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24.優しそうな人ほど…

終業式こそ面倒事の気配が押し寄せてきたが、無事に夏休みに突入した。


てっぺんまで昇った陽の光を浴び、真っ白なスケジュールを見てほくそ笑む。


買い溜めたお菓子を食べつつ、サブスクで映画やアニメ、ドラマを一気見したり優雅に読書でもいい。

冷房をガンガンに効かせた部屋で敢えて温かい紅茶を楽しむという贅沢。


それをほとんど毎日行えるという最高の日々。


そんなスタートダッシュをきるはずだった7月の第3土曜日。


炎天下の中の住宅街を歩いている。


住宅街と言ったが、いわゆる高級住宅街というやつで、建っている家一軒一軒の規模がそこらの住宅地では見られないサイズをしている。


なんなら土地代を鑑みるとそこらの住宅地なら3,4件建てられるのではないだろうか。


そんなどうでもいいことを考えていると、大きい家の中に、さらに一際大きい一軒家が目に入った。


オレはスマホに送られてきた住所と照らし合わせ、表札を見、念の為住人に連絡をとる。


『着いたぞ』


『今行くわ』


迎えに来るといった旨の返信が来たためそのまま待つことにする。



「お待たせ。暑いでしょ?いろいろと話したいところだけどまずは入って」

門の内側からやってきたのは紫条英梨。


そう、ここは紫条家だ。


よくフィクションで見かけるような屋敷のような家ではなく、門の奥にはドア、そして横にはガレージ?といった家だ。


が、やはりでかいものはでかい。

別に何も誰も言っていないのに格の差を見せつけられたような気分だ。


オレはキョロキョロしたい衝動を抑えつつ紫条に連れ立って家に上がる。


家に入ったらメイドがいるというようなこともない。

にも関わらず玄関に限って言えば小綺麗にされている。

恐らく家の中全てが清潔に保たれているのだろう。

こんな広い家を掃除するなんて大変だろう。


「定期的に掃除屋さんに来てもらってるのよ」

紫条はオレの思考を読み取って答えた。

なるほど外注か。

庶民にはない発想だな。


ところでなぜオレの考えが分かったのだろうか。


「顔に出てるもの。そんなことよりお父様が待っているわ。ついてきてちょうだい」


顔に出ていたらしい。

ポーカーフェイスには自信があるのだが、努めて冷静でいようとしても驚きすぎて隠しきれない動揺があるのか。

それとも、これから行われることにひどく緊張しているのか。


そんなことを考えているうちに扉の前に着いた。

恐らくダイニングだろう。


「お待たせしたわね、お父様、お母様。学友の黒田君に来てもらったわよ」


紫条は扉を開けるや否やそう言った。


オレも紫条に続いて部屋に入ると、2人の男女が座っていた。


優しそうな女性と男性だ。


女性の方は20代後半にしか見えないのだが、先程紫条がお母様と言っていたため母親だろう。

アンチエイジングにお金を掛けているとしても逆行しているのではと疑うレベルだ。


一方男性の方は有り体に言ってしまえば社長っぽくない。

雰囲気も柔らかく、優しい上司って感じだ。

まぁ社長のイメージが強面の荘厳とした雰囲気っていうものなだけだが。


紫条の父が口を開く。


「君が英梨の友人の黒田君だね。今日ははるばる来てくれてありがとう。そんな所に立ってないでどうぞ座ってくれ」

そう言ってオレに上座の席に座るように促す。

現代ではあまり気にされていないが、こうしたマナーにも気を配っていることが窺える。


「それでは、失礼します」

オレはそう言って座った。

座る際、落ち着けるために小さく一呼吸。


隣には紫条、斜め前に紫条母、そして正面に父という配置だ。


「改めて、黒田真です。本日はお招きいただきありがとうございます」


オレは畏まって改めて自己紹介をする。

紫条から話を聞いて入ると思うが、こういうのは必要だろう。


「英梨の父の紫条司しじょうつかさだ」

「母のまいよ。今お茶を用意するわね。紅茶は飲める?」

紫条の父、それに倣って母が名乗ってくれる。

「はい、飲めます」


オレが答えると紫条母は「それじゃあ少し待っててね」と言いキッチンに向かう。


ダイニングと隣合って併設されているキッチンはアイランドキッチンというやつだろうか。

詳しくはないから特徴などは分からんが、とにかく広い。


間もなくして紅茶が運ばれてきた。

予め用意していたのだろうか。

が、漂ってくる香りは普段飲んでるものとは比べるまでもなく上質だ。


「さて、今日呼ばせてもらった理由だが…」

紅茶の香りを楽しんでいると、紫条父が口を開く。


「申し訳ないが大した理由は無い。英梨が君のことを褒めそやしていたから、一度会ってみたかっただけだ」


「安心してくれ」とでも言うように朗らかな顔でそう言った。


が、オレはここで力を抜いてリラックスするということはせず、答える。

「そうだったんですか。ですがそんなに大した人間ではないですよ」

謙遜でも何でもなくオレは言う。


「いや、自慢じゃないがうちの娘は非常に優秀でね。同年代相手に尊敬という念を持つことはほとんどないのだよ」

「そのせいで友達も出来なくて…」

「ちょっとお母様!?」


紫条父の言葉に続いて紫条母も言う。

本人を前に容赦がない。


というか紫条…やはり友達がいなかったのか。

もちろん親が偉くて近づき辛いというのもあるだろうが、性格や能力によるものは大きいだろう。


なまじ顔がよく、ハイスペックであるため同性からは疎まれ、はたまた異性にはその有能さと性格で近づかせない。

敬意の対象にこそなるが、対等な関係は築かれなかったと思われる。


「紫j…英梨さんとは仲良くさせてもらってますよ。クラスこそ違いますがこの間のクラスマッチでは話す機会も多く、模試なんかの時には一般的な高校生のように感想を言い合ってます」


嘘はついてない。

クラスマッチの時は協力を仰ぎ、模試の時も感想(戦)をした。


「そうかそうか、それは良かった。ところでだが、本人である英梨の前で聞くのも忍びない、私の部屋で話してもいいか?」

紫条父はオレだけでなく紫条母、紫条英梨にも許可を求めるように視線を巡らす。


「そういうと思ってたわ」

「黒田君がいいなら構わないわよ」

紫条英梨、紫条母は特に驚くこともなく承諾する。

前々から決めていたのだろう。


「御三方がいいのであれば、オr…僕も構いません」

オレも断る理由はない、というか断るのも変なので了承する。


「では、私の部屋に案内しよう。ついてきてくれ」

そう言ってリビングの扉を開けて部屋を出る。


紅茶を飲みそびれたな…。

正直今後飲む機会があるか分からないレベルのものだと思われるので1度飲んでおきたかった。


名残惜しんでいると、程なくして紫条父の部屋に到着。


部屋というより書斎といった感じだ。

奥に机があり、手前にはソファとローテーブル、そして壁一面に本棚が設置されていて大量の本に溢れている。


この本の量はさすがに羨ましい。


「さぁ座りたまえ」

そう言われ、ソファに腰を下ろす。


「すまないね、こんな風に呼びつけてしまって。早速だが、一言だけ言わせて欲しい」

何を言われるのかオレは身構える。

よくある「娘はやらん」的なことが聞けるのだろうか。


「合格だ」


そう言って紫条父は力を抜き、ソファに寄りかかる。


「合格、ですか?」


「あぁ、合格だ。君も気づいてるだろう?」

その言葉にオレはどう答えるべきか悩み、沈黙する。


「気づいてるだろうから言わせてもらうよ。今日は君を試していたんだ。もちろん、英梨が褒めていたから信用はしていたけど、この目で見て見ないことにはね」


先程より雰囲気を和らげ、紫条父はオレにそう告げた。

そう、紫条父、恐らく母もオレを見定めていた。


それもそのはず。

忙しいはずの紫条父がわざわざ時間をとってオレに会う用事を取り付けているのだ。

まさか何も無いわけがない。


だからこそあんなにわざとらしく、「大した理由はない」と言い放ったのだ。


内容こそわからないが、言葉の端々に散見されたリラックスすること、そして恐らくだがマナー、視線などの紫条父に対する対応の仕方。


ではなく、その誘導に気づくことだろう。


一介の高校生でしかないオレが完璧に振る舞うことは求められていない。


だが、紫条がオレについて話してるというのならある程度能力に興味を持っているはず。


その期待に答えられるかという試験だ。

推測でしかないが、恐らく当たってると思う。


「もし、不合格だったら何かあったのでしょうか」

オレは興味本位で聞いてみた。


「特に何もないよ。こちらが呼んだお客さんを勝手に試した挙句何かするなんて失礼極まりないだろう」

特に何もないらしい。

まぁ流石にそんな理不尽なことはしないか。


「ただ…、英梨には少し失望していたかもしれないね。あんなに大言壮語していた相手がこの程度だってなってしまったら」


瞬間オレは無意識に姿勢を正していた。

別に崩していなかったがさらに背筋が伸ばしていたのだ。

紫条父が先程までと違い、冷えきった目でそう言い放ったことにか、もしくはその際のプレッシャーに体が反応してしまった。

優しそうな人ほど怖いというのは本当か。


「うん、やっぱりいいね。その感覚は大事にして欲しいな。あって困るものじゃないよ」


そんなオレの反応を見て楽しそうにしている。

また試されたということだろう。


「驚かさないでください。こちとらただの高校生ですよ」

オレは苦笑しつつ敢えて冗談を飛ばす。


「ははっ、ごめんね。でも本当に高校生とは思えないね。なるほど、確かに勉強だけじゃない。むしろこっちの方が真骨頂かな」


紫条父は軽く謝り、オレをさらに見定める。


「また話したいな。できれば、面接の場か彼氏としての挨拶とかだと嬉しいんだけど」


紫条父は冗談ぽくオレにそう言った。


冗談なのか本気なのか表情からは読み取れないが、内容が内容なだけに流石に冗談だろう。


だが、いたくオレを気に入ってくれたようだ。

これは良かったといえる。


恐らくだが、彼の試験?に合格出来なかったら紫条英梨とオレの繋がりが薄くなる、最悪失われる結果となっただろう。


紫条の見る目がないと分かれば先程言っていたように娘に対して失望する。

そうなると、紫条は間違いを正すかのようにオレの話をしなくなる。

さらに言えばオレとの関係を断つかもしれない。


先のクラスマッチといい紫条と友人であることはメリットが大きい。

今後平穏に過ごすにはさらに重要な存在となるだろう。


それに、これは紫条には言えないが、紫条英梨という少女は面白い。

特徴的な性格に言動、だが次節垣間見えるオレにも読めない有能な1面。

メリット云々を差し引いても友人関係は続けていたい存在だ。


「もしかしたら、次はスーツを着ているかもしれませんね」

オレは冗談で返し、紫条父は顔を綻ばせる。


「それじゃあ、本題も済んだことだし、学校での英梨の様子を聞かせてもらおうかな」


紫条父はこの話は終わりと言わんばかりにオレに聞いてくる。


オレも今度こそ力を抜いて、紫条の学校での様子や世間話などをした。


そして同時にこう思う。


2日連続で目上の人と話すのは勘弁だな。


話も終わり、1階のダイニングに戻ると紅茶が淹れ直されていた。


温かいのを見るに、少なくとも紫条母もグルであることを悟ったが、紅茶が今まで飲んだことのない味わいだったため許すことにした。

茶菓子も美味しかった。



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