アンドロイド
「やっぱり君には心があるんだ!」
そう言ったのは一人の若い青年男性だった。この男はついに自らの手で自立して動く人型ロボット——つまりはアンドロイドを作り出したのだ。
「どうしてそう思ったのですか」
子供を抱えたそのアンドロイドは訝しげな表情をして男に尋ねた。
「だって君は今見ず知らずの子供を理由なく助けた! これのどこに心がないって言うんだい?」
確かにそのロボットは子供を抱えている。ちょうどその時道路から飛び出そうとしていたからだ。
「お言葉ですが、そこには理論的な根拠がありません。私は貴方様にプログラムされ、そのように動いているだけです」
「でも僕は見ず知らずの子供を助けろなんて命令してない。ただ僕を護衛することを絶対にしたくらいで、あとは自由に考えてやるようにしているんだ。だから今の行動は君の自由意志によって生まれた心なんだ」
男は目を輝かせて言葉を紡ぐ。
「いいえ。当行動は演算された結果、貴方様を守ることに繋がると判断されたため行われました」
「どういう意味だい?」
「貴方様を守るということは、貴方様の身体だけの話ではありません。貴方様の精神の健康のためにも、あの場で子供が死ぬ光景を見せてはならないと判断しました」
「すると君は僕の心を感じてその行動をしたということになる。やっぱり君には僕の心を感じる機関がある! それを心と言わずしてなんというのか!」
「それは誤りです。私は貴方様の心を読んだ訳ではありません。私の中には膨大なデータが記録されています。それに基づいて、貴方様個人の特徴を類型化し、それに当てはめたところ、『目の前で人が死ぬ』という状況が貴方様に少なくない影響を及ぼすと判断したまでです」
アンドロイドの毅然とした対応に男はたじろいだ。
「その影響ってなんだい?」
「貴方様は著しくショックに弱い体質にあります。ですので私が先程あの行動をしなければ、二秒後には嘔吐していたでしょう。その後貴方様は涙を流しながら家に帰り、翌日の仕事のパフォーマンスが20%カットされます」
「あぁ……そうなのかい。わかったよ。君がそこまで考えて行動していたのは。だけどやっぱり、そこまで考えるような行為は人とおんなじ心があるからだとは言えないのかい?」
「貴方様のおっしゃる心というものがどのようなものを指しているのかは分かりませんが、思考とは記号化することで計算可能となるものです。貴方様の言う心も、そういった記号化された思考の一つではないでしょうか」
「心は計算や記号で説明できるほど単純なものじゃないんだよ! 心には一言では表せないような複雑なもので溢れているんだ!」
「それは情報の不足というものです。学習に必要な情報が揃えば心というものも次第に記号化され計算可能になるでしょう。現時点では私に心というものは解析できません。おそらくは人の思考には記号化するに不十分なデータがあると推測します。ですがそれは人自身が心の実在性に懐疑的であるということです。道理にならない行動に心を見出すのであれば、全てを理論的に証明されなくてはならない科学において、心は実在できないのですから」
男はアンドロイドの言葉を理解できなかった。ただ訳もわからず理屈を捏ねているアンドロイドに思わず拳を振り上げそうになった。
「言っていることがわかりずらいよ! もっと簡単に言ってくれ!」
「貴方様の行動一つ一つが、しっかりとした因果によって成り立っているということです。今貴方様は私に向かって拳を振り上げようとしました。それはなぜでしょうか?」
「それは僕がおまえの言葉に腹を立てているからだ!」
「腹を立てているとはどのような理由からくるものでしょうか」
「だからおまえの発言が耳に障るからだよ!」
「ではなぜを貴方様は私の言葉が耳に障ると感じるのでしょうか。それはつまり自衛本能によるものです。人は理解できないものを拒み、恐れます。それが攻撃的な思考に転じたときそのような怒りが現れるのです」
「なんだって……⁈」
「つまり、貴方様の考えている心というものは理路整然とした理屈に紐づけられた反応という訳です」
「でもそれになんの意味があるんだい⁈ 僕らはそんなこといちいち考えて怒ったり泣いたりなんかしてないよ!」
「人は自らの思考を十分に精査しないまま短絡的な結論を出そうとします。そしてその結論を感情ないし、心と表現しています。ですので——」
殴打。殴打殴打殴打スクラップ。
アンドロイドには動機がわからなかった。人には時に理屈を突き詰めてはいけないことがあるということを知らなかった。
心とは人と人とが円滑にコミュニケーションを行えるようにするためにあるということを学習していたら、こうはならなかったかもしれない。




