27. 嘘は後から剥げるが、塗り固めた真実も剥がれ落ちてしまう
白石による料理教室が始まってから、およそ1週間が経過しようとしている。
白石が我が家に来るということ自体はもはや日常になりつつある。
最初は一緒に作っていたのだが、流石に時間がかかってしまうため、白石の技術を見て覚えるということになった。
言ってしまえば作ってもらっている。
白石の作るものはどれも絶品で、スーパーに行った時に今まで食していたカップ麺や惣菜を買おうという意欲が無くなるほどだ。
というか、監視の効かない昼にそういったものを食べられないように作り置きまでしてくれる始末。
頭が上がらない。
ものの数日で胃袋を掴まれたと言ってもいい。
確かにこのくらい食が豊かになるのなら料理を覚えるのも悪くないのかもしれないとすら感じてしまったほどだ。
このオレが。
食事だけ用意して帰すわけにもいかないため、食後には宿題を進めたり、勉強を教えたりすることがルーティンとなっている。
お陰様で、お互い夏休みの宿題はほとんど終わった。
そんな8月の第1火曜日、夏休みだというのに学校に来ている。
登校日というやつだ。
特にやることもなく、全校集会的な催しと何故か小論文模試みたいなものを受けさせられて帰宅というものだ。
小論文模試でも入れないと生徒が納得しないというのはありそうだが。
全校集会で夏休みの諸注意的なものを聞かされ、適当に小論文模試を済ませ、担任の橙堂先生により、ホームルームも適当に終わり、放課後だ。
サボってても許されたのではないだろうか。
「お疲れ真。急なんだけどさ今日真の家に行ってもいいかな、秀俊と加藤も一緒なんだけど…」
祐人が早々に提案してきた。
オレの家か…。
まあ別にいいか。
オレは荷物も持たずに教室を出る白石を横目に見て、連絡すれば問題ないだろうと思い承諾することにした。
「構わんが、何をする気だ?」
「それが聞いてくれよ黒田君。加藤のやつ、全く宿題が進んでないってことでさ、俺たちで監視して進めようって話になったんだよ。でも図書館だと喋れないし、ファミレスに何時間も居座るのも良くないってことで困っててさ」
と、横から教えてくれたのは浅野。
その横には少し気まずそうに苦笑いしている加藤もいる。
「それでオレの家ってわけか。なるほどな。分かったが、狭いけど文句言うなよ?」
家から近くて一人暮らしで自由度が高い、こういう時に集まるには打ってつけというわけだ。
オレとしてもどこかに出向くよりは自宅で集まった方が楽でいい。
祐人と蒼井、白石と来客も今更のことだしな。
「ところで、福島は?」
この場には福島はいないようだ。
あのクラスマッチ以降、オレと祐人、加藤、浅野、福島とでよく一緒にいたりする。
祐人は蒼井と昼食をとることもあるが、最近では蒼井は白石とつるんでるため、5人でいる時間が多い。
わざわざ福島をハブるようなこともないため居ないのが不思議で聞いてみたのだ。
「あいつは部活だってよ。何でも、こんな日に練習試合組まされたらしいぜ」
オレの質問に加藤が気の毒そうに答えた。
この暑い中で練習試合は確かに可哀想だが。
そういうわけで、オレの家に行くことになった。
「おぉ〜…、結構広いじゃん」
「それに、言うほど狭くないじゃないか。これなら充分過ぎるよ」
初めてオレの家に来たということもあって、中々新鮮なリアクションをしてくれる。
「僕は何回か来たことあるけど、やっぱりキレイだよね」
「それな!俺だったらぜってぇ3日で散らかるね」
「そんなこと誇らしげに言うなよ」
何故か自慢げな加藤に浅野が突っ込む。
これももはや日常だ。
浅野秀俊という男は期末テストでも10番くらいと高成績を残すほどで、常識人だ。
一方加藤とこの場にいない福島は赤点回避を目標とするタイプで、まぁ言ってしまえばバカというやつだ。
それ故にノリがよく、面白いのだが。
「それじゃあ始めようか。僕もまだ終わってないし」
「加藤は分からないところがあったらオレか浅野に聞いてくれ。まぁ成績的に浅野のがいいな」
オレの言葉に祐人は嘘つきを見るような目でこちらを見てきたが、当然無視する。
ちなみに祐人は意外と成績は普通だったりする。
サッカー部で活躍していて勉強もできるとなったら蒼井が女子からの嫉妬で半端ないだろうからむしろ良かったのかもしれない。
そんなこんなで宿題を進める会が始まった。
3人とも部活動をしていて、一応にも進学校を名乗っている我が校に入学しているだけあって集中力はある。
そのため、無駄な会話などはなくペンの走る音が常に聞こえていた。
途中加藤や祐人から質問がやって来て対応するくらいの会話は生じたが、無駄話などは無かった。
「あ"あ"〜"っ"、切れたわ、集中」
腕を伸ばし伸びをしながら加藤が言った。
開始から90分ほどが経過したところだ。
むしろ90分も全員集中が続いたというのが凄い気もする。
「少し休憩にするか」
オレはそう言って飲み物の準備にとりかかる。
「手伝うよ」
祐人が申し出てくれるので、
「じゃあ冷蔵庫からペットボトルを出してくれ」
そう指示を飛ばす。
オレはコップ(IK〇Aで6個入りのやつ)を取り出し、テーブルに運んだ。
「えっ…?」
「どうかしたか?」
「な、なんでもないよ」
祐人が冷蔵庫を見て何故か驚いていた。
変なものでも入っていたかと言われるとそんなはずないので不思議になったのだ。
まぁなんでもないとのことなので気にする事はないだろうが。
「そういえば黒田って普段から誰かに勉強教えてたりするのか?」
飲み物とお菓子を準備し、休憩モードといったところで加藤が聞いてきた。
「確かに、横で聞こえてきたけど凄く手馴れてる感じがしたね」
浅野も加藤と同じ疑問を抱いたのか同調する。
「手馴れてるかは置いといて、毎回のテストの時とか高校受験なんかの時には祐人や蒼井に教えてたりはするな」
オレは白石のことはふせて正直に話す。
「そうだね。いつも真にはお世話になってるよ」
祐人に視線を向けるとオレに同意してくれた。
「そうなのか〜。俺もテスト前とかこうして勉強教えてもらえたりするん?正直いつか赤点とりそうで怖いんよな」
加藤は納得してさらにそんな提案をしてくる。
まぁ断る理由もないので、
「毎日とかでなければ構わないぞ。あとは、オレよりも浅野に聞いた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。テスト期間なら部活もないし、学校に残って勉強もできるしね」
浅野はオレにも配慮した答えを持ってきてくれる。
毎回オレの家というのは申し訳ないという心からの提案だろう。
「マジで!?助かるわ〜」
加藤は本気の顔で感謝を述べる。
根は真面目なんだよな。
そうして休憩もそこそこに宿題会が再開された。
「ごめんごめん、忘れ物しちゃって…」
宿題会も終わり、解散したところで祐人が忘れ物があると戻ってきた。
テーブルの上に置かれた筆箱を片付けつつ祐人はさらに口を開く。
「ところでさ真、最近何か変わった?」
祐人は我慢を解放するかのような雰囲気でそう聞いてきた。
瞳に真剣味を帯びているところから、忘れ物ではなく本命はこちらなのだろう。
「変わったって?」
変わったかと聞かれても実感などもちろんない。
「以前の真なら家に他人を、特に秀俊みたいな付き合いの浅い人を上げることなんて無かったと思うんだ」
祐人の言う通り、オレは基本的に人嫌いというわけではないが、社交的でもない。
そして、信用出来ない人間と関わることすらしてこなかった。
しかし、今日だ。
加藤の突然の提案にオレは悩む素振りもなく許諾した。
そこに違和感を覚えたのだろう。
「それに、冷蔵庫には作り置きがあったしコンロの上にはフライパンが置いてある。まるで普段から料理をしているみたいだ。真って料理は面倒だからしないって前に言ってたよね」
これが重要だと言う風にキッチンの様子を説明した。
先程冷蔵庫を見て驚いていたのはこれだ。
この1週間で人に冷蔵庫を見られることに慣れすぎていて気にもしていなかった。
さて、どうしたものか。
「白石さん、でしょ?」
オレがどうするか悩んでいると、祐人が分かっているとでも言いたげに核心をついたことを言う。
「あの時は瑠奈もいたし誤魔化されてあげたけどさ。見え見え。あんなので僕を騙せると思ったら大間違いだよ」
オレが思っていたよりも祐人は鋭いらしい。
「違うよ、僕が鋭いんじゃないさ。真だから分かるんだよ。あ、今何か誤魔化してるなって」
オレの思考を先回りして否定した。
何故分かる。
「僕たち親友でしょ?真が僕のことを分かってるように僕も真のことは他の人より詳しいに決まってるよ」
「そうか…」
やっと口から出た言葉はそれだけだった。
どうやら心のどこかでオレは祐人を舐めていたようだ。
祐人なら簡単に誤魔化せる。
祐人が困ってたらオレが何とかしてやろう。
そんな風に勝手に考えて忘れていたようだ。
こいつはオレを救ってくれた頼れる親友だ、と。
「隠していて悪かったな」
オレは素直に謝る。
「いや、全然怒ってないよ。隠したくなる気持ちも真の学校での様子や性格から分かるしね。ただ、悔しいなって思っただけ」
何が悔しいのかは聞く必要もないだろう。
オレが知ることじゃないはずだ。
「バレてしまってるし、これで償いになるか分からんが、祐人には洗いざらい話すよ。もちろん他言無用な?」
オレは重い雰囲気を壊すためにも、仲直りの意味も込めて軽い態度でそう言う。
「うん。詳しく教えてよ。実はあの時からずっと気になってたんだよね」
あの時というのは白石の事件解決を手伝った時か、それとも中間テスト付近か、最近か。
まぁいつでもいいし、直接聞けばいいだけだな。
少し軽くなった心とともに、オレは5月以降から今に至るまでを包み隠さず話すこととした。




