10
学園の中庭には、昼下がりの穏やかな陽射しが降り注いでいた。リリエットはベンチに腰を下ろし、手元の本をめくりながらも、内容が頭に入ってこないことに気づいた。
――婚約を続けると決めたからには、ちゃんと向き合わないと。
彼女は静かに息をついた。夜会での出来事、話し合いの場での彼の姿、そしてこれまでの自分の気持ち。全てを踏まえて、自分は彼と向き合うことを選んだ。
「リリエット、また何か考え込んでる?」
弾む声が聞こえ、顔を上げるとセシルがこちらに駆け寄ってきていた。
「兄様のこと?」
そう尋ねられ、リリエットは苦笑した。
「ええ、まあ……」
「はぁ……もう、リリエットったら、本当に優しすぎるわ」
セシルは隣に腰を下ろし、大げさに肩を落とした。
「そんなに気を遣わなくてもいいのよ? 兄様なんて、見捨てちゃえばいいのに」
「セシル……」
「だってそうじゃない! ずっと冷たくしておいて、今になって『婚約を続けたい』なんて、勝手すぎるわ。普通なら見限られて当然よ」
セシルは憤慨したように腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「むしろリリエットが兄様を拒絶しないのが不思議なくらい。私だったら、もう関わりたくないもの」
リリエットはそんなセシルの様子を見て、ふっと微笑んだ。
「ありがとう、セシル。私のことを考えてくれて」
「もちろんよ。リリエットは私の大切な友達だもの」
セシルは真剣な顔で言った。その言葉に、リリエットの胸が温かくなる。
「でもね、私はもう決めたの」
彼女はゆっくりと本を閉じ、空を仰いだ。
「過去を責めることはしないわ」
セシルが驚いたように目を瞬かせる。
「それって……」
「これまでのことを思い返せば、たくさん悲しかったこともあった。でも、それを責めたところで、何も変わらないでしょう?」
リリエットは穏やかに微笑んだ。
「だから私は、前を向くことにしたの。婚約を続けると決めたからには、ちゃんと彼と向き合いたい。どうなるかは分からないけれど、少なくとも、私は後悔しないようにしたいの」
セシルはしばらく黙ってリリエットを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……本当に優しすぎるんだから」
「そうかしら?」
「そうよ。でも、そんなリリエットだからこそ、私は大好きなの」
そう言って、セシルは笑った。
リリエットもまた、そっと微笑む。
その時、ふと視線を感じて振り向くと、少し離れた場所でクラウディオがこちらを見ていた。
彼の表情は読めなかった。ただ、こちらに向かおうとして、足を止めたようにも見えた。
――あなたは、どうするの?
リリエットは何も言わず、再び本を開いた。
向き合うと決めたのは自分。だが、クラウディオが変わらなければ、この婚約が続く意味はない。




