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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「道灌」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/01/24


落語声劇「道灌(どうかん)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎(はちごろう):気性(きしょう)のさっぱりした男だが、物を知らない。

    いつも仲良くしているご隠居(いんきょ)の所へ今日も今日とて遊びに行く。


ご隠居(いんきょ):落語の世界では横丁(よこちょう)の角(かど)に住んでいる事が多い、そしてたいてい

    物知りだったり知ったかぶりだったりする。

    この噺(はなし)のご隠居(いんきょ)は物知りのほう。


友達:八五郎(はちごろう)の友達。

   物を借りに来る。


道灌:フルネームは太田道灌(おおたどうかん)。

   道灌(どうかん)は出家(しゅっけ)後の法名(ほうみょう)で、本来の名は太田資長(おおたすけなが)(持資(もちすけ)とも)

   室町(むろまち)後期に活躍した武将で、学者としても歌人としても一流の定評

   がある。


家来:太田道灌(おおたどうかん)の家来(けらい)、中村数馬(なかむらかずま)。




●配役例


八五郎・道灌・家来:

ご隠居・友達・枕:




枕:えー、落語と申しますものは、いちばん端(はな)は小噺(こばなし)と言って

  短いものから、だんだんに長いのができるようなわけで。

  初(しょ)っ端(ぱな)は洒落(しゃれ)ですな。

  洒落(しゃれ)というものが色々に広がって、面白(おもしろ)くなっていくんですな。

  落語の世界に出てくる人物てのはこれはもうお馴染(なじ)みで、

  八(は)っつぁんに熊さんに与太郎(よたろう)、甚兵衛(じんべえ)さんてのがいます。

  これらがまたお馴染(なじ)みの、横丁(よこちょう)に住んでいるご隠居(いんきょ)の所に遊びに行く

  、こういうところから話の幕が上がろうというわけで。


八五郎:ちわー!ご隠居(いんきょ)いますかー?


ご隠居:はいはいどなた…おお、八(は)っつぁんじゃないか。

    まぁまぁおあがり。


八五郎:あ、どうも、ご馳走様(ちそうさま)です。


ご隠居:え?


八五郎:ご馳走様(ちそうさま)です。


ご隠居:なんだいそのご馳走様(ちそうさま)ですってのは?


八五郎:だって、いまご隠居(いんきょ)言わなかったですか?

    飯(まんま)おあがり、って。

    ご飯をご馳走(ちそう)してくれるってんですよね?


ご隠居:飯(まんま)おあがりじゃあない。

    まぁまぁおあがりと、そう言ったんだ。

    まあ、ゆっくりしてお行き。


八五郎:あ、そうなんすか…まんまじゃねえんで…なんだ…。


ご隠居:おいおい、がっかりするんじゃないよ。

    それで、今日はどうしたんだ?


八五郎:いやね、今日は仕事がハンチクになっちまって、

    家でゴロゴロしてんのもつまらねえと思ったんで、

    ご隠居(いんきょ)んとこで茶でもすすりながらね、

    世間話(せけんばなし)でもしたら面白(おもしろ)いだろうなってんで出てきたんで。


ご隠居:そうかい。

    お前さんはなんて言うのかな、気性(きしょう)がさっぱりしている。

    あたしはそんなお前さんが好きなんだ。

    合縁奇縁(あいえんきえん)とでも言うのかな、お前さんとは気が合う。

    お前さんの顔を日に一遍(いっぺん)は見ないと、なんだかもの寂しくって

    いけないよ。


八五郎:あ、そうすか?どうもありがとうございやす。

    いや、あっしもね、日に一遍(いっぺん)はご隠居(いんきょ)の顔を見ねえってぇとーー


ご隠居:寂しいかい?


八五郎:通(つう)じがつかないんですよ。


ご隠居:なんだい、人の顔で通(つう)じをつける奴があるかい。

    まぁまぁ、粗茶(そちゃ)だがおあがり。


八五郎:おっ、こいつァどうも。

    いつもご隠居(いんきょ)んとこ来るとこの粗茶(そちゃ)ァご馳走(ちそう)になりやすがね、

    うめぇですよ、お宅の粗茶(そちゃ)。


ご隠居:おいおい、粗末(そまつ)なお茶と書いて粗茶(そちゃ)だよ。


八五郎:そうそうそう、粗末(そまつ)なのにしちゃうめぇですよ。


ご隠居:またそんなこと言ってんのかい。

    卑下(ひげ)したんだよ。


八五郎:はあ、ひげ剃(そ)ったんで?


ご隠居:ひげじゃない、卑下(ひげ)、謙遜(けんそん)したんだよ。


八五郎:え、いつ損したんですか?


ご隠居:分からないねお前さんは。

    この茶はそれなりに物(もの)はいいんだが、そこが奥(おく)ゆかしい所だ。


八五郎:はぁはぁはぁ、奥(おく)ゆかしい。

    つまりなんです、良い物を悪く言ったと、こういう事ですかい?


ご隠居:そういう事だな。


八五郎:はあぁなるほど、そう言ってくれりゃ分かりますよ。

    じゃあ今ひいてあるこれァ粗座布団(そざぶとん)だね。

    粗火鉢(そひばち)があって、そこでもって粗茶(粗茶)に粗禿(そはげ)あたまってな。


ご隠居:なんだい、粗禿(そはげ)あたまてのは。


八五郎:粗茶菓子(そちゃがし)はまだ出ねえかな?


ご隠居:やれやれ、お茶菓子(ちゃがし)の催促(さいそく)かい。

    何がいい?


八五郎:へへ、何がいいって、改めて聞かれると困っちゃうね。


ご隠居:困ることはないよ。好きなの言いな。


八五郎;そうすか、それじゃちと小腹(こばら)がすいているんで、

    うな丼(どん)頼んでいいですかね?


ご隠居:茶菓子(ちゃがし)にうな丼(どん)食べる奴があるかい。


八五郎:へへへ、じゃ天丼(てんどん)。


ご隠居:飯(めし)の上に乗っかってるもんが変わっただけだろうが。

    ようかんとかどうだな?


八五郎:ようかん! ようかんねぇ。


ご隠居:ダメかい?


八五郎:いやぁダメってわけじゃないんですけど、だらしがねぇんです。

    もう十本も食うとげんなりして、あと手が出ないもんで。


ご隠居:そんなに食べられてたまるかい。

    じゃ、ようかんにするか。

    ばあさん、ようかんを切っておくれ、ああそうそう、厚めにな。

    ようかんは薄く切ると了見(りょうけん)を見られるからね。


八五郎:そうそうそう! 厚くね、厚く切るんだよ!

    厚く切んなきゃダメだよ、ばあさん!

    薄く切ったら貧乏(びんぼ)ったらしねぇからね!

    分かったねばあさん!おいばあさん!おい!


ご隠居:こらこら、お前までばあさんばあさんっていう奴があるか。


八五郎:へへへ…妬(や)くなよぅ。


ご隠居:誰が妬(や)くかい。

    まぁ、ゆっくりしていきな。


八五郎:ええ、ゆっくりさせてもらいやすよ。

    泊りがけで。


ご隠居:そんなにゆっくりしなくていい。


八五郎:けど、ご隠居(いんきょ)のとこに来るといつも思うんですけどね、

    ご隠居は絵が好きじゃありませんか?


ご隠居:ほぉ、嬉(うれ)しいね。

    いろんなのが訪(たず)ねてくるけどね、そう言ってくれるのはお前さん

    くらいなもんだよ。

    これはあたしの道楽(どうらく)でね。


八五郎:へえ、絵がご隠居(いんきょ)の道楽(どうらく)なんで?

    その年で道楽(どうらく)ってなぁ偉(えら)いねえ。


ご隠居:絵だけじゃない。

    あたしの道楽(どうらく)はね、書画骨董(しょがこっとう)だ。


八五郎:え?


ご隠居:書画骨董(しょがこっとう)だ。


八五郎:しょが…あぁあれですか!

    あんまりやりすぎるってえと鼻の頭が赤くなるやつね。


ご隠居:なんだいそりゃ。


八五郎:生姜(しょうが)でしょ?


ご隠居:生姜(しょうが)じゃない、書画(しょが)だ。

    字とか絵だな。


八五郎:あ、そうすか。

    売って。


ご隠居:売ってじゃないよ。

    見て楽しむんだ。書く時もあるがな。


八五郎:あぁなるほどねぇ。

    だからご隠居(いんきょ)のとこへ来るってえと、ヘコの間(ま)んとこに

    なんかぶら下げてたり、色んなの置いてあったりするんですな!


ご隠居:なに?


八五郎:ヘコの間(ま)ね。


ご隠居:床(とこ)の間(ま)だろ。


八五郎:いやいや、そこ、へこんでるよね。


ご隠居:へこんでても床(とこ)の間(ま)だ。


八五郎:ーーとはこれいかに?


ご隠居:問答(もんどう)をしかける奴(やつ)があるかい。


八五郎:でもそのご隠居(いんきょ)の後ろにある、それ、面白(おもしろ)いですよ。

    なんだか屏風(びょうぶ)みてえなものが立て回してあってさ、

    よく分からねえ、小汚(こきた)ねえゴミみてえなもんがさ、

    ペタペタペタペタ張り付いてますけど、

    なんですこれ?


ご隠居:こらこら、人の家に来て「小汚(こきた)ねえ」って言い草(ぐさ)があるかい。

    これは貼り雑(ま)ぜの小屏風(こびょうぶ)というものだ。

    おもに歴史画(れきしが)を扱(あつか)って、古びた所が値打(ねう)ちだ。


八五郎:っあぁなるほど、あぁ、そうすか!

    歴史画(れきしが)って何です?


ご隠居:昔あった事を絵に描(か)いたものだ。


八五郎:あ、昔の!

    だから侍(さむらい)の絵かなんかあるんだ、ふーん。

    あの一番上の絵、面白(おもしろ)いすよ。気に入ったね。

    なんかこう、ちょろちょろちょろちょろ流れの所にさ、

    なんだかシイタケが煽(あお)りを喰(く)らったようなのを被(かぶ)った侍(さむらい)が、

    虎の皮の股引(ももひき)はいて、弓矢を持って突っ立ってるね。

    んで、傍(そば)に洗い髪(がみ)の女が盆(ぼん)の上に黄色いもん乗せて出してますけ

    ど、何です、この絵は?


ご隠居:お前さんは変な絵の見方(みかた)をするね。

    シイタケが煽(あお)りを喰(く)らったって奴があるか。

    これは騎射笠(きしゃがさ)という笠(かさ)だ。

    履(は)いてるのは虎の皮の股引(ももひき)ではない、「むかばき」だ。

    弓を持って立ってるだろ、狩装束(かりしょうぞく)と言うんだ。


八五郎:へえ、どっかから借りてきたんで?

    侍(さむらい)ってのも貧乏(びんぼう)なもんですな。


ご隠居:借りてきたんじゃない、狩り、狩猟(しゅりょう)だ。

    傍(そば)にいる女も洗い髪(がみ)じゃない、下げ髪(がみ)だ。

    盆(ぼん)の上に乗せてあるのはこれァね、山吹(やまぶき)の枝だよ。


八五郎:あ、これ山吹(やまぶき)の枝ですか!

    なんか黄色いもんが乗っかってっから何かと思ったね。

    んで、誰ですかこれ。


ご隠居:誰って…お前さん、知らんのか?


八五郎:知らないよ。会ったことねえし。


ご隠居:そりゃ会ったことあるわけないだろ。

    太田道灌公(おおたどうかんこう)だよ。


八五郎:ああ、大きな土管工(どかんこう)ですか。


ご隠居:そうじゃないよ。

    太田左衛門大夫持資(おおたさえもんのたゆうもちすけ)、のちに入道(にゅうどう)して、道灌(どうかん)となられたお方(かた)だ。


八五郎:はあ。ところでこれ、何してるところなんです?


ご隠居:治(ち)に居(い)て乱を忘れずだ。

    足慣(あしな)らしの為に山中(さんちゅう)へ狩倉(かりくら)へお出かけになったところだな。


八五郎:「かりくら」ってぇと、山ん中に蔵を借りて歩いたんで?

    誰が貸してくれるの?


ご隠居:そんな馬鹿な話はない。

    今の言葉で言う、猟(りょう)だな。


八五郎:「りょう」ってぇ言いますと?


ご隠居:獣猟(じゅうりょう)だな。


八五郎:十両(じゅうりょう)?

    フンドシ担(かつ)ぎかい?


ご隠居:相撲(すもう)取りじゃない、鷹野(たかの)だ。


八五郎:ああ、新宿(しんじゅく)の先の。


ご隠居:そりゃ中野だよ。野駆(のが)けとも言うな。


八五郎:ああー、それだったら分かりますよ。

    朝が来るってぇと、ぼーっと薄明(うすあか)るくなるやつね。


ご隠居:そりゃ夜明けだよ。

    早い話が、山の中に鳥や獣を獲(と)りに行ったという事だ。


八五郎:なぁんだ、猛獣狩りかぁ。

    で、じゅうりょう? 五両が二枚?


ご隠居:まだそんなこと言うのかい。

    面白(おもしろ)くないよ。


八五郎:面白(おもしろ)くしようと思っていろんなこと言ってるんだけどね。

    気に入らない?


ご隠居:気に入らんね。


八五郎:あ、そう。

    それで、どうしたんで?


ご隠居:狩りの最中(さなか)、にわかの村雨(むらさめ)だな。


八五郎:え?


ご隠居:村雨(むらさめ)だ。


八五郎:あ、ご馳走様(ちそうさま)です。


ご隠居:また始まった。

    春雨(はるさめ)じゃないよ、村雨(むらさめ)だよ?


八五郎:ぇっ、あ!村雨(むらさめ)ですか!

    いや、村雨(むらさめ)なら村雨(むらさめ)とそう言って下さいよ!

    なんだ村雨(むらさめ)ですかぁ!村雨(むらさめ)とくりゃわけないですね!

    ははは村雨(むらさめ)!……て、なんです?


ご隠居:知らないんならハナっから聞きな。

    村雨(むらさめ)ってのはね、雨だよ。


八五郎:雨なら雨とそう言いやいいじゃないですか!

    それをご隠居(いんきょ)、村雨(むらさめ)だなんて…異国語(いこくご)じゃ分からない。


ご隠居:異国語(いこくご)じゃないよ。

    道灌公(どうかんこう)は雨具(あまぐ)の持ち合わせがなかった。

    ふと傍(かたわ)らを見ると、一軒のあばら家(や)があったな。


八五郎:油屋(あぶらや)?ほお、商売になんのかね?

    油高いんだろ?


ご隠居:いや、あばら家(や)だよ。


八五郎:あばら家(や)ってなんです?


ご隠居:壊れかかったみすぼらしい家の事を、あばら家(や)ってんだよ。


八五郎:へえ、じゃあ丈夫(じょうぶ)で壊れねえ家は、背骨家(せぼねや)とか?


ご隠居:そんな言葉はないよ。

    道灌公(どうかんこう)が雨具(あまぐ)を借りようとそこを訪れる。

    すると中から、二八(にはち)ばかりになる賤(しず)の女(め)が現れたな。


八五郎:はぁ、家が古かったんで巣食(すく)ってましたか。


ご隠居:何が?


八五郎:いや、雀(すずめ)って言うから。


ご隠居:雀(すずめ)じゃない、賤(しず)の女(め)。

    身分の低い、いやしい少女の事だ。

    道灌公(どうかんこう)が雨具(あまぐ)を所望(しょもう)すると、その娘さんがぽーっと頬(ほお)を赤らめ、

    中に入ると再び出て来た。

    その時に盆(ぼん)の上に山吹(やまぶき)の枝を一枝(ひとえだ)手折(たお)ったものを乗せて、

    「おはずかしゅうございます」と言って差し出したな。


八五郎:バカだねぇ。

    その田舎娘(いなかむすめ)は気がきかないんですよ。

    あっしだったらんなもん出さねえで、芋(いも)の葉っぱか蓮(はす)の葉っぱを

    出すね。

    アレぁ葉っぱが大きいから笠(かさ)の代わりになりますからね。

    【手を一つ叩いて】

    そうだ読めた!

    その娘の言いてえのは、その山吹(やまぶき)の枝でもって雨を払いながら

    帰れってんですかい?


ご隠居:そんな事ができるわけないだろう。

    お前さんにはわからないのも無理はない。

    道灌公(どうかんこう)もその時お分かりでなかった。

    しばし呆然(ぼうぜん)となさっていると中村数馬(なかむらかずま)というご家来(けらい)が進み出て、


家来:恐れながら申し上げます。

   古い和歌(わか)に、

   「七重八重(ななえやえ) 花は咲けども山吹(やまぶき)の 実(み)の一つだに なきぞ悲しき」

   というのがございます。

   山吹(やまぶき)というのは花が咲いても実(み)のならないもの、

   ”蓑(みの)”と”実(み)の”を掛けての断りの意味でございましょう。


ご隠居:そう聞くと道灌公(どうかんこう)は、はたと膝(ひざ)を打たれ、


道灌:ううむ、予(よ)はまだ歌道(かどう)に暗いな。

   このような事ではいかん。


ご隠居:そうおっしゃって、そのままご帰城(きじょう)になったと、

    こういうわけだ。


八五郎:はぁはぁはぁ、なんだか難しくてよく分からねえですけど、

    早い話がその道灌(どうかん)って偉(えれ)ぇ殿様が、田舎娘(いなかむすめ)にペーンと

    一本取られた、こういうわけですな!


ご隠居:まぁ、そういう形になるかな。


八五郎:へぇ、てぇしたもんだ。

    そういう話は好きだね、投げ飛ばしたみたいなもんだ。

    で、それからその道灌(どうかん)って殿様はどうしたんで?


ご隠居:それからはその娘さんに負けないように、恥じないように一生懸命(いっしょうけんめい)

    和歌(わか)を勉強し、のちには日本でも指折(ゆびお)りの大歌人(だいかじん)となったな。


八五郎:へえ、水が少ねぇし、昔はよく燃えるね!


ご隠居:な、なんだねその、燃えるねてのは。


八五郎:え、だって日本一の大火事(だいかじ)だってんでしょ?

    八百屋お七(しち)の火事とかさ、振袖(ふりそで)火事ーー


ご隠居:【↑の語尾に喰い気味に】

    そうじゃない、かじん、歌人(うたびと)だ。


八五郎:え?ぬかみそ?


ご隠居:何でそういう間違(まちが)い方をするかね。

    歌を詠(よ)む人の事を歌人(かじん)て言うんだよ。


八五郎:へえ、じゃ、「かどう」に暗いってのはなんです?


ご隠居:そりゃ、娘さんの出した歌の謎が解(と)けなかっただろう?

    歌の道に暗い、だから歌道(かどう)に暗い、だ。


八五郎:ほーん、じゃあ、「ごきじょう」になったてのは?


ご隠居:お城に帰ったんだよ。


八五郎:えっ、じゃあ道灌(どうかん)て人はなんですか、

    侍(さむらい)じゃなくて貴族だったんで?


ご隠居:どうして?


八五郎:いや、おしろい塗ったって言うから。


ご隠居:おしろいじゃないよ、お城。


八五郎:えっ!?

    道灌(どうかん)さんお城持ってたの!?


ご隠居:お前さんはなんにも知らないんだね。

    有名な丸(まる)の内(うち)の千代田(ちよだ)のお城、あれは道灌公(どうかんこう)が築(きず)かれたんだよ。


八五郎:へへ、そりゃ嘘(うそ)だあご隠居(いんきょ)の嘘(うそ)つき。

    あのお城はね、うちの死んだじいさんが徳川様の、

    権現(ごんげん)様のお城だって、そう言ってましたよ。


ご隠居:いや、もともと道灌公(どうかんこう)のものだったのが、後に徳川様のものに

    なったんだよ。


八五郎:あ、そうなんで。初耳(はつみみ)だね。

    じゃ、早い話がなんだ、徳川さんが太田(おおた)さんからーー


ご隠居:なんだいその徳川さんとか太田(おおた)さんとかってのは。


八五郎:へへ、でも分かりやすく言うと、城を買ったんだ。


ご隠居:買ったわけじゃないよ。

        

八五郎:買ったんだよ。しかも安かったに違いないね。


ご隠居:どうして?


八五郎:家安(いえやす)、ってね。


ご隠居:それが言いたかっただけだろ。

    くだらないこと言うね。


八五郎:へへ、そうすか?

    あ、そうだ。

    さっき出てきた歌、書いてくださいよ。


ご隠居:ほう、えらいな。覚えるのかい?


八五郎:いやあ、覚えるってわけじゃねえんですけどね、

    うちにも質(たち)の悪い道灌(どうかん)がまあよく来るんで。


ご隠居:なんだいその、質(たち)のよくない道灌(どうかん)てのは。


八五郎:あれですよ、雨具(あまぐ)借りに来るのが道灌(どうかん)なんでしょ?

    雨が降るってェとやってくる。

    で、貸した日にゃもう返ってこないんですよ。

    売っちゃったりなんかするんで。


ご隠居:なんだい、人に物を借りて売る奴がいるのかい?


八五郎:あるんですよ、あっしも売るから。


ご隠居:いや、売っちゃったらダメだろ。


八五郎:だからね、今度来たらその歌でもってポーンと断ってやろうかと

    思って。


ご隠居:そりゃよしたほうがいいよ。無理だ。

    おまえさんの友達にあの歌見せたって分かるのがいるのかい?


八五郎:いいんですよ、こっちさえ心得(こころえ)てりゃそれで。

    聞かなきゃ張り倒すんだから。


ご隠居:乱暴だな。


八五郎:書いてよ~、書いてくれよ~。

    書きてえくせに。


ご隠居:バカなこと言うんじゃないよ。

    まあ、一遍(いっぺん)言い出したらおまえさんは聞かないからな。

    どれ、書いてあげよう。


    【二拍】


    よし、できたぞ。

    いちおう仮名(かな)で書いておいたからな。

    それだったら読めるだろ。


八五郎:あ、そうすか!ありがとうございます!

    仮名(かな)だったらあっしも読めますからね!

    漢字ってやつはやだねぇ、堅(かた)っ苦しくていけねえ。

    感じ(漢字)が悪くてかな(仮名)わねえってね。


ご隠居:妙な洒落(しゃれ)だな。


八五郎:え~と、おぉなるほど、書いてある。

    どうだいこいつは、うまいね。


ご隠居:ちゃんと分かるかい?


八五郎:わかんない。


ご隠居:分からないで褒(ほ)める奴があるか。


八五郎:いやいや、分かりますって。

    え~……ななひぇやひぇ。


ご隠居:おいおい、しっかりしてくれよ。

    お前さんいくつになったんだい。

    そりゃ、「ななえやえ」てんだよ。


八五郎:あぁそうだった。ななえやえね、ななえやえ。

    は、は、は、はな、は、さけ、とも…


ご隠居:そうじゃないよ。笑われるよ。

    濁点(だくてん)書いてなくとも、ちゃんとつけて読みな。


八五郎:あぁ、ばなばざげどもーー


ご隠居:しょうがないな、お前さんは。

    「七重八重(ななえやえ) 花は咲(さ)けども山吹(やまぶき)の 実(み)の一つだに 無きぞ悲しき

    」だよ。


八五郎:へへ、ありがとうございます!

    それじゃ、あっしはこれで家へ帰りますんで。


ご隠居:なんだい、せっかく来たんだ。

    お茶を煎(い)れ直すから、もうちょっとゆっくりしてってもいいだろ

    うに。


八五郎:いやぁ、それがそうもいかねえんです。

    表(おもて)を見てくださいよ。

    なんだか暗くなってきたでしょう。

    これァひと雨きますよ。村雨(むらさめ)がね、でぇーっと。

    下手するとあっしが道灌(どうかん)になっちまいますからね、

    だから家へスーッと帰ってね、道灌(どうかん)が来るのを待ってますんで。

    また暇(ひま)になったら顔出しますから!

    どうも、ありがとうございました!


    【二拍】


    へへへなるほどなァ。

    やっぱり何のかんのと聞いとかなくちゃいけないね。

    ご隠居(いんきょ)はいろんなこと知ってんなァおい。

    やっぱ伊達(だて)に年食(としく)っちゃいないねぇ。


    おっ?

    おお?


    ほォらいわんこっちゃねえ、ぼつぼつ来だした。

    降ってきやがったよ。

    急げ急げ…っとォ!

    へへ、家に着いた途端(とたん)に大村雨(おおむらさめ)って奴だねこいつは。

    だしぬけ村雨(むらさめ)底抜(そこぬ)け村雨(むらさめ)、

    色んな道灌(どうかん)が表(おもて)を走ってるよ、へへっ。

    ザマぁ見ろィ、こっちは一足先に賤(しず)の女(め)だ。

    表(おもて)の奴らァ道灌(どうかん)でェ。

    おかみさんも道灌(どうかん)、ババァも道灌(どうかん)、あ、転びやがった。

    おっ、屋根の上にゃ猫の道灌(どうかん)が歩いてやがらァ。

    四(よ)つ足(あし)道灌(どうかん)がのんびりしてるねぇ、へへ。


友達:おうッ、いるかい!?

   すまねえ、借りもんだ、借りもんだよ!


八五郎:ほうら始まりやがったよ。

    …へへ、わかってんだ。何も言いやんな。

    こちとら万事(ばんじ)、心得(こころえ)てんだ。

    雨具(あまぐ)を借りに来たんだろ?


友達:あン?なんだって?


八五郎:【少々強めに】

    雨具(あまぐ)を、借りに来たんだろ?


友達:は?おいおい、なに言ってんだよ。

   この通り雨合羽(あまがっぱ)着てるじゃねえか。


八五郎:!おや、こいつ、合羽(かっぱ)なんか着やがっ、このやろぉ。

    用意のいい道灌(どうかん)だな!


友達:なんだよその道灌(どうかん)てな?

   俺ァこれから千住(せんじゅ)に出かけて車引っ張ってくるんでよ、帰りが遅く

   なるんだ。

   提灯(ちょうちん)貸してくれ。


八五郎:っちょ、ちょうちんん!?よせよおい!

    おまえっ…どこの世に提灯(ちょうちん)借りに来る道灌(どうかん)がいるんだよ!

    道灌(どうかん)は雨具(あまぐ)だろ!


友達:だから合羽(かっぱ)着てるって言ってるだろ。


八五郎:着ててもいいから借りてけ!

    もう一枚着ろ!


友達:変なこと言うなよ。

   で、提灯(ちょうちん)あるかい?


八五郎:っちょ、提灯(ちょうちん)なんかねえよ…。


友達:あ、そう…って嘘(うそ)つきゃがれィ!

   あそこにいっぱい掛(か)かってんじゃねえかよ!


八五郎:あ…、見える?


友達:見えるよ!


八五郎:…いや、目をつぶればないぞ。

    あってもない。


友達:ほお、そういうこと言うのかい。

   そうかそうか、よし、おめえの了見(りょうけん)は分かった。

   じゃあこないだの寿司(しす)の割り前(まえ)払え。


八五郎:おいおい、ここでその催促(さいそく)するのかよ!

    じゃ、じゃあじゃあわかった!

    お前が雨具(あまぐ)を貸してくれって言ったら、

    脇(わき)からこう、そっと提灯(ちょうちん)出すから。


友達:なんだそりゃ。

   そんな遊びして何が楽しいんだよお前、ええ?

   ~~わかったわかった。


   【ぶっきら棒に】   

   雨具(あまぐ)、貸してくれ。


八五郎:っへへ…やっと素直(すなお)になりやがったなこんちきしょう。

    こうなりゃ賤(しず)の女(め)とくらァ。

    女形(おんながた)なんだから驚くんじゃねえぞ。


    おはずかしゅうございまーー


友達:なんだそりゃ!気持ち悪いな!

   おめえ、気でもふれたんじゃねえのか?


八五郎:いいからこれ読め!


友達:なんだよこの紙っ切れ。

   え~、「ななへやへ」


八五郎:【ちょっと嬉しそう】

    このやろう、そらぁそうやって読むんじゃねえんだ。

    いいかぁ、よく聞いてろ。

    【途中からうろおぼえに】

    「七重八重(ななえやえ) 花は咲(さ)けども……や、山伏(やまぶし)の 味噌(みそ)ひと樽(だる)と

    鍋(なべ)と釜(かま)しき」。


友達:なに言ってんだよ!

   こりゃおめえの考えた都都逸(どどいつ)か何(なん)かか!?


八五郎:都都逸(どどいつ)!?それ見て都都逸(どどいつ)って言うとこを見ると、

    おめえもよっぽど歌道(かどう)に暗いな!


友達:ああ、角(かど)が暗いから提灯(ちょうちん)借りに来たんだ。




終劇


参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

三遊亭円楽(七代目)

古今亭志ん生(五代目)



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