあーあー言っている、維織を籠から出して抱き上げた。

「レイティアとは考え方が根本的に違うの…あちらは完全に男女逆転しているから。女王に何人も夫が居て当然のような話し方だったわ。だから十六夜のことも、深く考えないで子供が欲しいと言ったのだと思う。悪気はないのよ。」

十六夜は維月を見た。

「お前は、それで平気なのか?オレがそれを受けたとして、それでもいいってのか。」

維月は困ったように十六夜の横に座った。

「いいはずないでしょう。十六夜も維心様も、私はそんなことになるのは嫌。でも、縛ることは出来ないわ。同じようなことを、私はしているから…。」

十六夜は維月を見つめた。

「それはいいって言ってるだろうが。維月、オレはお前に、お前以外の女を相手にしろと言われるのは辛い。」

維月は首を振った。

「そんなこと言ってないでしょう。十六夜が他の人を相手にするなんて、考えただけでも嫌に決まってるじゃないの。分かっているでしょう…正直に言うと、将維や亮維、それに嘉韻には、本当に幸せになれる相手を探して、そのかたと一緒に幸せになって欲しいと思うのよ。でも私でないと駄目だと言うから、その望みを受け入れているだけで…。でも、維心様と十六夜は駄目。私の中で、二人を愛してる気持ちは、他と比べものにならないほどだから…。」

十六夜は、頷いて維織ごと維月を抱き締めた。

「愛してる。維月、オレはお前以外は要らない。分かってくれ。」

維月は頷いた。

「うん。十六夜、愛してるわ。大丈夫よ、私はあなたも維心様も、それに他の三人だって、望まないと言っているのに無理に他のかたと縁付けようなんて考えないから。安心して。」

十六夜は維月に唇を寄せた。

「維月…。」

「ぶー。」

維織が、十六夜の顔を小さな手でペチと叩いた。自分を忘れてるということだろう。十六夜は苦笑した。

「あのな、維織。お父様は忙しいんだぞ?」

維月が笑った。

「まあ、十六夜ったらお父様って言ってるの?」

十六夜は憮然として言った。

「おふくろがうるさいんでぇ。維織が言葉を発するようになった時、変な言葉で話したらどうするとな。だから親父はおじい様、おふくろはおばあ様だ。お前はお母様だぞ。疲れるっての。」

維月は声を立てて笑った。

「確かに女の子なのに、十六夜と同じように話したら困るかもね。」と維織に頬を摺り寄せた。「さあ維織、そろそろ休まなきゃならない時間ね?今回は母が来るのが遅くてごめんなさいね。明日は遊んであげるから。」

乳母が頭を下げて入って来た。陽蘭も付いて来ている。

「維月、立ち合っていたのですってね。碧黎から聞いたわ。」

維月は頷いた。

「お母様、いつも維織をありがとうございまする。」

陽蘭は微笑んだ。

「我も毎日楽しいのよ。まるであなたを育てておった時のようだわ。毎夜碧黎が早くこちらへ連れに行けとうるさくて…維織を構いたくて仕方がないようね。」

維月は微笑んだ。維織が喜んで陽蘭に手を出している。陽蘭はそれを微笑みながら抱き取った。

「さあ維織、おじい様が首を長くして待っておるわよ。参りましょうね。」

陽蘭は、乳母と共に維織を連れてそこを出て行った。

そして十六夜は、維月に改めて口付けたのだった。


レイティアは、充実した気分で月の宮の庭へ出ていた。

この数百年、このように楽しかったことはなかったのに。思いも掛けず強い者達に出逢うことが出来て、己の力の限界を何度も体験し、それは自分を高めているように感じて、本当に久しぶりに楽しいと感じていた。

維月は、あれほどに力が強いにも関わらず王座には就いておらず、男達が王になって治めているのを影からじっと見守っている。ここでは、男が実権を握り、女がかしずいている。そんな状況に、レイティアは戸惑っていた。それが悪いとも良いとも思わないが、価値観の違いは一目瞭然で、恐らくここの男達には、自分はさぞかし小賢しい女と映っていることだろう。自分が、ここの男達にそう思うように。

ナディアが、言った。

「王…いかがなさいまするか?月が既に維月様の夫である以上、許しがないとお借りする訳には行きませぬ。さりとて、次に優秀であろうかと思う龍王も、維月様の夫。どちらも、維月様のお話ではお譲りいただけませぬでしょう。」

レイティアは月を見上げた。

「そうよの…二人とも見目も良いし、我もあれらなら良いかと思うたが、しかし維月と対立したくはない。そもそも、我は維月に勝てぬゆえの。」

ナディアはため息を付いた。

「では、次にとなると、龍王の皇子でありまするが、前世でもうけられた皇子達が幸い、気が大変に強いのでありまする。しかし、これも…」

「維月であるな。」レイティアは苦笑した。「わかっておるよ。しかし、維月の言いようでは、本人が承諾するなら良いという口ぶりであった。ここへ来て我もいろいろ蒼殿からも話を聞いておって、分かったことがある。どうも維月自身が望んで傍に置いておるのは、龍王と十六夜だけであるようだ。他は己から乞うて、仕方なく維月が傍に置いておるようだ。」

ナディアはレイティアを見上げた。

「それは維月様のお力であるから、男も寄って来るでありましょうが。では王よ、どうなさいまするか?」

レイティアは考え込んだ。

「…分からぬが、一度その男達というものを見てみたいものよ。話して見ぬと分からぬであろう。龍王を見て思うたが、見目はその子であるのだから申し分あるまい。後は中身よ。愚かな男の、子など要らぬ。」

ナディアは頷いた。

「はい。では、早急に手配を…」

レイティアは首を振った。

「いや、良い。我が勝手に見に参る。案ずるでないぞ。」

レイティアはすっと飛び上がった。

ナディアは驚いたが、黙ってそれを見送った。

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