17
温室の扉を開けると、ふわりと甘い香りが広がった。
温かな陽光を浴びた花々が、静かに咲き誇っている。クラウディオが言っていた白い花は、中央の花壇に美しく並んでいた。
「これね……」
リリエットはそっと足を止め、目を細めた。
純白の花びらは透き通るようで、陽光を受けて優しく輝いている。その姿は儚げでありながら、どこか力強さも感じさせた。
「気に入ったか?」
クラウディオの声が、隣で静かに響く。
リリエットは微笑んだ。
「ええ、とても」
以前の彼なら、こんなふうに彼女の好みに気を配ることなどなかった。リリエットが何を好きで、何を美しいと思うのか、そんなことに興味を持ったことすらなかったはずだ。
でも、今の彼は違う。
「少し驚いたわ」
リリエットは花に手を伸ばしながら言った。
「あなたが、私の好きなものを気にしてくれるなんて」
クラウディオは短く息を吸い、目を伏せた。
「君のことを知りたいんだ」
「……」
「今さらかもしれないが、俺は、君のことを何も知らなかった」
クラウディオの言葉には、少しの後悔が滲んでいた。
「俺はずっと、君を遠ざけることばかり考えていた。でも……君がどんなものを好きで、何に心を動かされるのか、そんなことすら考えもしなかったんだ」
リリエットは彼の横顔をそっと見た。
「だから、今から知っていきたい。君が何を大切にして、どんなことに笑うのか。全部、少しずつでも」
クラウディオは真剣な目で彼女を見つめた。
リリエットは、少しだけ視線を逸らした。
――この人は、変わった。
それは間違いない。以前のクラウディオなら、こんなふうに正面から自分を見つめ、まっすぐな言葉をくれることはなかった。
でも……。
「……私には、あなたが本当に変わったのか、まだ分からないの」
リリエットは静かに言った。
「私を知りたいと思ってくれるのは嬉しい。でも、それが一時的なものなのか、それとも本当に……」
自分でも言葉を探しながら、リリエットは彼を見た。
「それとも、本当に心からそう思っているのか、私はまだ確かめられないの」
クラウディオは真剣な顔で彼女の言葉を受け止め、それから小さく頷いた。
「……そうだな」
「だから、焦らずにいてほしいの」
彼は、しばらく彼女を見つめた後、ふっと微笑んだ。
「分かった。焦らないよ」
その言葉に、リリエットは少しだけ安堵した。
彼の変化は本物なのかもしれない。でも、それをすぐに信じることはできない。
だけど――少なくとも、こうして話せるようになったことは、悪くないことなのかもしれない。
リリエットはもう一度、白い花に目を向けた。
その隣でクラウディオが静かに立っているのを感じながら、彼女の胸の奥で、小さな何かが芽吹き始めているのを自覚した。




