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「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」  作者: もちもちほっぺ


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18

クラウゼヴィッツ侯爵家の応接室は、静かな緊張感に包まれていた。


リリエットはソファに端然と座り、目の前には両親。母は穏やかに紅茶を口にし、父は腕を組んでじっと娘を見つめていた。


「つまり、お前は結婚の時期を先送りにしたい、と?」


父の低く落ち着いた声に、リリエットはゆっくりと頷いた。


「はい」


母は静かにカップを置き、優しく微笑んだ。


「理由を聞かせてもらえるかしら?」


リリエットは一瞬考え、それからしっかりと顔を上げた。


「婚約は続けるつもりです。でも、私はまだ……彼と向き合いながら、自分の気持ちを確かめたいんです」


父はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「……そうか」


「今までのことを考えれば、当然の判断でしょうね」


母がやわらかく微笑む。


「あなたは十分に我慢してきたわ。だからこそ、急いで決める必要はない。私たちも、あなたの幸せが第一よ」


「ありがとう、お母様」


リリエットはその言葉に、心の奥がふっと軽くなるのを感じた。


父は少し考え込むように指で顎を撫で、それから厳かに言った。


「ヴェステンベルク伯爵家には、こちらから伝えておこう。彼らも文句は言えまい」


「ええ。クラウディオ様も、無理に急かそうとは思っていないでしょう」


母が穏やかに微笑んだ。


「本当に、それでいいのね?」


「はい」


リリエットは迷いなく答えた。


学園を卒業したらすぐに結婚する。そんな未来を当然のこととして受け入れていた時期もあった。


けれど、今は違う。


彼が変わり始めたのは分かる。だが、それをすぐに受け入れられるほど、過去の傷は浅くなかった。


だからこそ、彼女は時間をかけることを選んだ。


「よし。ならば、そうしよう」


父が静かに頷き、母も満足げに微笑む。


「リリエット、あなたの幸せを一番に考えなさい」


母の言葉に、リリエットは微笑んだ。


「はい、お母様」


こうして、彼女の結婚は先送りになった。


そして、その知らせを受けたクラウディオがどう受け止めるのか――





ヴェステンベルク伯爵家の執務室には、緊張した空気が漂っていた。


クラウディオは父である伯爵の前に立ち、無言で書状を受け取った。その端正な顔に浮かぶのは、何とも言えない沈黙。


「クラウゼヴィッツ侯爵家からの正式な通達だ」


アルベルト・ヴェステンベルク伯爵は書状を指で弾きながら、静かに言った。


「婚約は継続。しかし、学園卒業後すぐの結婚は見送る――とのことだ」


その言葉を聞いたクラウディオの指が、わずかに震えた。


「……そうですか」


「当然だろう」


父の声には、呆れと厳しさが滲んでいた。


「今までお前が何をしてきたか、考えれば当然の結果だ。むしろ婚約破棄されなかっただけでもありがたいと思え」


クラウディオは黙って視線を落とした。


それは彼自身が最もよく理解していることだった。


「文句があるのか?」


父の言葉に、クラウディオはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。彼女の決断を尊重します」


それだけを言い残し、クラウディオは書状を手に取ると、そのまま部屋を後にした。


扉が閉まると、伯爵は深くため息をついた。


――一方、クラウディオはそのまま自室へと向かった。


扉を閉め、手元の書状を静かに見つめる。


彼女が、自分との結婚をすぐに望んでいないことは、当然のことだった。


まだ完全に信頼を取り戻したわけではない。


「……当然、か」


小さく苦笑しながら、クラウディオは窓辺に歩み寄った。


外は静かに夕闇が迫っている。


だが、焦りはなかった。


むしろ、時間ができたことに安堵すらしていた。


――今の自分は、まだリリエットの隣に立つ資格がない。


ならば、その資格を得るまで、彼女が振り向いてくれるまで、彼はただ努力するのみだ。


「……待っていてくれ」


静かに呟くと、クラウディオは目を閉じた。


決意を新たにする彼の姿を、部屋の窓から差し込む月光が淡く照らしていた。

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