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星の海に墓標を刻む

 銀河システム暦◼️◼️◼️◼️年。地球人は個人での宇宙進出が可能になっていた。

 科学者たちは地球に残っていた全てのエネルギーを使い果たし、さまざまな惑星の重力に耐えうる保護被膜——通称、Gナノスーツを開発した。

 その結果が出て数十年としない後、地球の文明は滅び、残された人類は散り散りになって新しく住むべき星を探すこととなった。

 

「あれから、何年経ったのだろうか……」

 

 宇宙船の中で、地球人の女が独りごちた。

 因果律演算AIモニターで、三百億光年と離れた地球を眺める。

 

 まだ、地球は青かった。レイリー散乱によって太陽光の青だけが目に届いている証拠だ。

 

 ——だから、太陽はまだある。

 

 もう随分と遠い記憶のことだけど、地球での生活は楽しかったと、彼女は深い息を吐きながら耽っていた。

 幼子だった彼女はもう顔も覚えられぬ両親の手を握りながら地元の商店街を歩いていた思い出を懐かしむ。

 あれからもうどれほどの時間が経ったのかすら覚えていない。

 だけどその日の夕焼けは今も彼女の脳裏に残っていた。

 

 すると不意に、機械音声が彼女の耳を刺激した。

 

『付近に生体反応のある惑星を検知しました』

 

 モニターを切り替えて、対象の惑星を観察する。

 

 そこは、光の大地だった。地球にはないであろうガラス質の板で地表を覆い、各地には人工太陽と思しき光を放つ塔が点在していた。

 

「よし、ここに着陸しよう。会話はこの機械でなんとかなるかな……?」

 

 彼女は緑の不透明なバイザーゴーグルを掛けた。この装置は知らない言語を学習しながら読み取ることで自動で翻訳してくれる機械だった。

 

 船を下ろし、硝子の大地に脚を踏み入れる。

 ひさびさというには長すぎる、地に脚がついた感覚。

 するとその時、どこからか声が聞こえてきた。

 

『生体反応ヲ確認中…………異常アリ、未登録ノ物体出現……係員ガ向カイマス』

 

 その言葉の意味を理解するより先に、現地の住民が現れた。

 

「アナタハナニモノデスカ? ドコカラキマシタカ?」

 

「私は地球という遠い星から来たものです! 私の星はすでに人が住めなくなっています! ですのでここに住まわせて欲しいのです!」

 

 住民たちはその言葉を理解できてはいないものの、少し警戒を解いたようにみえた。その中の一人がこちらに歩み寄り、後をついてくるよう促した。

 

 

 そうして連れてこられたのは、どうやら役所のようだった。

 

「あなたは地球から来た、ということでよろしかったですね? 他のお仲間はいらっしゃらないんでしょうか?」

 

 道中での会話もあってか、翻訳機能は大分性能を高めていた。そのため、こちらの言葉もある程度は伝わるようになっていた。

 

「私一人で来ました。仲間はいません」

 

「そうですか……あなた一人程度であれば住まわせるのは簡単な話です。しかし、あなたの星は現在とても住める環境になく、同じように棲家を求める方がいるはずでしょう。全員とは言えませんが十数人程度なら、我々も協力することはできますが、どうしますか」

 

 彼女は身につけていた星間連絡端末を用いてコンタクトをとってみたのだが、誰一人返答してくることはなかった。

 

「仲間は、もう……」

 

 全滅していた。残されたのは私一人だけのようだった。

 

「心中お察しします……」

 

「だけど、私は残したい。私達が——地球人が存在している証明を…………だからせめて、私だけでも生き延びないと」

 

 世界でたった一人の地球人であっても、歩みを止めてしまったら全てが無駄になってしまう気がした。

 

 そうして提供された住居はなかなか快適なものだった。ただ一つ問題だったのは、この星の殆どは各個人を見極める生体情報を検知して起動する装置があるのだが、それらの機能は彼女には適応されないということだった。

 しかしそれでも、住民との関係は良好で、今では毎日のように世間話をするような関係になった。

 

「そう言えば聞きました? 最近量子情報科学の研究の成果によって、生体感知センサーを作り直すんだとか。これであなたも快適に暮らせますね!」

 

「えっと、それはどういう意味?」

 

「地球人の体は特殊で、今までセンサーが反応しなかったじゃないですか。ですけどこのシステムを活かせばうまく反応するんじゃないかって話です。もともとは高齢で体を動かせないような人のために作った技術らしいんですけど、それでできた補助AIの機能が地球人と近いそうなので」

 

 その話を聞いた後、彼女は自宅の庭に置いた宇宙船の中である論文を見つけた。

 

 

『生体量子変換技術による人工知能移植について』

 

 彼女は——地球人が存在していた証明として、その活動が限界を迎えるその日まで星々を渡り続けた。

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