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騒音問題


   

 部屋を揺るがすほどの激しい騒音によって、私の眠りは妨げられた。

 先日この街に引っ越してきたのだが、どうも隣の部屋からのものらしい。

 耳を澄ませてみると、それはどうやら口論のようだった。私が住むこのアパートの部屋はよほど壁が薄いのだろうか、はっきりと声が聞こえてくる。

 

『毎晩こんな遅くに帰ってきて! 浮気でもしてるんじゃないの————』

 

 男女の諍いのようだった。それにしてもここまで声が響いてくると、どうも迷惑だ。ここは一つ怒鳴り込みにでも行こうと思ったが、夜分で疲れも溜まっているのでここは安静に、明日になったら大家さんに注意しに行こうと考えた。

 

「そうでしたか。私からも注意しておきます」

 

 大家さんにひと通り説明したが、直接連絡する気はないのか、建物の各フロアに騒音問題に関する貼り紙が載せてあるだけで、翌日もあまり効果はなかった。

 

 翌日の騒音は一際うるさかった。

 破裂音が聞こえたかと思うと、意図の汲み取れない叫ぶような喧しい声が壁越しに響いてきた。

 それはさながら死地にでも赴いたかのような銃声。硝煙の匂いが漂ってくるかのようなリアリティのある緊張。

 銃撃にでもあったのかと一瞬頭の中でよぎったが、それはすぐさま別の認識に書き換えられた。

 軽快な音楽とともに今度は喜びの声が壁を揺らす。

 そこでやっと、壁の向こうにいる人間が何をしているかがわかった。

 これはビデオゲームだった。

 最近のゲームはなかなかにリアリティが高いと感心する一方、やはり騒音問題は気になるところだった。

 意を決して注意しに行こうと玄関を開けようとしたとき、ちょうど宅配が届いた。

 なんだかやる気が削がれてしまったので、カチコミに行くのはまた今度にしよう。

 ——それにしても、不満に思っているのは私一人だけなのだろうか。

 

 次の夜も、やはり騒々しかった。

 劈くような女性の金切り声。

 もう我慢の限界だった。

 インターホンを押して、玄関の前に立つ。

 しかしいくら待っても応答する様子がなかった。叫び声と、三度の轟音が鳴り響く。

 男女は喧嘩の最中で、その子供はゲームに夢中。手に負えない奴らだと独りごちた。

 再度インターホンを鳴らす。

 それでも反応する素振りも見せない。

 強硬手段に出よう。

 ドアノブに手を掛け、捻ってみる。

 幸い、鍵は開いていた。

 

 その中は薄暗く、豆電球だけがポツリと点いていた。

 冷たい風が、頸を気味悪く撫でてきた。

 足音だけが響く。

 さっきまでの騒々しさはどこへいったのか。既に女性の叫び声も、ゲームから流れる銃声も、既に無くなっていた。

 そうしてリビングへ向かうが、人は誰一人見当たらなかった。

 窓から吹き抜けてくる空気だけが、この部屋を動くすべてだった。

 部屋を間違えていたのだろうか。

 もしかするとそのもう一個隣の部屋だったのかもしれない。

 そう思い至るが、もうすでに音はなかった。

 部屋を出てそちらの部屋の方へ視線を向けると、大家さんがインターホンを押して話し掛けていた。

 大家さんが解決してくれるならあとは任せよう。そう思って私は自室に戻っていった。

 

 それから数日が経って、騒音問題は解消された。

 そのことを大家さんに聞くと、どうも大家さんがどうにかしたわけではないらしい。

 しかし静かに暮らせるのならいいことだと思った。

 

 一ヵ月ほどたったある日、隣の部屋に新たな入居者が現れた。

 この入居者は騒音問題とは全くの無縁な人で、こちらもありがたいと感じていた。

 

 その日、隣の部屋の押し入れから死体が発見された。

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