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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「道灌」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「道灌どうかん


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約20分


必要演者数:2名

      (0:0:2)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎はちごろう気性きしょうのさっぱりした男だが、物を知らない。

    いつも仲良くしているご隠居いんきょの所へ今日も今日とて遊びに行く。


隠居いんきょ:落語の世界では横丁よこちょうかどに住んでいる事が多い、そしてたいてい

    物知りだったり知ったかぶりだったりする。

    このはなしのご隠居いんきょは物知りのほう。


友達:八五郎はちごろうの友達。

   物を借りに来る。


道灌:フルネームは太田道灌おおたどうかん

   道灌どうかん出家しゅっけ後の法名ほうみょうで、本来の名は太田資長おおたすけなが持資もちすけとも)

   室町むろまち後期に活躍した武将で、学者としても歌人としても一流の定評

   がある。


家来:太田道灌おおたどうかん家来けらい中村数馬なかむらかずま




●配役例


八五郎・道灌・家来:

ご隠居・友達・枕:




枕:えー、落語と申しますものは、いちばんはな小噺こばなしと言って

  短いものから、だんだんに長いのができるようなわけで。

  しょぱな洒落しゃれですな。

  洒落しゃれというものが色々に広がって、面白おもしろくなっていくんですな。

  落語の世界に出てくる人物てのはこれはもうお馴染なじみで、

  っつぁんに熊さんに与太郎よたろう甚兵衛じんべえさんてのがいます。

  これらがまたお馴染なじみの、横丁よこちょうに住んでいるご隠居いんきょの所に遊びに行く

  、こういうところから話の幕が上がろうというわけで。


八五郎:ちわー!ご隠居いんきょいますかー?


ご隠居:はいはいどなた…おお、っつぁんじゃないか。

    まぁまぁおあがり。


八五郎:あ、どうも、ご馳走様ちそうさまです。


ご隠居:え?


八五郎:ご馳走様ちそうさまです。


ご隠居:なんだいそのご馳走様ちそうさまですってのは?


八五郎:だって、いまご隠居いんきょ言わなかったですか?

    まんまおあがり、って。

    ご飯をご馳走ちそうしてくれるってんですよね?


ご隠居:まんまおあがりじゃあない。

    まぁまぁおあがりと、そう言ったんだ。

    まあ、ゆっくりしてお行き。


八五郎:あ、そうなんすか…まんまじゃねえんで…なんだ…。


ご隠居:おいおい、がっかりするんじゃないよ。

    それで、今日はどうしたんだ?


八五郎:いやね、今日は仕事がハンチクになっちまって、

    家でゴロゴロしてんのもつまらねえと思ったんで、

    ご隠居いんきょんとこで茶でもすすりながらね、

    世間話せけんばなしでもしたら面白おもしろいだろうなってんで出てきたんで。


ご隠居:そうかい。

    お前さんはなんて言うのかな、気性きしょうがさっぱりしている。

    あたしはそんなお前さんが好きなんだ。

    合縁奇縁あいえんきえんとでも言うのかな、お前さんとは気が合う。

    お前さんの顔を日に一遍いっぺんは見ないと、なんだかもの寂しくって

    いけないよ。


八五郎:あ、そうすか?どうもありがとうございやす。

    いや、あっしもね、日に一遍いっぺんはご隠居いんきょの顔を見ねえってぇとーー


ご隠居:寂しいかい?


八五郎:つうじがつかないんですよ。


ご隠居:なんだい、人の顔でつうじをつける奴があるかい。

    まぁまぁ、粗茶そちゃだがおあがり。


八五郎:おっ、こいつァどうも。

    いつもご隠居いんきょんとこ来るとこの粗茶そちゃァご馳走ちそうになりやすがね、

    うめぇですよ、お宅の粗茶そちゃ


ご隠居:おいおい、粗末そまつなお茶と書いて粗茶そちゃだよ。


八五郎:そうそうそう、粗末そまつなのにしちゃうめぇですよ。


ご隠居:またそんなこと言ってんのかい。

    卑下ひげしたんだよ。


八五郎:はあ、ひげったんで?


ご隠居:ひげじゃない、卑下ひげ謙遜けんそんしたんだよ。


八五郎:え、いつ損したんですか?


ご隠居:分からないねお前さんは。

    この茶はそれなりにものはいいんだが、そこがおくゆかしい所だ。


八五郎:はぁはぁはぁ、おくゆかしい。

    つまりなんです、良い物を悪く言ったと、こういう事ですかい?


ご隠居:そういう事だな。


八五郎:はあぁなるほど、そう言ってくれりゃ分かりますよ。

    じゃあ今ひいてあるこれァ粗座布団そざぶとんだね。

    粗火鉢そひばちがあって、そこでもって粗茶(粗茶)に粗禿そはげあたまってな。


ご隠居:なんだい、粗禿そはげあたまてのは。


八五郎:粗茶菓子そちゃがしはまだ出ねえかな?


ご隠居:やれやれ、お茶菓子ちゃがし催促さいそくかい。

    何がいい?


八五郎:へへ、何がいいって、改めて聞かれると困っちゃうね。


ご隠居:困ることはないよ。好きなの言いな。


八五郎;そうすか、それじゃちと小腹こばらがすいているんで、

    うなどん頼んでいいですかね?


ご隠居:茶菓子ちゃがしにうなどん食べる奴があるかい。


八五郎:へへへ、じゃ天丼てんどん


ご隠居:めしの上に乗っかってるもんが変わっただけだろうが。

    ようかんとかどうだな?


八五郎:ようかん! ようかんねぇ。


ご隠居:ダメかい?


八五郎:いやぁダメってわけじゃないんですけど、だらしがねぇんです。

    もう十本も食うとげんなりして、あと手が出ないもんで。


ご隠居:そんなに食べられてたまるかい。

    じゃ、ようかんにするか。

    ばあさん、ようかんを切っておくれ、ああそうそう、厚めにな。

    ようかんは薄く切ると了見りょうけんを見られるからね。


八五郎:そうそうそう! 厚くね、厚く切るんだよ!

    厚く切んなきゃダメだよ、ばあさん!

    薄く切ったら貧乏びんぼったらしねぇからね!

    分かったねばあさん!おいばあさん!おい!


ご隠居:こらこら、お前までばあさんばあさんっていう奴があるか。


八五郎:へへへ…くなよぅ。


ご隠居:誰がくかい。

    まぁ、ゆっくりしていきな。


八五郎:ええ、ゆっくりさせてもらいやすよ。

    泊りがけで。


ご隠居:そんなにゆっくりしなくていい。


八五郎:けど、ご隠居いんきょのとこに来るといつも思うんですけどね、

    ご隠居は絵が好きじゃありませんか?


ご隠居:ほぉ、うれしいね。

    いろんなのがたずねてくるけどね、そう言ってくれるのはお前さん

    くらいなもんだよ。

    これはあたしの道楽どうらくでね。


八五郎:へえ、絵がご隠居いんきょ道楽どうらくなんで?

    その年で道楽どうらくってなぁえらいねえ。


ご隠居:絵だけじゃない。

    あたしの道楽どうらくはね、書画骨董しょがこっとうだ。


八五郎:え?


ご隠居:書画骨董しょがこっとうだ。


八五郎:しょが…あぁあれですか!

    あんまりやりすぎるってえと鼻の頭が赤くなるやつね。


ご隠居:なんだいそりゃ。


八五郎:生姜しょうがでしょ?


ご隠居:生姜しょうがじゃない、書画しょがだ。

    字とか絵だな。


八五郎:あ、そうすか。

    売って。


ご隠居:売ってじゃないよ。

    見て楽しむんだ。書く時もあるがな。


八五郎:あぁなるほどねぇ。

    だからご隠居いんきょのとこへ来るってえと、ヘコのんとこに

    なんかぶら下げてたり、色んなの置いてあったりするんですな!


ご隠居:なに?


八五郎:ヘコのね。


ご隠居:とこだろ。


八五郎:いやいや、そこ、へこんでるよね。


ご隠居:へこんでてもとこだ。


八五郎:ーーとはこれいかに?


ご隠居:問答もんどうをしかけるやつがあるかい。


八五郎:でもそのご隠居いんきょの後ろにある、それ、面白おもしろいですよ。

    なんだか屏風びょうぶみてえなものが立て回してあってさ、

    よく分からねえ、小汚こきたねえゴミみてえなもんがさ、

    ペタペタペタペタ張り付いてますけど、

    なんですこれ?


ご隠居:こらこら、人の家に来て「小汚こきたねえ」って言いぐさがあるかい。

    これは貼りぜの小屏風こびょうぶというものだ。

    おもに歴史画れきしがあつかって、古びた所が値打ねうちだ。


八五郎:っあぁなるほど、あぁ、そうすか!

    歴史画れきしがって何です?


ご隠居:昔あった事を絵にいたものだ。


八五郎:あ、昔の!

    だからさむらいの絵かなんかあるんだ、ふーん。

    あの一番上の絵、面白おもしろいすよ。気に入ったね。

    なんかこう、ちょろちょろちょろちょろ流れの所にさ、

    なんだかシイタケがあおりをらったようなのをかぶったさむらいが、

    虎の皮の股引ももひきはいて、弓矢を持って突っ立ってるね。

    んで、そばに洗いがみの女がぼんの上に黄色いもん乗せて出してますけ

    ど、何です、この絵は?


ご隠居:お前さんは変な絵の見方みかたをするね。

    シイタケがあおりをらったって奴があるか。

    これは騎射笠きしゃがさというかさだ。

    いてるのは虎の皮の股引ももひきではない、「むかばき」だ。

    弓を持って立ってるだろ、狩装束かりしょうぞくと言うんだ。


八五郎:へえ、どっかから借りてきたんで?

    さむらいってのも貧乏びんぼうなもんですな。


ご隠居:借りてきたんじゃない、狩り、狩猟しゅりょうだ。

    そばにいる女も洗いがみじゃない、下げがみだ。

    ぼんの上に乗せてあるのはこれァね、山吹やまぶきの枝だよ。


八五郎:あ、これ山吹やまぶきの枝ですか!

    なんか黄色いもんが乗っかってっから何かと思ったね。

    んで、誰ですかこれ。


ご隠居:誰って…お前さん、知らんのか?


八五郎:知らないよ。会ったことねえし。


ご隠居:そりゃ会ったことあるわけないだろ。

    太田道灌公おおたどうかんこうだよ。


八五郎:ああ、大きな土管工どかんこうですか。


ご隠居:そうじゃないよ。

    太田左衛門大夫持資おおたさえもんのたゆうもちすけ、のちに入道にゅうどうして、道灌どうかんとなられたおかただ。


八五郎:はあ。ところでこれ、何してるところなんです?


ご隠居:て乱を忘れずだ。

    足慣あしならしの為に山中さんちゅう狩倉かりくらへお出かけになったところだな。


八五郎:「かりくら」ってぇと、山ん中に蔵を借りて歩いたんで?

    誰が貸してくれるの?


ご隠居:そんな馬鹿な話はない。

    今の言葉で言う、りょうだな。


八五郎:「りょう」ってぇ言いますと?


ご隠居:獣猟じゅうりょうだな。


八五郎:十両じゅうりょう

    フンドシかつぎかい?


ご隠居:相撲すもう取りじゃない、鷹野たかのだ。


八五郎:ああ、新宿しんじゅくの先の。


ご隠居:そりゃ中野だよ。野駆のがけとも言うな。


八五郎:ああー、それだったら分かりますよ。

    朝が来るってぇと、ぼーっと薄明うすあかるくなるやつね。


ご隠居:そりゃ夜明けだよ。

    早い話が、山の中に鳥や獣をりに行ったという事だ。


八五郎:なぁんだ、猛獣狩りかぁ。

    で、じゅうりょう? 五両が二枚?


ご隠居:まだそんなこと言うのかい。

    面白おもしろくないよ。


八五郎:面白おもしろくしようと思っていろんなこと言ってるんだけどね。

    気に入らない?


ご隠居:気に入らんね。


八五郎:あ、そう。

    それで、どうしたんで?


ご隠居:狩りの最中さなか、にわかの村雨むらさめだな。


八五郎:え?


ご隠居:村雨むらさめだ。


八五郎:あ、ご馳走様ちそうさまです。


ご隠居:また始まった。

    春雨はるさめじゃないよ、村雨むらさめだよ?


八五郎:ぇっ、あ!村雨むらさめですか!

    いや、村雨むらさめなら村雨むらさめとそう言って下さいよ!

    なんだ村雨むらさめですかぁ!村雨むらさめとくりゃわけないですね!

    ははは村雨むらさめ!……て、なんです?


ご隠居:知らないんならハナっから聞きな。

    村雨むらさめってのはね、雨だよ。


八五郎:雨なら雨とそう言いやいいじゃないですか!

    それをご隠居いんきょ村雨むらさめだなんて…異国語いこくごじゃ分からない。


ご隠居:異国語いこくごじゃないよ。

    道灌公どうかんこう雨具あまぐの持ち合わせがなかった。

    ふとかたわらを見ると、一軒のあばらがあったな。


八五郎:油屋あぶらや?ほお、商売になんのかね?

    油高いんだろ?


ご隠居:いや、あばらだよ。


八五郎:あばらってなんです?


ご隠居:壊れかかったみすぼらしい家の事を、あばらってんだよ。


八五郎:へえ、じゃあ丈夫じょうぶで壊れねえ家は、背骨家せぼねやとか?


ご隠居:そんな言葉はないよ。

    道灌公どうかんこう雨具あまぐを借りようとそこを訪れる。

    すると中から、二八にはちばかりになるしずが現れたな。


八五郎:はぁ、家が古かったんで巣食すくってましたか。


ご隠居:何が?


八五郎:いや、すずめって言うから。


ご隠居:すずめじゃない、しず

    身分の低い、いやしい少女の事だ。

    道灌公どうかんこう雨具あまぐ所望しょもうすると、その娘さんがぽーっとほおを赤らめ、

    中に入ると再び出て来た。

    その時にぼんの上に山吹やまぶきの枝を一枝ひとえだ手折たおったものを乗せて、

    「おはずかしゅうございます」と言って差し出したな。


八五郎:バカだねぇ。

    その田舎娘いなかむすめは気がきかないんですよ。

    あっしだったらんなもん出さねえで、いもの葉っぱかはすの葉っぱを

    出すね。

    アレぁ葉っぱが大きいからかさの代わりになりますからね。

    【手を一つ叩いて】

    そうだ読めた!

    その娘の言いてえのは、その山吹やまぶきの枝でもって雨を払いながら

    帰れってんですかい?


ご隠居:そんな事ができるわけないだろう。

    お前さんにはわからないのも無理はない。

    道灌公どうかんこうもその時お分かりでなかった。

    しばし呆然ぼうぜんとなさっていると中村数馬なかむらかずまというご家来けらいが進み出て、


家来:恐れながら申し上げます。

   古い和歌わかに、

   「七重八重ななえやえ 花は咲けども山吹やまぶきの の一つだに なきぞ悲しき」

   というのがございます。

   山吹やまぶきというのは花が咲いてものならないもの、

   ”みの”と”の”を掛けての断りの意味でございましょう。


ご隠居:そう聞くと道灌公どうかんこうは、はたとひざを打たれ、


道灌:ううむ、はまだ歌道かどうに暗いな。

   このような事ではいかん。


ご隠居:そうおっしゃって、そのままご帰城きじょうになったと、

    こういうわけだ。


八五郎:はぁはぁはぁ、なんだか難しくてよく分からねえですけど、

    早い話がその道灌どうかんってえれぇ殿様が、田舎娘いなかむすめにペーンと

    一本取られた、こういうわけですな!


ご隠居:まぁ、そういう形になるかな。


八五郎:へぇ、てぇしたもんだ。

    そういう話は好きだね、投げ飛ばしたみたいなもんだ。

    で、それからその道灌どうかんって殿様はどうしたんで?


ご隠居:それからはその娘さんに負けないように、恥じないように一生懸命いっしょうけんめい

    和歌わかを勉強し、のちには日本でも指折ゆびおりの大歌人だいかじんとなったな。


八五郎:へえ、水が少ねぇし、昔はよく燃えるね!


ご隠居:な、なんだねその、燃えるねてのは。


八五郎:え、だって日本一の大火事だいかじだってんでしょ?

    八百屋おしちの火事とかさ、振袖ふりそで火事ーー


ご隠居:【↑の語尾に喰い気味に】

    そうじゃない、かじん、歌人うたびとだ。


八五郎:え?ぬかみそ?


ご隠居:何でそういう間違まちがい方をするかね。

    歌をむ人の事を歌人かじんて言うんだよ。


八五郎:へえ、じゃ、「かどう」に暗いってのはなんです?


ご隠居:そりゃ、娘さんの出した歌の謎がけなかっただろう?

    歌の道に暗い、だから歌道かどうに暗い、だ。


八五郎:ほーん、じゃあ、「ごきじょう」になったてのは?


ご隠居:お城に帰ったんだよ。


八五郎:えっ、じゃあ道灌どうかんて人はなんですか、

    さむらいじゃなくて貴族だったんで?


ご隠居:どうして?


八五郎:いや、おしろい塗ったって言うから。


ご隠居:おしろいじゃないよ、お城。


八五郎:えっ!?

    道灌どうかんさんお城持ってたの!?


ご隠居:お前さんはなんにも知らないんだね。

    有名なまるうち千代田ちよだのお城、あれは道灌公どうかんこうきずかれたんだよ。


八五郎:へへ、そりゃうそだあご隠居いんきょうそつき。

    あのお城はね、うちの死んだじいさんが徳川様の、

    権現ごんげん様のお城だって、そう言ってましたよ。


ご隠居:いや、もともと道灌公どうかんこうのものだったのが、後に徳川様のものに

    なったんだよ。


八五郎:あ、そうなんで。初耳はつみみだね。

    じゃ、早い話がなんだ、徳川さんが太田おおたさんからーー


ご隠居:なんだいその徳川さんとか太田おおたさんとかってのは。


八五郎:へへ、でも分かりやすく言うと、城を買ったんだ。


ご隠居:買ったわけじゃないよ。

        

八五郎:買ったんだよ。しかも安かったに違いないね。


ご隠居:どうして?


八五郎:家安いえやす、ってね。


ご隠居:それが言いたかっただけだろ。

    くだらないこと言うね。


八五郎:へへ、そうすか?

    あ、そうだ。

    さっき出てきた歌、書いてくださいよ。


ご隠居:ほう、えらいな。覚えるのかい?


八五郎:いやあ、覚えるってわけじゃねえんですけどね、

    うちにもたちの悪い道灌どうかんがまあよく来るんで。


ご隠居:なんだいその、たちのよくない道灌どうかんてのは。


八五郎:あれですよ、雨具あまぐ借りに来るのが道灌どうかんなんでしょ?

    雨が降るってェとやってくる。

    で、貸した日にゃもう返ってこないんですよ。

    売っちゃったりなんかするんで。


ご隠居:なんだい、人に物を借りて売る奴がいるのかい?


八五郎:あるんですよ、あっしも売るから。


ご隠居:いや、売っちゃったらダメだろ。


八五郎:だからね、今度来たらその歌でもってポーンと断ってやろうかと

    思って。


ご隠居:そりゃよしたほうがいいよ。無理だ。

    おまえさんの友達にあの歌見せたって分かるのがいるのかい?


八五郎:いいんですよ、こっちさえ心得こころえてりゃそれで。

    聞かなきゃ張り倒すんだから。


ご隠居:乱暴だな。


八五郎:書いてよ~、書いてくれよ~。

    書きてえくせに。


ご隠居:バカなこと言うんじゃないよ。

    まあ、一遍いっぺん言い出したらおまえさんは聞かないからな。

    どれ、書いてあげよう。


    【二拍】


    よし、できたぞ。

    いちおう仮名かなで書いておいたからな。

    それだったら読めるだろ。


八五郎:あ、そうすか!ありがとうございます!

    仮名かなだったらあっしも読めますからね!

    漢字ってやつはやだねぇ、かたっ苦しくていけねえ。

    感じ(漢字)が悪くてかな(仮名)わねえってね。


ご隠居:妙な洒落しゃれだな。


八五郎:え~と、おぉなるほど、書いてある。

    どうだいこいつは、うまいね。


ご隠居:ちゃんと分かるかい?


八五郎:わかんない。


ご隠居:分からないでめる奴があるか。


八五郎:いやいや、分かりますって。

    え~……ななひぇやひぇ。


ご隠居:おいおい、しっかりしてくれよ。

    お前さんいくつになったんだい。

    そりゃ、「ななえやえ」てんだよ。


八五郎:あぁそうだった。ななえやえね、ななえやえ。

    は、は、は、はな、は、さけ、とも…


ご隠居:そうじゃないよ。笑われるよ。

    濁点だくてん書いてなくとも、ちゃんとつけて読みな。


八五郎:あぁ、ばなばざげどもーー


ご隠居:しょうがないな、お前さんは。

    「七重八重ななえやえ 花はけども山吹やまぶき)の の一つだに 無きぞ悲しき

    」だよ。


八五郎:へへ、ありがとうございます!

    それじゃ、あっしはこれで家へ帰りますんで。


ご隠居:なんだい、せっかく来たんだ。

    お茶をれ直すから、もうちょっとゆっくりしてってもいいだろ

    うに。


八五郎:いやぁ、それがそうもいかねえんです。

    おもてを見てくださいよ。

    なんだか暗くなってきたでしょう。

    これァひと雨きますよ。村雨むらさめがね、でぇーっと。

    下手するとあっしが道灌どうかんになっちまいますからね、

    だから家へスーッと帰ってね、道灌どうかんが来るのを待ってますんで。

    またひまになったら顔出しますから!

    どうも、ありがとうございました!


    【二拍】


    へへへなるほどなァ。

    やっぱり何のかんのと聞いとかなくちゃいけないね。

    ご隠居いんきょはいろんなこと知ってんなァおい。

    やっぱ伊達だて年食としくっちゃいないねぇ。


    おっ?

    おお?


    ほォらいわんこっちゃねえ、ぼつぼつ来だした。

    降ってきやがったよ。

    急げ急げ…っとォ!

    へへ、家に着いた途端とたん大村雨おおむらさめって奴だねこいつは。

    だしぬけ村雨むらさめ底抜そこぬ村雨むらさめ

    色んな道灌どうかんおもてを走ってるよ、へへっ。

    ザマぁ見ろィ、こっちは一足先にしずだ。

    おもての奴らァ道灌どうかんでェ。

    おかみさんも道灌どうかん、ババァも道灌どうかん、あ、転びやがった。

    おっ、屋根の上にゃ猫の道灌どうかんが歩いてやがらァ。

    あし道灌どうかんがのんびりしてるねぇ、へへ。


友達:おうッ、いるかい!?

   すまねえ、借りもんだ、借りもんだよ!


八五郎:ほうら始まりやがったよ。

    …へへ、わかってんだ。何も言いやんな。

    こちとら万事ばんじ心得こころえてんだ。

    雨具あまぐを借りに来たんだろ?


友達:あン?なんだって?


八五郎:【少々強めに】

    雨具あまぐを、借りに来たんだろ?


友達:は?おいおい、なに言ってんだよ。

   この通り雨合羽あまがっぱ着てるじゃねえか。


八五郎:!おや、こいつ、合羽かっぱなんか着やがっ、このやろぉ。

    用意のいい道灌どうかんだな!


友達:なんだよその道灌どうかんてな?

   俺ァこれから千住せんじゅに出かけて車引っ張ってくるんでよ、帰りが遅く

   なるんだ。

   提灯ちょうちん)貸してくれ。


八五郎:っちょ、ちょうちんん!?よせよおい!

    おまえっ…どこの世に提灯ちょうちん借りに来る道灌どうかんがいるんだよ!

    道灌どうかん雨具あまぐだろ!


友達:だから合羽かっぱ着てるって言ってるだろ。


八五郎:着ててもいいから借りてけ!

    もう一枚着ろ!


友達:変なこと言うなよ。

   で、提灯ちょうちんあるかい?


八五郎:っちょ、提灯ちょうちんなんかねえよ…。


友達:あ、そう…ってうそつきゃがれィ!

   あそこにいっぱいかってんじゃねえかよ!


八五郎:あ…、見える?


友達:見えるよ!


八五郎:…いや、目をつぶればないぞ。

    あってもない。


友達:ほお、そういうこと言うのかい。

   そうかそうか、よし、おめえの了見りょうけんは分かった。

   じゃあこないだの寿司しすの割りまえ払え。


八五郎:おいおい、ここでその催促さいそくするのかよ!

    じゃ、じゃあじゃあわかった!

    お前が雨具あまぐを貸してくれって言ったら、

    わきからこう、そっと提灯ちょうちん出すから。


友達:なんだそりゃ。

   そんな遊びして何が楽しいんだよお前、ええ?

   ~~わかったわかった。


   【ぶっきら棒に】   

   雨具あまぐ、貸してくれ。


八五郎:っへへ…やっと素直すなおになりやがったなこんちきしょう。

    こうなりゃしずとくらァ。

    女形おんながたなんだから驚くんじゃねえぞ。


    おはずかしゅうございまーー


友達:なんだそりゃ!気持ち悪いな!

   おめえ、気でもふれたんじゃねえのか?


八五郎:いいからこれ読め!


友達:なんだよこの紙っ切れ。

   え~、「ななへやへ」


八五郎:【ちょっと嬉しそう】

    このやろう、そらぁそうやって読むんじゃねえんだ。

    いいかぁ、よく聞いてろ。

    【途中からうろおぼえに】

    「七重八重ななえやえ 花はけども……や、山伏やまぶしの 味噌みそひとだる

    なべかましき」。


友達:なに言ってんだよ!

   こりゃおめえの考えた都都逸どどいつなんかか!?


八五郎:都都逸どどいつ!?それ見て都都逸どどいつって言うとこを見ると、

    おめえもよっぽど歌道かどうに暗いな!


友達:ああ、かどが暗いから提灯ちょうちん借りに来たんだ。




終劇


参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

三遊亭円楽(七代目)

古今亭志ん生(五代目)



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