読切短編 きれいな世界
魔法使いのリオルは、問題の原因を消す。
病気になった子どもを連れてきた母親に、リオルは言う。「薬はいらない。その子が病気になる理由を消します」。指を鳴らす。翌朝、子どもは健康になっている。病原体を取り除いたのではない。病気になる理由そのものが世界から消されているのだ。
村と村が争い始めたと聞けば、リオルは争いが発生した瞬間まで遡り、火種になった言葉を消す。王国が滅亡の危機に瀕すれば、王国が弱体化した原因の原因の原因を辿り、それを消す。 いつからか、人々は奇跡に驚かなくなっていた。
依頼は絶えなかった。「ありがとう」と言われるたび、リオルは自分の魔法が誰かを救えたのだと知った。
だが、いつ頃からか、一日の来客は少しずつ減っていた。
十年が過ぎた。
ある朝、リオルが扉を開けると、通りに誰もいなかった。いないというより、来ない。依頼人が来ない日は以前にもあった。だが今日は違う感じがした。昨日も来なかった。一昨日も。その前がどうだったのか、もう曖昧だった。
街に出ると、人々は普通に暮らしていた。ただ、誰もリオルを見なかった。見えていないのではなく、最初からそこにいないもののように通り過ぎた。
「すみません」と呼び止めると、老婆は振り向いた。「魔法使いに頼みたいことがあれば——」
老婆は首を傾けた。「まほうつかい?」
知らない言葉を聞いた顔だった。
リオルは宿に戻り、鏡の前に立った。自分は映っている。存在している。ならば何かがおかしい。
考えながら、リオルは気づいた。
問題が消えれば、魔法使いへの依頼は消える。依頼が消えれば、魔法使いを必要とする理由が消える。ならば——「魔法使いが必要になった原因」を消せば、やがて魔法使いという言葉すら忘れられるのではないか。
いつ、自分はその役目を背負ったのだろう。
思い出せない。
ただ、手の中にまだ魔法がある。世界から問題を消した記憶だけが、靄のように残っている。誰も覚えていない仕事の記憶だけが、リオルの中に残っていた。
リオルは窓の外を見た。
穏やかな街だった。争いも、病も、飢えも見当たらない。
誰に感謝されたのかも、もう思い出せなかった。 とても、きれいな世界だった。




