2 . 病
あたしは春休みだった、3週間前から心臓の痛みが止まらず、始業式の日に病院で診察を受けた。
診察結果の報告をしようと、携帯から優希に電話をかける。
「もしもし、優希?・・・医者から言われた事があるんだけど、今から会えない?」
すると優希は一瞬無言の空間を作る。
だがすぐに「わかった」と答え、駅前のカフェで待ち合わせる事にした。
以前から心臓の事は優希に話していた。
勿論、今日病院に行った事も伝えている。
こうして診察結果を伝える事は優希に約束された。
カフェに行くと既に優希は来ており、問い詰めた表情でカフェのテーブルをじっと見つめていた。
「優希」と名前を呼ぶとはっと気づいたようにこちらを向く。
「なんていわれたんだ?」
真剣な表情をしているがやはり心配をしてくれているような色が見える。
とりあえず優希の向いの席に座り、話し始める。
「余命・・・2年半だって。心臓病だって・・・」
自分の体の弱さと、結婚も何もできずに終わる人生に悔しくて目に涙が浮かびそうになる。
申告されたことをそのまま伝えると優希は今まで見たことのないような哀しげな顔をした。
「そんな・・・手術とか、ドナーとか、さ。やればまだ生きれるだろ!!」
涙を堪えているのか、下唇を噛む。
「ま、まだ2年もあるんだよ・・・。これから死んでも覚えていられるような思い出作るから」
あたしは無理矢理笑ったけど、優希は少しも笑ってはいなかった。
さっきと変わらず、悲しげな表情をするばかりだ。
今の状態はただ俯いて下唇を噛み、血が出そうなほどに手を握りこんでいる事しかわからなかった。
「今日から新しいクラスになったけど、お願い。学校ではこの話題は出さないで・・・。誰にも言わないで」
というと堪えられなくなったのか目から一筋の涙を流した優希は何で?と訴えそうな顔をしていた。
「心配かけたくない。もうすぐ死んじゃうからって皆に壊れ物を触るように接されたくない」
ドラマなどで見たことがあった。
1人の女の子が死を申告されたと知ったクラスメイトや先生はそう接して
やりたいことをやらせているのを。
そんな終わり方、嫌だ。
最後まであたしで終わりたい。
明るく終わりたい。
「・・・わかった。でも真実を伝える時が来たら私が伝える。倒れた時はただじゃすまないから」
優希は最後に作り笑いをしてカフェから出て行った。
*
「覚えてるけど・・・やっぱり伝えた方がいい。もうこんなに倒れそうなんだぞお前」
優希があたしを心配してくれるのはわかる。
でもやっぱり折角仲良くなった友達に壊れ者扱いされたくない。
「心配ありがとうね。でも自分で決めたことだから」
今笑顔を浮かべたはずだが、今も続く心臓の痛みで少し歪んでいるかもしれないと心配した。
だが優希の表情からそんなことは読み取れない。
「わかったよ・・・」
病の事を伝えた2週間前から聖は空元気だ。
口は悪いが本当は優しい。
昔からそうだ。
あたしが落ち込んでいると何かしら元気づけてくれる。
そんな優希が大好きだった。
「こんな暗い話はやめよ!・・・そういえば尚の本当の姿、知ってる?」
病気の話なんて出来る限りしたくない。
だから無理矢理話題を変える。
尚のあの性格の悪さと本名。
いつも影を薄くさせてあたしの周りにいる優希なら知っていてもおかしくない。
「・・・・・ああ、そりゃね。」
やはり心臓の事が気になるのか少しの間を取り、答える。
でもそれには突っ込まず、出来る限り普通に応対する。
「優希っていつの間に周りにいるよねいつも・・・。」
何で優希はいつもこうなのだろうか。
小学生からの付き合いのあたしでさえも未だわからない。
「・・・ああ。だから勿論尚の本当の正体、知ってる。性悪すぎだろアイツ」
人の事言えるかと言いそうになったが口を閉じる。
この会話と会話の間は気にしない事にしよう。
「そうなんだよね・・・」
「でも、椿の事気に入ってるよアイツ」
ふぅ、と溜息をつくと優希がにやりと笑った。
良かった、少しは元気になったみたいだ。
だが信じられない言葉が優希の口から出てくる。
「は?!あれのどこが?どう見たらそう見えるの!」
優希は頬を軽く指で掻く。
「だってあの人女子どもに偽の性格しか見せてないだろ。お前だけだよ」
そういわれるとそうだけれど。
でもやっぱりあの態度だからそうは思えない。
「だ、だけど・・・」
「まぁまぁ、そう信じとけって。そういえばこのチラシ貰った」
制服のポケットからきれいに2つ折りにされた紙を出す。
そしてそれを開いてあたしの手に置く。
「じょ、女優・歌手募集?」
そこには女優・歌手募集オーディションの文字が大きく書いてあった。
その下には所属事務所、オーディション日時、場所、募集詳細などが書いてある。
「こういうの好きだろ?・・・時間ないんだから楽しんどけよ」
「ありがとう。・・・いいよ、あたしもう死ぬから女優とか歌手とかやっても意味ない」
本当はやりたい。
こんな心臓の病気がなければ受けていただろう。
「・・・受けてこいよ。あと2年もあるんだろ?」
日時のところには4月30日と書いてあった。
今日も4月30日。
時間は、2時40分。
あと20分だ。
場所は、ここから結構離れたホール。
「やっぱりあたしは・・・」
「行きたいんだろ。最後くらい、このくらいやれよ」
言葉を遮る優希の顔はにこっと元気な笑みを浮かべたと思うとまた儚い笑みを浮かべる。
優希には悪いが、やはりあたしは行かない。
残りの時間を皆と過ごしたい。
でも。
「ありがとう、優希」
クラスメイトの視線など気にせず、教室を抜けて学校を出た。