19
夜会の会場は華やかな装飾と煌めく燭光に包まれていた。
リリエットはクラウディオの腕を取り、彼とともに会場へと足を踏み入れる。
彼が贈ってくれたドレスは上品な色合いで、繊細な刺繍が施されていた。ドレスと合わせた装飾品もまた、彼が選んだものだという。
――これほどまでに私のために何かを選んでくれる日が来るなんて。
かつての冷たい彼を思い出しながらも、今こうして堂々と自分の婚約者としてエスコートする彼の姿は、確かに変わったのだと実感させられた。
だが、それは彼女だけでなく、周囲の目も惹きつけていた。
――近頃のクラウディオは、ただの美貌の持ち主ではない。
社交界の誰もが知るほどに立ち振る舞いが洗練され、婚約者を大切にする姿勢を見せ始めた彼は、ますます人々の注目を集めていた。
当然、彼に近づこうとする令嬢たちも少なくない。
「クラウディオ様、今夜もお見事な装いですわ」
「もしよろしければ、一曲ご一緒していただけませんか?」
次々と舞踏の誘いが舞い込む。
リリエットは静かにその様子を見つめていた。
彼は、この誘いをどうするのかしら。
――なにしろ、以前は私を別人と勘違いしてダンスに誘った前科があるのだから。
そんな考えが頭をよぎり、思わず視線を逸らしそうになった。
けれど――。
「申し訳ないが、今夜のダンスはすべて婚約者と踊る予定だ」
クラウディオは穏やかに微笑みながら、やんわりと令嬢たちの誘いを断っていった。
「まあ……」
「そう、残念ですわね」
名残惜しげな声が聞こえるが、彼は一切揺らがない。
そして、そのままリリエットの手を取ると、優雅な所作で舞踏の輪へと誘った。
「リリエット」
低く穏やかな声が、彼女の名前を呼ぶ。
彼の瞳がまっすぐにリリエットだけを映している。
その瞬間、リリエットは自分の胸がわずかに高鳴るのを感じた。
――久しぶりに、彼にときめいた。
彼の変化を目の当たりにして、ようやくほんの少し、心が溶けていくような気がした。
クラウディオの手に導かれ、リリエットは舞踏の輪の中へと進んだ。
音楽が優雅に流れ、会場の中央で二人はゆっくりとステップを踏む。
クラウディオの手は確かに彼女を支え、もう一方の手は軽やかにリリエットの腰へと添えられている。
「踊ってくれてありがとう」
彼は微笑みながら、静かにそう言った。
「あなたが誘ってくれたのだから、断る理由はないわ」
リリエットは淡々と返すが、その心は先ほどのときめきに戸惑っていた。
――今まで、こんな気持ちを抱いたことがあったかしら?
彼の瞳は穏やかで、これまでの冷たい態度を思い出せないほどに優しげだった。
「リリエット」
ふと、クラウディオが呼ぶ。
「何かしら?」
「……今夜の君は、本当に美しい」
彼の言葉に、リリエットの足が一瞬だけ止まりかけた。
クラウディオは変わった。
それは分かっていた。
だが、こうして真正面から自分に向けられる言葉が、あまりにも不慣れで、どう受け止めていいのか分からない。
「ありがとう」
リリエットはあえて微笑みながら答えた。
「でも、あなたは他の令嬢にもそう言うのではなくて?」
少しだけ試すような言葉を返す。
すると、クラウディオはくすっと小さく笑った。
「俺が?」
「ええ。今夜だけでも、何人もの令嬢があなたを誘っていたわ」
「それは……」
クラウディオは少し考える素振りを見せたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「今夜の俺が目を向けるのは、君だけだ」
その言葉に、リリエットの鼓動がまた僅かに跳ねた。
――まったく、ずるい。
彼の言葉が本心なのか、それとも貴族らしい礼儀の一環なのか、リリエットにはまだ分からなかった。
けれど、今だけは――この瞬間だけは、彼の腕の中で踊ることが心地よく感じた。
音楽が終わり、最後のターンを終えると、クラウディオはリリエットの手を取り、優雅に一礼した。
「素晴らしい踊りだったよ、リリエット」
「……ええ、そうね」
自然と微笑んでしまった自分に気づきながら、リリエットはそっと目を伏せた。
今夜の彼は、確かに自分だけを見ていた。
――この変化を、信じてもいいのかしら?
心の奥で揺れる気持ちを抱えたまま、彼女はそっとドレスの裾を持ち上げ、優雅にその場を後にした。




