イヴニングニュース
「いいか?女の子ってのはサプライズを求めてる。真面目そうな子ほど退屈を持て余してるんだよ」
そう言って裕介の親友、崇は彼にナンパの方法を伝授した。裕介と言えば恋人に振られたばかりですっかり落ち込んでいた。そんな彼に崇は成功率50%と崇自身豪語するナンパ術を手取り足取り教えてあげたのだった。
美穂は部屋で抱き枕を抱えて、こちらも失恋に打ち沈んでいた。彼女がぼんやりと眺めるTVからはニュースが流れている。ため息交じりに彼女は呟く。
「あーあ、家で一人TV見ててもつまらないなぁ」
そう言って彼女は雑誌のページをめくる。雑誌には「失恋からの立ち直り方」という特集が組まれていた。その間もニュースは続く。
「北朝鮮には良識派が存在しており、金正恩体制の危うさを指摘する声も……」
彼女は上の空でそのニュースを聞き流していた。
「へー、北朝鮮も大変だ。……と、それより失恋から立ち直る方法のNO1は」
そう言って彼女は雑誌の記事を読み耽る。
「『新しい恋を探すこと』か。ふむ。あんまり気乗りしないけど思い切って出掛けてみますか」
そう言うと美穂はクローゼットから新しい服を取り出したのだった。
街中に出向いた裕介は崇の教えてくれたナンパ術を半信半疑ながらも試すつもりでいた。彼の頭には崇の声が響く。
「いいか?なるべく内向きで、ふさぎ込んでる様子の女の子を探せ」
内向きでふさぎ込んでる様子の女の子。裕介は慎重にターゲットを狙う。そして彼が選んだのは美穂だった。
彼女は白と黒をトーンにしたシャツを着ていて、見るからに塞ぎ込んでいる印象だった。彼は意を決して崇のナンパ術を使ってみた。
「どわぁあああ!!!」
彼はそう叫んで彼女の前に倒れこんだのだ。彼女は呆気に取られている。
そう、崇のナンパ術とは大声をあげて女の子の前に倒れこむという代物だった。少し冷や汗をかきながら彼は彼女に話し掛ける。
「どうもこんにちは。これから一緒に遊びに出掛けませんか?」
鼓動が速まる彼の頭に崇の言葉がかすめる。
「この方法は実際にTVで実験した連中がいてな。7割の女の子とメールアドレスの交換に成功しているんだ」
その言葉を信じて彼は彼女の返事を待った。彼は手に汗が滲むのを感じ取っていた。しばらくの沈黙。すると彼女は明るく振舞って答える。
「いいですよ。私も丁度ヒマしてたんです。どこに連れていってくれます?」
彼は少し面食らって返事をする。まさか成功するとは思っていなかったのだ。
「……えっと、じゃ、とりあえず近くの遊園地にでも」
「いいですね」
その日から美穂と裕介の交際は始まった。彼女は彼のひたむきさに惹かれていたし、彼は彼女の素直な性格に惹かれていた。
二人の交際も三カ月が過ぎた頃、彼は思い切ってある疑問を彼女にぶつけることにした。場所は彼女の部屋で、TVからはあの日と同じようにニュースが流れていた。
「経済は上向きで……」
そんなニュースを横目に彼は口を開く。
「あのさ……美穂。どうして俺なんかと付き合ってくれてるの? ひょっとして、あの日のナンパのインパクトが強かったからとか、そんな理由?」
「どうしたの? いきなり」
彼女は邪気のない調子で彼に尋ねた。彼は言う。
「だって出逢いがああだったし。余りにも上手く行きすぎたから。俺に付き合う要素なんてあるのかなって」
彼女は応じる。
「付き合う要素? ありありだよ。裕介には。裕介はお人好しすぎるってくらい愛想がいいし、笑顔が素敵だし、なにより人を楽しませる気持ちで一杯じゃん。付き合う要素、これだけでも十分だよ」
それを聴いた瞬間、彼はセキを切ったように話し出す。
「違うんだよ。俺に人を楽しませる気持ちがあるなんて何かの思い違いだよ。それにあの時のナンパのテクニック。俺が考えたんじゃないんだよ」
彼女は呆気に取られて彼の告白を聴いている。彼は続ける。
「友達の請け売りなんだよ。で、そいつもTVから借りてきただけ。何もかも白状するよ。俺のナンパ劇もこれで崩壊だ!」
突然、彼が口にしたヒステリックな告白に美穂はきょとんとしながらも、笑って答えた。
「そんな事気にしてたの? 裕介。ナンパの時のファーストフィーリングなんて持って三日だよ。魅力がないのに恋愛感情持つわけないじゃん」
「そ、そうなの?」
彼はほっとした様子で彼女を見つめた。
「うん。そう」
その時、二人のやり取りと呼応するかのようにTVからニュースが流れて来ていた。北朝鮮の情勢についてだ。
「今日未明、北朝鮮でクーデターが発生。金正恩総書記が拘束された模様。これで長きに渡る北朝鮮の独裁体制は崩壊しました」
彼は口を開けてニュースを見ていた。やがて自分の悩みなんて些細な事であるのに気が付いて、照れくさそうに言った。
「北朝鮮も……大変だね。崩壊か」
すると彼女は笑顔を見せてこう言ったのだった。
「崩壊したのは独裁体制だけだったね。裕介のナンパ劇は崩壊せずにすんだ」
その言葉に彼は救われたように笑みを零す。
「そう……だね」
そうして二人は強く両手を握りあった。そんな二人が結婚することになったのはそれから更に半年後、北朝鮮で民主選挙が行われたその日だったという。