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十六夜は、龍の宮へと急いでいた。

維月が里帰りして来てもうすぐ一ヶ月、月の宮へ追いかけて来ていた維心は、政務のために後ろ髪を引かれるように先に帰って行っていて、本当は維月を連れて戻るつもりだったのだ。

だが、それが出来なくなった。その話をするために、急いでいたのだ。

龍の宮の、王の居間を覗くと、維心が気付いて慌てて出て来た。

「十六夜?維月はどこだ。」

十六夜は、口ごもった。

「その…連れて戻る事が出来なくなった。だから来たんだ。」

維心は眉を寄せた。

「どういうことだ。里帰りは一ヶ月と決めておったのではないのか。」

十六夜は下を向いた。

「悪いとは思ってるよ。だが、オレだってそんなつもりじゃなかったし、前世だって今生だってそんなこたぁなかったから、大丈夫だと…。」

維心は、要領を得ない十六夜の話にますます眉を寄せる。

「何の話をしている。」

十六夜は、思いきったような顔をした。

「あのな、維心。維月に、子供が出来たんだ。」

維心は、言葉に詰まった。何と言った…子供?

「子…」維心は目の色を変えた。「誰の子ぞ?!」

十六夜は慌てた。

「嘉韻じゃねぇぞ。お前の子でもない。気を読めば分かる。オレの子だ。」

維心は、視線を反らした。前世でも先に維月は十六夜と子を成していた。その命が蒼の、月の命だ。だが、まだ自分との結婚前だった。今生では、もう我が妃であるのに。なぜに我ではなく、先に十六夜の子が宿るのだ。しかも…少し月の宮へ帰っただけの、その間に。

維心は、十六夜を睨んだ。

「…確かに妃が他の男の子を孕んだ状態で、ここへは戻れぬの。」

十六夜は頷いた。

「維月が具合悪いと言い出して、親父に見てもらったらオレの子が腹に居るのが分かって、成長の速度から、今度はどうも実体を持って生まれそうだと言うから、まだ数ヵ月は掛かりそうなんでぇ。どうしたもんかと、とにかくここへ来た訳何だが。」

維心は横を向いた。

「…生むしかあるまい。元は主の妃。我にどうこう言えるものでもない。」

十六夜はホッとしたような顔をした。

「そうか。じゃ、生むまであっちに置くからな。お前も会いに来たらいい。じゃあな。早く帰らねぇと、親父もおふくろも喜んで大騒ぎで、維月が疲れるんでぇ。」

十六夜は浮き上がった。十六夜からも、喜んでいるのが感じ取れる…今度は、実体を持った子。蒼のように、ただ命だけではない。

維心は複雑だった。確かに前世で、自分は維月と六人の子をなした。十六夜には、蒼ただ一人。十六夜も、前世で何か思う事があったのだろうか…。やはり、我は、十六夜と維月のように、強く結び付いているわけではないのか。十六夜には、敵わぬのか…。

維心はそう思いながら、十六夜を見送った。


数ヵ月の間、維心は時に月の宮へ通う形で過ごした。維月はとても元気にしていたが、その腹は大きくせり出し、そこから十六夜の気がするのは、維心にもいたたまれなかった。

そんなある日、(てい)という、洪の息子で今では宮の重臣の一人になっている臣下が、維心の居間へやって来た。

「王…お話がございまして、お時間よろしいでしょうか。」

維心は顔を上げた。

「廷か。何用ぞ。」

廷は緊張した面持ちで進み出た。

「王…維月様はまだお戻りになられませぬか。」

維心は眉を寄せた。

「あれは月。陽の月とは繋がっておって、こればかりは我もどうしようもないこと。主らが口出しするのでない。」

廷は頭を下げた。

「はい、申し訳ございませぬ。ただ、妃がこれほどの間宮を離れておられることは、本来ならあり得ぬこと。王…ゆえに我ら、考えましてございます。」

維心はますます眉を寄せた。

「…何をだ。」

廷は思いきったように顔を上げた。

「王、転生なされて新しい生を生きておられるのでございます。我も父から聞いて、維月様との絆云々は嫌と言うほど知っておりまするので、今さら何も申しませぬが、今生こそ、他に、妃を迎えられればと思うておりまする。」

維心は面倒そうに横を向いた。

「またか。他は要らぬ。必要を感じぬゆえ。」

廷は言った。

「しかしながら王、維月様がお留守の間だけでも側に置かれる女が居っても良いかと思いまする。維月様も、もはや何もおっしゃいますまい。前世でも、相手の宮を救うためならと許された事がおありだと聞いておりまする。維月様がお留守の今、迎えられて、帰られたらお通いにならねば良いのです。将維様でも三人の妃を一時的とはいえ迎えられた。維月様が否と申されたら、里へ帰せば済みまする。戻られるまででも、側に置かれてはいかがでしょうか。」

維心は黙った。確かに前世で、維月は我を想って、妃を迎えねばならなくともここに残ると考えてくれたことがあった。維月が居らぬ間の、身代わりを置けと申すか。維月と思って…。

廷は続けた。

「王、我らが無理にと申しまする。さすれば維月様にはどうしようもないこと。元より十六夜様がいらっしゃる維月様のこと、恐らく何も申しませぬ。」

維心は立ち上がった。

「…時をくれ。」

廷は、ホッとした顔をして、頭を下げた。

「はい。それでは御前失礼致します。」

廷は、そこを辞しながら、考えていた。


廷は、まだ父の洪が健在のうちから、いつも父について見ていた。なので、前世の龍王、維心のこともよく知っていた。

あれほどに強大で大きな力を持つ王が、その妃に振り回されていらっしゃる。

廷は、とても歯痒かった。王なら、どんな女も意のままなのに。なぜに王は、あのようにただ一人、月などに想い入れられるであろう…。

父の洪は、そんな廷にいつも言っていた。

「主にはまだ、分からぬの。ずっと見てきた我には分かる。兆加とてそうよ。お二人はかけがえのない仲。主、それを裂こうなど、ゆめ考えるでないぞ…」

廷は黙って聞いていたものの、納得してはいなかった。ついには妃を追って、長く君臨していた無敵の王がお命を落とすに至って、廷は思った。絶対に、あれが良い妃などと我は思わぬ!

そして、再びその王がお戻りになられたのを知り、廷は決心していた。今生こそ、王には他の女も知っていただき、あれがそれほどに良い妃ではないことを知っていただかなくては!


廷は、それから数週間で、見目の良いと言われる皇女を選んで、宮で茶会を開くことにした。もちろん宮の格も申し分なく、近隣の王達は我こそはと己の皇女を推薦し、何としても龍王の妃にと躍起になっていた。これでこその龍王だと廷がほくそ笑んでいると、それを聞き付けた兆加が慌ててやって来た。

「なんということを」兆加が言った。「これで維月様がお戻りにならなかったら、主、どうやって責任を取るつもりぞ。その命だけでは到底償い切れぬであろうぞ。」

廷は兆加を睨んだ。

「龍王でいらっしゃるのに。何をしようと咎められることなどないであろう。」

兆加は、額に手を当てて、呆れたようにため息をついた。

「ほんに…知らぬとは愚かな事よな。とにかく、あの皇女達には断りを入れるのだ。妃を決めるための茶会など…王がなんとおっしゃるか。」

廷はむきになって言った。

「お気に召さなければ帰せば済むこと。現にそうやって来られたであろう。」

「前世、維月様が来られる前のことぞ。」兆加は言った。「維月様のご喚起を被ったらどうするのだ。王は…」

廷は遮った。

「我が王が妃一人に振り回されるなど許される事ではない!我は、二、三人決めて頂こうと思うておるのに!」

兆加も声を荒げた。

「ならば、我は知らぬ!主、勝手にやるが良いわ!」

兆加は踵を返して出て行った。廷は歯軋りした。何としても妃を決めて、鼻を明かしてみせる!王は、何事も天下一であられるのだから!


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