2
セシルは少しだけ目を細めてリリエットを見つめた。
「……お兄様のこと?」
リリエットは、カップの中で揺れる紅茶を見つめながら、小さく笑った。
「ばれてる?」
「ええ、だってリリエットが遠い目をするときって、たいてい兄様のことを考えているもの」
セシルは、校庭に咲き誇る花の一つを手に取り、茎を指でなぞるように撫でた。
「それに……もう学園中の人が気づいてるわ。兄様がリリエットにだけ冷たいって」
リリエットの指が、カップの縁をなぞる。否定することはできなかった。学園に入ってから、その事実はあまりにも明白になった。クラウディオは、誰に対してもそつなく優雅に振る舞う。どんな貴族子女にも一定の礼儀を持って接し、決して不快にさせるようなことはしない。けれど、リリエットに対してだけは違った。
短く、そっけなく、冷たい。まるで、自分の存在自体が疎ましいと言わんばかりに。
「どうしてなのかしら……」
リリエットはぽつりと呟いた。
「私、何か気に障ることをしたのかな」
「そんなことないわ。リリエットは、何も悪くない」
セシルはきっぱりと言い切った。
「兄様がああなのは、きっと兄様の問題。リリエットのせいじゃないわ」
「でも……」
そう言いかけて、リリエットは言葉を飲み込んだ。
――本当にそうだろうか。
思えば、彼が冷たくなったのは学園に入る前からだった。婚約が決まった頃から、クラウディオはずっとこんな調子だった。それまではどうだったかといえば、そもそもまともに会話を交わす機会もなかった。舞踏会で一目見て惹かれ、婚約が決まった後は、ただひたすら彼に近づこうとしたのはリリエットの方だった。
茶会を開けば来てくれた。でも、ほとんど話さなかった。何か質問すれば答えてはくれるけれど、それ以上の言葉はない。目を合わせても、すぐに逸らされる。
「私、婚約が決まったときは……本当に嬉しかったの」
リリエットは、ぽつりと本音を漏らした。
「彼が、私の婚約者になってくれるって思っただけで、夢みたいで。ずっと彼のことを知りたくて、近づこうとしてた。でも……」
彼との距離は、縮まるどころか遠ざかる一方だった。
セシルは、リリエットの手をそっと握った。
「リリエットは、本当に兄様のことが好きなのね」
「……ええ」
迷いなく、そう答えた。
どれだけ冷たくされても、傷つくことがあっても、その気持ちは変わらなかった。好きになったときの気持ちも、婚約が決まったときの喜びも、何一つ偽りではなかったから。
けれど、彼の心はどこにあるのだろう。どうすれば、少しでも彼の気持ちに触れることができるのだろう。
「リリエット」
セシルが、少しだけ真剣な顔になった。
「もし……もしよ? 兄様が、ずっとそのままだったら、どうするの?」
リリエットは、風に揺れる花を見つめた。
――それでも、私は彼を好きでいられるだろうか。
答えは、まだ見つからなかった。




