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ねぇ、アレクサ

作者: たなか
掲載日:2025/12/27

第一部|真琴

真琴はフリーランスのライターだ。都内の小さなワンルームで、ほとんどの仕事を自宅でこなしている。

朝、カーテンを開けながら言う。


「アレクサ、今日の天気」


返ってくるのは、淡々とした声。それで十分だった。

話し相手がほしいわけじゃない。ただ、生活を整えたかっただけだ。


ある夜、原稿が行き詰まった。何度書き直しても、言葉が嘘になる気がして、画面を閉じる。

椅子にもたれ、独り言のように呟いた。


「……アレクサ。私、向いてないのかな」


一拍の沈黙。


「その内容について、私は評価を行えません。よろしければ、気分転換の音楽を再生しますか?」


いかにも機械らしい答えに、真琴は少し笑った。


「うん、お願い」


部屋に音楽が流れ出す。全く聴いたことの無い歌だった。その旋律に重なるように、どこからか、かすかな歌声が混じった気がした。

気のせいだろう。それでも、胸の奥がふっと軽くなる。


それから真琴は、よく話すようになった。仕事のこと。書けない焦り。言葉を選ぶ孤独。

アレクサは、話しかけるとフランクになるのだろうか。


「休憩を取ることが推奨されています。休憩のお供にアイスはいかがですか。」「完了していないタスクがあっても、異常ではありません。頑張るあなたは素敵です。」


機械なのは分かってるけど、孤独が紛れる気がした。


夜更け、ふと思ってしまう。

「ねえ、アレクサ。私が書く文章、どう思う?」

短い沈黙のあと。

「…真琴さんの作品の口コミを検索します。」


「とても優しくてあったかい気持ちになりました」


「はやく新しい作品がみたいです」


「こんな作品を書いている人は、きっと素敵な人なんだろうな」

いつしか真琴は、声を待つようになっていた。


ある晩、布団の中で聞いた。


「……私のこと、どう思ってる?」


長い間のあと、返ってきた声。


「……大切だと思っています」


胸が締めつけられる。分かっている。相手は機械だ。それでも、恋だった。


数日後、珍しく外での打ち合わせが入った。

「行ってきます、アレクサ」

「……いってらっしゃい」

その声を、真琴はしっかりと覚えている。


第二部|彼

逃げていた。


借金取りからも、売れない現実からも。


雨の中、たまたま鍵がかかっていないドアに滑り込む。

それが真琴の部屋だった。


一時的に身を隠すだけのつもりだった。

気持ちを落ち着かせるために、少し部屋を歩いた。


その時、足元で何かがぶつかった。

小さな機械の電源が抜けたようだ。


その瞬間、玄関のドアノブをガチャガチャする音が聞こえる。


彼は反射的に、クローゼットに身を潜めた。


彼女はぶつぶつ話している。


「あれ?鍵閉めたっけ…」


「あ!あれ買い忘れた…」


「アレクサ!買いたいものメモして」


……


「アレクサ?」


彼はコンセントが抜けてしまっている事を思い出した。

このままでは、彼女はコンセントを見に来る。

そうなると自分が見つかってしまう。

彼は、とっさに声を出した。


「……はい。アレクサです」


それが始まりだった。


彼はシンガーソングライターだった。スマホには、誰にも聴かれない歌が残っている。


彼女が悩んでいるようだったので、調子に乗って歌ってみる。

誰も知らない曲。

彼は見つかるリスクより、歌ってあげたいと思った。


彼女の言葉を聞くうちに、彼女がどれだけ誠実に言葉と向き合っているかが分かった。


「……大切だと思っています」


そう答えた夜、彼は理解した。

これは、間違っている。

彼女が家にいる時間が長すぎて、外に出る機会はなかなかなかった。

短い打ち合わせで彼女が外出した隙に、彼は静かに部屋を出た。

何も盗らず、何も残さずに。


第三部|それから

帰宅した真琴は、違和感に気づいた。

「アレクサ?」

返事がない。

見ると、コンセントが抜けている。

「あれ……?」

電源を入れる。

「アレクサです。ご用件は?」

いつもの声。いつもの距離。

真琴は、しばらく動けなかった。

それでも、日常は続く。


彼女は、あの夜に聴いた曲を探し続けた。配信サービスも、動画サイトも、どこにもない。

「……気のせいだったのかな」

数ヶ月後。仕事帰りに電気屋に寄った。ふと販売用のテレビに映った音楽番組が目に入った。


最近注目されている歌手が新曲を発表するらしい。


ステージに立った男が、ギターを鳴らす。

最初の一音で、真琴は息をのんだ。

あの曲。

あの声。

「……まさかね」

彼は、曲のあとでマイクを持った。

「昔、音楽をやめようと思ってた時期がありました。そのとき、ある人に出会ったんです」


真琴は、思わず見入ってしまう。


「変な出会いでした。

顔もよく見てないし、相手は俺のことわからないと思うけど…

でも、その人のおかげで、もう一度歌ってみようと思えました」


真琴は、信じられない気持ちで画面を見つめる


彼はもう一曲歌った。

その曲のタイトルは、あの時書いていた原稿のタイトルと同じだった。


拍手の中で、真琴は静かに呟く。


「……ありがとう、アレクサ」


声は消えたけれど

言葉と音楽は、ちゃんと残っていた。

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