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「陛下、降り人殿をお連れしました。」
「ああ、ご苦・・・。」
アルベーヌはライアンの報告に顔を扉の方に向けた。
労りの言葉をかけようとしたが、それを最後まで言うことは叶わなかった。
なぜなら、先程とは比べ物にならない容姿の茉莉に目を奪われてしまったからだ。
着飾った茉莉は可愛らしさを残しながらもとても大きいわけではないが女性として胸のふくらみがある。また、淡いピンクのドレスが茉莉の肌の白さを際立て、天界から降りてきた天使のように見える。
紳士として女性を褒めることに長けているアルベーヌさえ何も言えないのだ。他の人が何か言えるわけがなかった。
「あの・・・?そんなに似合ってないですか??痛い女に見えてる?」
最後の言葉は誰も聞き取れなかったが、あまりにも話さない周りに茉莉がしびれを切らしてアルベーヌに声をかける。
「・・・すまない。あまりにも可愛らしくて思わず見惚れてしまったよ。」
意識を戻したアルベーヌは最上級の笑みを浮かべてライアンに抱かれている茉莉の手の甲に口付ける。
一方茉莉はというと相変わらず胡散臭いなと思っている。
「はは、ありがとうございます。それよりも私ってどこで寝ればいいんですか?しばらくこの部屋ですか?」
茉莉は自身に対する賛美を受け流し、自身の衣食住の住となる部分について尋ねる。
アルベーヌはスルーされたことに対して若干肩を落としているが、聞かれた質問には答えなければならないので、茉莉の手を握ったまま口を開いた。
「いや、今日以降は私の部屋の隣で寝てもらう。本来ならば新しく建物を用意すべきなのだがいかんせん近衛騎士が少ない。専属の護衛をつけるつもりではいるが、教育が終わるまでしばらくは私と行動を共にして欲しい。それに急に見覚えのない御人に近衛騎士がついたとなると色々な憶測が飛ぶかもしれないからな。」
茉莉が降り人であるということは警備の体制が完全に整うまで伏せられることになっている。
一国の王の警備が厳しいことは当たり前だ。
そのアルベーヌと一緒にいることで自然と茉莉の守りは固められる。
また、それなりに功績を上げていなければ会うことが難しいアルベーヌといることでなるべく人目につかないようにするという目的もあった。
そして最大の目的は国王の私室の隣、すなわち正妃の部屋で過ごしてもらうことで外堀を埋めるというものだ。
「・・・四六時中一緒にいなきゃいけないんですか?朝起きる時間も寝る時間も同じにしなきゃいけないんですか?」
多忙であろう国王と一緒にいるということは自然と茉莉も遅寝早起きになるかもしれない。
寝るのが好きな茉莉は睡眠時間が少なくなるかもしれないことに若干の絶望を感じていた。
一気に気分が沈んだであろう茉莉に周りのものは機嫌を損ねてはならないと必死に思考を巡らせる。
「・・・マツリ殿はどうしたい?」
ルイスは直球に尋ねる。
「できることなら遅くまで寝たいです。でも、陛下と一緒にいなきゃいけないならせめて朝私が満足するまでこの部屋のソファで寝かせてください。」
これは茉莉にとっての精一杯の妥協だった。
周囲は騒がしい環境で寝るのはストレスが溜まるが、それ以上に睡眠時間が削られることは何よりも茉莉にとって嫌なことだった。
「・・分かった。朝早い時間に私とともにこの執務室に来てもらうことにはなるが、好きなだけ寝ててかまわない。」
「ありがとうございます!!」
「「「「うっ」」」」
茉莉は自身の希望が妥協という形ではあるが叶えられたことに大変満足していた。
茉莉の溢れんばかりの笑顔に部屋にいる男性陣がノックアウトされた。
思い返してみれば茉莉はこの世界に来てからニコリともしていない。
貴重な茉莉の笑顔に全員が心を奪われていた。