落語声劇「道灌」
落語声劇「道灌」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:気性のさっぱりした男だが、物を知らない。
いつも仲良くしているご隠居の所へ今日も今日とて遊びに行く。
ご隠居:落語の世界では横丁の角に住んでいる事が多い、そしてたいてい
物知りだったり知ったかぶりだったりする。
この噺のご隠居は物知りのほう。
友達:八五郎の友達。
物を借りに来る。
道灌:フルネームは太田道灌。
道灌は出家後の法名で、本来の名は太田資長(持資とも)
室町後期に活躍した武将で、学者としても歌人としても一流の定評
がある。
家来:太田道灌の家来、中村数馬。
●配役例
八五郎・道灌・家来:
ご隠居・友達・枕:
枕:えー、落語と申しますものは、いちばん端は小噺と言って
短いものから、だんだんに長いのができるようなわけで。
初っ端は洒落ですな。
洒落というものが色々に広がって、面白くなっていくんですな。
落語の世界に出てくる人物てのはこれはもうお馴染みで、
八っつぁんに熊さんに与太郎、甚兵衛さんてのがいます。
これらがまたお馴染みの、横丁に住んでいるご隠居の所に遊びに行く
、こういうところから話の幕が上がろうというわけで。
八五郎:ちわー!ご隠居いますかー?
ご隠居:はいはいどなた…おお、八っつぁんじゃないか。
まぁまぁおあがり。
八五郎:あ、どうも、ご馳走様です。
ご隠居:え?
八五郎:ご馳走様です。
ご隠居:なんだいそのご馳走様ですってのは?
八五郎:だって、いまご隠居言わなかったですか?
飯おあがり、って。
ご飯をご馳走してくれるってんですよね?
ご隠居:飯おあがりじゃあない。
まぁまぁおあがりと、そう言ったんだ。
まあ、ゆっくりしてお行き。
八五郎:あ、そうなんすか…まんまじゃねえんで…なんだ…。
ご隠居:おいおい、がっかりするんじゃないよ。
それで、今日はどうしたんだ?
八五郎:いやね、今日は仕事がハンチクになっちまって、
家でゴロゴロしてんのもつまらねえと思ったんで、
ご隠居んとこで茶でもすすりながらね、
世間話でもしたら面白いだろうなってんで出てきたんで。
ご隠居:そうかい。
お前さんはなんて言うのかな、気性がさっぱりしている。
あたしはそんなお前さんが好きなんだ。
合縁奇縁とでも言うのかな、お前さんとは気が合う。
お前さんの顔を日に一遍は見ないと、なんだかもの寂しくって
いけないよ。
八五郎:あ、そうすか?どうもありがとうございやす。
いや、あっしもね、日に一遍はご隠居の顔を見ねえってぇとーー
ご隠居:寂しいかい?
八五郎:通じがつかないんですよ。
ご隠居:なんだい、人の顔で通じをつける奴があるかい。
まぁまぁ、粗茶だがおあがり。
八五郎:おっ、こいつァどうも。
いつもご隠居んとこ来るとこの粗茶ァご馳走になりやすがね、
うめぇですよ、お宅の粗茶。
ご隠居:おいおい、粗末なお茶と書いて粗茶だよ。
八五郎:そうそうそう、粗末なのにしちゃうめぇですよ。
ご隠居:またそんなこと言ってんのかい。
卑下したんだよ。
八五郎:はあ、ひげ剃ったんで?
ご隠居:ひげじゃない、卑下、謙遜したんだよ。
八五郎:え、いつ損したんですか?
ご隠居:分からないねお前さんは。
この茶はそれなりに物はいいんだが、そこが奥ゆかしい所だ。
八五郎:はぁはぁはぁ、奥ゆかしい。
つまりなんです、良い物を悪く言ったと、こういう事ですかい?
ご隠居:そういう事だな。
八五郎:はあぁなるほど、そう言ってくれりゃ分かりますよ。
じゃあ今ひいてあるこれァ粗座布団だね。
粗火鉢があって、そこでもって粗茶(粗茶)に粗禿あたまってな。
ご隠居:なんだい、粗禿あたまてのは。
八五郎:粗茶菓子はまだ出ねえかな?
ご隠居:やれやれ、お茶菓子の催促かい。
何がいい?
八五郎:へへ、何がいいって、改めて聞かれると困っちゃうね。
ご隠居:困ることはないよ。好きなの言いな。
八五郎;そうすか、それじゃちと小腹がすいているんで、
うな丼頼んでいいですかね?
ご隠居:茶菓子にうな丼食べる奴があるかい。
八五郎:へへへ、じゃ天丼。
ご隠居:飯の上に乗っかってるもんが変わっただけだろうが。
ようかんとかどうだな?
八五郎:ようかん! ようかんねぇ。
ご隠居:ダメかい?
八五郎:いやぁダメってわけじゃないんですけど、だらしがねぇんです。
もう十本も食うとげんなりして、あと手が出ないもんで。
ご隠居:そんなに食べられてたまるかい。
じゃ、ようかんにするか。
ばあさん、ようかんを切っておくれ、ああそうそう、厚めにな。
ようかんは薄く切ると了見を見られるからね。
八五郎:そうそうそう! 厚くね、厚く切るんだよ!
厚く切んなきゃダメだよ、ばあさん!
薄く切ったら貧乏ったらしねぇからね!
分かったねばあさん!おいばあさん!おい!
ご隠居:こらこら、お前までばあさんばあさんっていう奴があるか。
八五郎:へへへ…妬くなよぅ。
ご隠居:誰が妬くかい。
まぁ、ゆっくりしていきな。
八五郎:ええ、ゆっくりさせてもらいやすよ。
泊りがけで。
ご隠居:そんなにゆっくりしなくていい。
八五郎:けど、ご隠居のとこに来るといつも思うんですけどね、
ご隠居は絵が好きじゃありませんか?
ご隠居:ほぉ、嬉しいね。
いろんなのが訪ねてくるけどね、そう言ってくれるのはお前さん
くらいなもんだよ。
これはあたしの道楽でね。
八五郎:へえ、絵がご隠居の道楽なんで?
その年で道楽ってなぁ偉いねえ。
ご隠居:絵だけじゃない。
あたしの道楽はね、書画骨董だ。
八五郎:え?
ご隠居:書画骨董だ。
八五郎:しょが…あぁあれですか!
あんまりやりすぎるってえと鼻の頭が赤くなるやつね。
ご隠居:なんだいそりゃ。
八五郎:生姜でしょ?
ご隠居:生姜じゃない、書画だ。
字とか絵だな。
八五郎:あ、そうすか。
売って。
ご隠居:売ってじゃないよ。
見て楽しむんだ。書く時もあるがな。
八五郎:あぁなるほどねぇ。
だからご隠居のとこへ来るってえと、ヘコの間んとこに
なんかぶら下げてたり、色んなの置いてあったりするんですな!
ご隠居:なに?
八五郎:ヘコの間ね。
ご隠居:床の間だろ。
八五郎:いやいや、そこ、へこんでるよね。
ご隠居:へこんでても床の間だ。
八五郎:ーーとはこれいかに?
ご隠居:問答をしかける奴があるかい。
八五郎:でもそのご隠居の後ろにある、それ、面白いですよ。
なんだか屏風みてえなものが立て回してあってさ、
よく分からねえ、小汚ねえゴミみてえなもんがさ、
ペタペタペタペタ張り付いてますけど、
なんですこれ?
ご隠居:こらこら、人の家に来て「小汚ねえ」って言い草があるかい。
これは貼り雑ぜの小屏風というものだ。
おもに歴史画を扱って、古びた所が値打ちだ。
八五郎:っあぁなるほど、あぁ、そうすか!
歴史画って何です?
ご隠居:昔あった事を絵に描いたものだ。
八五郎:あ、昔の!
だから侍の絵かなんかあるんだ、ふーん。
あの一番上の絵、面白いすよ。気に入ったね。
なんかこう、ちょろちょろちょろちょろ流れの所にさ、
なんだかシイタケが煽りを喰らったようなのを被った侍が、
虎の皮の股引はいて、弓矢を持って突っ立ってるね。
んで、傍に洗い髪の女が盆の上に黄色いもん乗せて出してますけ
ど、何です、この絵は?
ご隠居:お前さんは変な絵の見方をするね。
シイタケが煽りを喰らったって奴があるか。
これは騎射笠という笠だ。
履いてるのは虎の皮の股引ではない、「むかばき」だ。
弓を持って立ってるだろ、狩装束と言うんだ。
八五郎:へえ、どっかから借りてきたんで?
侍ってのも貧乏なもんですな。
ご隠居:借りてきたんじゃない、狩り、狩猟だ。
傍にいる女も洗い髪じゃない、下げ髪だ。
盆の上に乗せてあるのはこれァね、山吹の枝だよ。
八五郎:あ、これ山吹の枝ですか!
なんか黄色いもんが乗っかってっから何かと思ったね。
んで、誰ですかこれ。
ご隠居:誰って…お前さん、知らんのか?
八五郎:知らないよ。会ったことねえし。
ご隠居:そりゃ会ったことあるわけないだろ。
太田道灌公だよ。
八五郎:ああ、大きな土管工ですか。
ご隠居:そうじゃないよ。
太田左衛門大夫持資、のちに入道して、道灌となられたお方だ。
八五郎:はあ。ところでこれ、何してるところなんです?
ご隠居:治に居て乱を忘れずだ。
足慣らしの為に山中へ狩倉へお出かけになったところだな。
八五郎:「かりくら」ってぇと、山ん中に蔵を借りて歩いたんで?
誰が貸してくれるの?
ご隠居:そんな馬鹿な話はない。
今の言葉で言う、猟だな。
八五郎:「りょう」ってぇ言いますと?
ご隠居:獣猟だな。
八五郎:十両?
フンドシ担ぎかい?
ご隠居:相撲取りじゃない、鷹野だ。
八五郎:ああ、新宿の先の。
ご隠居:そりゃ中野だよ。野駆けとも言うな。
八五郎:ああー、それだったら分かりますよ。
朝が来るってぇと、ぼーっと薄明るくなるやつね。
ご隠居:そりゃ夜明けだよ。
早い話が、山の中に鳥や獣を獲りに行ったという事だ。
八五郎:なぁんだ、猛獣狩りかぁ。
で、じゅうりょう? 五両が二枚?
ご隠居:まだそんなこと言うのかい。
面白くないよ。
八五郎:面白くしようと思っていろんなこと言ってるんだけどね。
気に入らない?
ご隠居:気に入らんね。
八五郎:あ、そう。
それで、どうしたんで?
ご隠居:狩りの最中、にわかの村雨だな。
八五郎:え?
ご隠居:村雨だ。
八五郎:あ、ご馳走様です。
ご隠居:また始まった。
春雨じゃないよ、村雨だよ?
八五郎:ぇっ、あ!村雨ですか!
いや、村雨なら村雨とそう言って下さいよ!
なんだ村雨ですかぁ!村雨とくりゃわけないですね!
ははは村雨!……て、なんです?
ご隠居:知らないんならハナっから聞きな。
村雨ってのはね、雨だよ。
八五郎:雨なら雨とそう言いやいいじゃないですか!
それをご隠居、村雨だなんて…異国語じゃ分からない。
ご隠居:異国語じゃないよ。
道灌公は雨具の持ち合わせがなかった。
ふと傍らを見ると、一軒のあばら家があったな。
八五郎:油屋?ほお、商売になんのかね?
油高いんだろ?
ご隠居:いや、あばら家だよ。
八五郎:あばら家ってなんです?
ご隠居:壊れかかったみすぼらしい家の事を、あばら家ってんだよ。
八五郎:へえ、じゃあ丈夫で壊れねえ家は、背骨家とか?
ご隠居:そんな言葉はないよ。
道灌公が雨具を借りようとそこを訪れる。
すると中から、二八ばかりになる賤の女が現れたな。
八五郎:はぁ、家が古かったんで巣食ってましたか。
ご隠居:何が?
八五郎:いや、雀って言うから。
ご隠居:雀じゃない、賤の女。
身分の低い、いやしい少女の事だ。
道灌公が雨具を所望すると、その娘さんがぽーっと頬を赤らめ、
中に入ると再び出て来た。
その時に盆の上に山吹の枝を一枝手折ったものを乗せて、
「おはずかしゅうございます」と言って差し出したな。
八五郎:バカだねぇ。
その田舎娘は気がきかないんですよ。
あっしだったらんなもん出さねえで、芋の葉っぱか蓮の葉っぱを
出すね。
アレぁ葉っぱが大きいから笠の代わりになりますからね。
【手を一つ叩いて】
そうだ読めた!
その娘の言いてえのは、その山吹の枝でもって雨を払いながら
帰れってんですかい?
ご隠居:そんな事ができるわけないだろう。
お前さんにはわからないのも無理はない。
道灌公もその時お分かりでなかった。
しばし呆然となさっていると中村数馬というご家来が進み出て、
家来:恐れながら申し上げます。
古い和歌に、
「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」
というのがございます。
山吹というのは花が咲いても実のならないもの、
”蓑”と”実の”を掛けての断りの意味でございましょう。
ご隠居:そう聞くと道灌公は、はたと膝を打たれ、
道灌:ううむ、予はまだ歌道に暗いな。
このような事ではいかん。
ご隠居:そうおっしゃって、そのままご帰城になったと、
こういうわけだ。
八五郎:はぁはぁはぁ、なんだか難しくてよく分からねえですけど、
早い話がその道灌って偉ぇ殿様が、田舎娘にペーンと
一本取られた、こういうわけですな!
ご隠居:まぁ、そういう形になるかな。
八五郎:へぇ、てぇしたもんだ。
そういう話は好きだね、投げ飛ばしたみたいなもんだ。
で、それからその道灌って殿様はどうしたんで?
ご隠居:それからはその娘さんに負けないように、恥じないように一生懸命
和歌を勉強し、のちには日本でも指折りの大歌人となったな。
八五郎:へえ、水が少ねぇし、昔はよく燃えるね!
ご隠居:な、なんだねその、燃えるねてのは。
八五郎:え、だって日本一の大火事だってんでしょ?
八百屋お七の火事とかさ、振袖火事ーー
ご隠居:【↑の語尾に喰い気味に】
そうじゃない、かじん、歌人だ。
八五郎:え?ぬかみそ?
ご隠居:何でそういう間違い方をするかね。
歌を詠む人の事を歌人て言うんだよ。
八五郎:へえ、じゃ、「かどう」に暗いってのはなんです?
ご隠居:そりゃ、娘さんの出した歌の謎が解けなかっただろう?
歌の道に暗い、だから歌道に暗い、だ。
八五郎:ほーん、じゃあ、「ごきじょう」になったてのは?
ご隠居:お城に帰ったんだよ。
八五郎:えっ、じゃあ道灌て人はなんですか、
侍じゃなくて貴族だったんで?
ご隠居:どうして?
八五郎:いや、おしろい塗ったって言うから。
ご隠居:おしろいじゃないよ、お城。
八五郎:えっ!?
道灌さんお城持ってたの!?
ご隠居:お前さんはなんにも知らないんだね。
有名な丸の内の千代田のお城、あれは道灌公が築かれたんだよ。
八五郎:へへ、そりゃ嘘だあご隠居の嘘つき。
あのお城はね、うちの死んだじいさんが徳川様の、
権現様のお城だって、そう言ってましたよ。
ご隠居:いや、もともと道灌公のものだったのが、後に徳川様のものに
なったんだよ。
八五郎:あ、そうなんで。初耳だね。
じゃ、早い話がなんだ、徳川さんが太田さんからーー
ご隠居:なんだいその徳川さんとか太田さんとかってのは。
八五郎:へへ、でも分かりやすく言うと、城を買ったんだ。
ご隠居:買ったわけじゃないよ。
八五郎:買ったんだよ。しかも安かったに違いないね。
ご隠居:どうして?
八五郎:家安、ってね。
ご隠居:それが言いたかっただけだろ。
くだらないこと言うね。
八五郎:へへ、そうすか?
あ、そうだ。
さっき出てきた歌、書いてくださいよ。
ご隠居:ほう、えらいな。覚えるのかい?
八五郎:いやあ、覚えるってわけじゃねえんですけどね、
うちにも質の悪い道灌がまあよく来るんで。
ご隠居:なんだいその、質のよくない道灌てのは。
八五郎:あれですよ、雨具借りに来るのが道灌なんでしょ?
雨が降るってェとやってくる。
で、貸した日にゃもう返ってこないんですよ。
売っちゃったりなんかするんで。
ご隠居:なんだい、人に物を借りて売る奴がいるのかい?
八五郎:あるんですよ、あっしも売るから。
ご隠居:いや、売っちゃったらダメだろ。
八五郎:だからね、今度来たらその歌でもってポーンと断ってやろうかと
思って。
ご隠居:そりゃよしたほうがいいよ。無理だ。
おまえさんの友達にあの歌見せたって分かるのがいるのかい?
八五郎:いいんですよ、こっちさえ心得てりゃそれで。
聞かなきゃ張り倒すんだから。
ご隠居:乱暴だな。
八五郎:書いてよ~、書いてくれよ~。
書きてえくせに。
ご隠居:バカなこと言うんじゃないよ。
まあ、一遍言い出したらおまえさんは聞かないからな。
どれ、書いてあげよう。
【二拍】
よし、できたぞ。
いちおう仮名で書いておいたからな。
それだったら読めるだろ。
八五郎:あ、そうすか!ありがとうございます!
仮名だったらあっしも読めますからね!
漢字ってやつはやだねぇ、堅っ苦しくていけねえ。
感じ(漢字)が悪くてかな(仮名)わねえってね。
ご隠居:妙な洒落だな。
八五郎:え~と、おぉなるほど、書いてある。
どうだいこいつは、うまいね。
ご隠居:ちゃんと分かるかい?
八五郎:わかんない。
ご隠居:分からないで褒める奴があるか。
八五郎:いやいや、分かりますって。
え~……ななひぇやひぇ。
ご隠居:おいおい、しっかりしてくれよ。
お前さんいくつになったんだい。
そりゃ、「ななえやえ」てんだよ。
八五郎:あぁそうだった。ななえやえね、ななえやえ。
は、は、は、はな、は、さけ、とも…
ご隠居:そうじゃないよ。笑われるよ。
濁点書いてなくとも、ちゃんとつけて読みな。
八五郎:あぁ、ばなばざげどもーー
ご隠居:しょうがないな、お前さんは。
「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき
」だよ。
八五郎:へへ、ありがとうございます!
それじゃ、あっしはこれで家へ帰りますんで。
ご隠居:なんだい、せっかく来たんだ。
お茶を煎れ直すから、もうちょっとゆっくりしてってもいいだろ
うに。
八五郎:いやぁ、それがそうもいかねえんです。
表を見てくださいよ。
なんだか暗くなってきたでしょう。
これァひと雨きますよ。村雨がね、でぇーっと。
下手するとあっしが道灌になっちまいますからね、
だから家へスーッと帰ってね、道灌が来るのを待ってますんで。
また暇になったら顔出しますから!
どうも、ありがとうございました!
【二拍】
へへへなるほどなァ。
やっぱり何のかんのと聞いとかなくちゃいけないね。
ご隠居はいろんなこと知ってんなァおい。
やっぱ伊達に年食っちゃいないねぇ。
おっ?
おお?
ほォらいわんこっちゃねえ、ぼつぼつ来だした。
降ってきやがったよ。
急げ急げ…っとォ!
へへ、家に着いた途端に大村雨って奴だねこいつは。
だしぬけ村雨底抜け村雨、
色んな道灌が表を走ってるよ、へへっ。
ザマぁ見ろィ、こっちは一足先に賤の女だ。
表の奴らァ道灌でェ。
おかみさんも道灌、ババァも道灌、あ、転びやがった。
おっ、屋根の上にゃ猫の道灌が歩いてやがらァ。
四つ足道灌がのんびりしてるねぇ、へへ。
友達:おうッ、いるかい!?
すまねえ、借りもんだ、借りもんだよ!
八五郎:ほうら始まりやがったよ。
…へへ、わかってんだ。何も言いやんな。
こちとら万事、心得てんだ。
雨具を借りに来たんだろ?
友達:あン?なんだって?
八五郎:【少々強めに】
雨具を、借りに来たんだろ?
友達:は?おいおい、なに言ってんだよ。
この通り雨合羽着てるじゃねえか。
八五郎:!おや、こいつ、合羽なんか着やがっ、このやろぉ。
用意のいい道灌だな!
友達:なんだよその道灌てな?
俺ァこれから千住に出かけて車引っ張ってくるんでよ、帰りが遅く
なるんだ。
提灯貸してくれ。
八五郎:っちょ、ちょうちんん!?よせよおい!
おまえっ…どこの世に提灯借りに来る道灌がいるんだよ!
道灌は雨具だろ!
友達:だから合羽着てるって言ってるだろ。
八五郎:着ててもいいから借りてけ!
もう一枚着ろ!
友達:変なこと言うなよ。
で、提灯あるかい?
八五郎:っちょ、提灯なんかねえよ…。
友達:あ、そう…って嘘つきゃがれィ!
あそこにいっぱい掛かってんじゃねえかよ!
八五郎:あ…、見える?
友達:見えるよ!
八五郎:…いや、目をつぶればないぞ。
あってもない。
友達:ほお、そういうこと言うのかい。
そうかそうか、よし、おめえの了見は分かった。
じゃあこないだの寿司の割り前払え。
八五郎:おいおい、ここでその催促するのかよ!
じゃ、じゃあじゃあわかった!
お前が雨具を貸してくれって言ったら、
脇からこう、そっと提灯出すから。
友達:なんだそりゃ。
そんな遊びして何が楽しいんだよお前、ええ?
~~わかったわかった。
【ぶっきら棒に】
雨具、貸してくれ。
八五郎:っへへ…やっと素直になりやがったなこんちきしょう。
こうなりゃ賤の女とくらァ。
女形なんだから驚くんじゃねえぞ。
おはずかしゅうございまーー
友達:なんだそりゃ!気持ち悪いな!
おめえ、気でもふれたんじゃねえのか?
八五郎:いいからこれ読め!
友達:なんだよこの紙っ切れ。
え~、「ななへやへ」
八五郎:【ちょっと嬉しそう】
このやろう、そらぁそうやって読むんじゃねえんだ。
いいかぁ、よく聞いてろ。
【途中からうろおぼえに】
「七重八重 花は咲けども……や、山伏の 味噌ひと樽と
鍋と釜しき」。
友達:なに言ってんだよ!
こりゃおめえの考えた都都逸か何かか!?
八五郎:都都逸!?それ見て都都逸って言うとこを見ると、
おめえもよっぽど歌道に暗いな!
友達:ああ、角が暗いから提灯借りに来たんだ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
三遊亭円楽(七代目)
古今亭志ん生(五代目)