8
翌朝、学園の中庭は爽やかな陽射しに包まれていた。だが、その空気とは裏腹に、クラウディオの胸中は重く沈んでいた。
昨日の夜会以来、何もかもが変わってしまった気がする。
そして今、彼の視線の先にはリリエットの姿があった。
「リリエット」
意を決して呼びかけると、彼女は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
その瞳がクラウディオを捉える。
けれど、彼女の視線は冷ややかだった。呆れたような、それでいて失望を滲ませた目。まるで、どうして今さら、という気持ちをそのまま映しているかのようだった。
クラウディオは無意識に息を詰める。こんなふうに見られたのは初めてだった。
「……少し話がしたい」
「話?」
リリエットは僅かに首を傾げ、溜息をついた。
「昨日はダンスをありがとう。楽しかったわ」
クラウディオの眉がぴくりと動く。
「……それだけか?」
「それ以上、何かある?」
淡々とした声。その態度の変化に、周囲の生徒たちも興味をそそられたのか、ちらちらとこちらを窺っている。
クラウディオが、婚約者であるリリエットに話しかけること自体が珍しかった。ましてや、彼女の方が冷たい態度を取っている状況は、誰もが初めて目にするものだった。
「……昨日のことだけど」
どうにか言葉を続けようとしたが、ふと気づいた。リリエットは、僅かに身を引くような仕草をしていた。
――違う。
よく見れば、彼女は胸元を両手でそっと覆うようにしている。
クラウディオの心が、どくんと跳ねた。
――昨夜、俺は……。
記憶が鮮明に蘇る。
昨日、ダンスの最中、無意識に彼女の胸元に視線を落としていたことを。
それまで見向きもしなかった婚約者を、別人と勘違いした途端に、舐めるように見つめていたことを。
――最低だ。
昨日のリリエットの態度が冷えていたのは当然だ。彼女はずっと自分に誠実であろうとしていたのに、自分は彼女の本質を見ようとせず、ようやく意識した途端にそんな視線を向けてしまった。
気づけば、リリエットの唇が動いた。
「クラウディオ様、私はあなたが私をどう思おうと構いません。でも……せめて、誠実でいてほしかったわ」
クラウディオは何も言えなかった。
リリエットは、もう一度だけ短い溜息をつくと、ゆっくりと踵を返した。
クラウディオは、その背中を見つめるしかなかった。
周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。昨日までなら、こんな状況になったとしても、どこかで気にも留めなかったかもしれない。だが、今は違う。
何よりも、彼女の冷めた態度が胸を締めつけた。
本当に、このままでは――彼女を失ってしまう。




