26. ドアインザフェイス
あの後、バ〇サンとヤツの死骸を回収しにもう一度白石宅に行くことになった。
無事に亡骸を処分し、その旨を白石に伝えるとめちゃくちゃ礼を言われた。
正直冤罪事件の時よりも本気で感謝された気がする。
恐らく日頃から綺麗に保っているのだろう、2体目の気配は無く、外からたまたま入ってきたという線が濃くなった。
別れ際、白石に予備のバ〇サンとア〇スジェットを渡し、ブラックキャ〇プを買うことを勧めて騒動は幕を閉じた。
そして翌日。
「それでは今日からよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。むしろこちらこそよろしく頼む」
昨日に言っていた料理の件で白石が家に来ている。
料理を教えてくれるということだ。
正直全く乗り気ではないが、クラスメイトの前で弁当なんてものを差し出されたら平穏が終わってしまう。
それに、スキルとして身につけておいて損はないはずだ。
ポジティブに捉えよう。
「ではまずは黒田くんがどのくらいの力量なのかを見ていきます。普段全く料理をしないということなので、野菜炒めを作ってもらってどのレベルかを判断させてもらいます」
ということらしい。
オレはキッチンの収納から、新品のフライパン、未開封のまな板、包丁を取り出した。
ちなみに食材は白石が持ってきてくれた。
後で支払わせてもらおう。
そして、不慣れな手付きで野菜を捌いていく。
左手は指を丸め、第1関節を上手く使う。
猫の手というやつだ。
人参はピーラーを使わせてもらう。
流石に包丁で剥けるほどの技術はない。
玉ねぎ、ピーマン、豚バラ肉といったものも捌き、フライパンに投入。
炒めながら味付けに塩コショウ、それだけだと味気ないので醤油も少々入れる。
あとは味付けが均一になれば完成だ。
「こんなもんだな」
完成した品を皿に盛り付けて白石に差し出した。
そして白石が1口味見をする。
「で、出来るじゃないですか!」
咀嚼して飲み込み一言。
白石は信じられないものを見るような目で叫ぶ。
そう、出来た。
普通に。
別に面倒だからやらないというだけで、全くできないということはない。
こちとら調理実習を受けてるのだ。
できなくはないのだが…
「だが、美味しくはないだろう?」
オレは当然のように聞いた。
そう、美味しくないのだ。
もちろん不味いことはないし、別に食えと言われたら全然食える。
しかし、こんなに面倒な工程を踏んでそこそこのものしか作れないとなれば買った方が良いというものだ。
だからオレは料理を作らない。
さらに、だ。
料理を作ってしまうと片付けが必要となる。
非常に面倒だ。
皿はいい。
紙皿を使うなり、皿にラップを敷くなりすれば洗わずに済む。
が、包丁、まな板、フライパンはそうもいかない。
フライパンなんか大きいだろう。
このようにやらない理由を挙げればキリがないほどだ。
「確かに味は素っ気ないです。それでも充分食べられる味ですよ。ですが、そうですね。練習すればもっと美味しく出来ると思います」
そして白石は立ち上がり、
「一応教えるという立場なので私も作りますね」
と言ってキッチンに向かった。
オレと同じ食材を用いて同じものを作っていく。
のだが、手際が全然違った。
確かにこの速度で行えれば少しは面倒だと感じなくなるかもしれない。
そして味付け。
塩コショウだけでなく、鶏ガラや小麦粉、オイスターソースなど使うわけがないと思っていたものも駆使していた。
「できました」
あっという間に完成した野菜炒めが食卓に並ぶ。
「ではいただきます」
オレは一言添えて橋を伸ばす。
「え、美味っ」
オレは意図せず声が漏れた。
美味いのだ。
ただの野菜炒めが、だ。
味付けももちろんだが、野菜それぞれにもそれぞれの甘みがあり、それが味付けとマッチしている。
見た目こそオレが作ったものと瓜二つだが、こうして食した後だと全く別物にしか見えない。
「ふふっ、それは良かったです」
オレの言葉に白石は嬉しそうに応えた。
「今日はお手本として作りましたが、次回からは一緒につくっていきましょうね」
そう言って残りの野菜炒めを食べ進める。
このような差を見せつけられればオレから言えることはない。
従うのみだ。
オレも黙々と食べ進めた。
「そういえばだが、この料理教室(仮)はどのくらいの頻度でやるつもりなんだ?」
「頻度ですか?それはもちろん毎日のつもりですけど」
毎日だと?
それだとオレの自堕落な夏休みが半減してしまう。
それに流石に申し訳ない。
ここは断らせてもらおう。
「いや、それは流石に大変だろう。それに毎日教わるのはいくら何でも申し訳ない」
ご尤もな理屈を並べ立てる。
「いえ、1人分作るのも2人分作るのも大して変わりませんし、こうして褒めてもらえるのは悪い気はしませんしね。それに、放っておくと黒田くんはすぐに体に悪いものを食べますからね」
監視です、と可愛い顔で可愛くないことを言う。
まぁ逃げ道は無さそうだな。
こうなったらしっかりとルール決めをしよう。
何か放っておくと良くない気がする。
それに、早く上達すればいいのだろう。
これはあくまで教えてもらう、教示の関係だからな。
「はぁ…。分かった。それじゃあありがたく教えてもらおう。だが、先程も言ったように大変だし、教えてもらうのは夜限定というのはどうだろう。お互い昼間は忙しい可能性も高いし、ちょうどいいんじゃないか?」
「…そうですね。昼は出かけていたり、掃除や洗濯などの家事があるのも事実ですね。一旦その条件で行きましょう」
よし。通った。
これで昼まで寝られる。
一日中という夢は破れたかもしれないが、80点は取らせてもらうぞ。
同じマンションなのも助かったな。
夜でも安全に帰せるから、その辺の配慮も必要ない。
こうなったからには最善は尽くさせてもらおう。
まだ自堕落夏休みの夢は諦めていない。
「そして、これは指導料も込としてだが、食費は出させてもらう」
「それはダメです。せめて折半にしましょう」
断られた。
白石はそういうやつだ。
施しを受けるのは納得がいかないのかもしれない。
だが、オレもそうだ。
借りを作りっぱなしにはしておきたくない。
「そうか。だが、それじゃあオレの気分がよくない。7:3でどうだろうか」
「…納得はいきませんが、そう言うならそれでいいです」
渋々といった様子で白石は了承してくれた。
ドアインザフェイス
最初に大きい要求をしてその後に本命の要求をすることで通しやすくする手法だ。
冷静な白石なら6:4でギリだろうが、7:3にさせてもらった。
これなら後に気づき、白石の中で貸し借りが並ぶ、なんなら逆転するかもしれない。
下手に借りを作っておくと何かあった時に怖いからな。
「あとは、そうだな。もしも何かしらの用事で来れない時は連絡するってことでいいか?」
「わかりました」
そうしてルールを決め、料理の指導生活が始まった。
また学校が始まったら変わってくるだろうし、その時にいい感じに修正しよう。
その後完食し、軽くゆっくりして帰ってもらった。
これがバレてしまったらオレの平穏な学校生活は終わる。
白石は察してくれているから言いふらすことはないが、オレもバレないように気をつける必要があるな。
蒼井なんかにバレてもウザそうだ。
ただでさえ怪しまれていて誤魔化しているのに実態がこれであると知れば何を言われるか分かったもんじゃない。
少なくとも、からかわれるのは間違いないだろう。
それにしても白石の料理は美味しかったな。
あれを毎日食べれるのはいいのかもしれん…。
とりあえず、調味料くらいは一通り揃えておくかな。
夜風にも当たりたいし。
そう考えたオレは今一度スーパーに向かうことにした。




