9. 再・どうしてこうなった?
(……返してって言われても)
───本来なら、どうぞ! と、言いたいところなのだけど……
何かしら、先程からムクムクと湧き上がってくるこの違和感。
本当にシーデラ嬢ってカイザル様の好きな人なのかしら?
(イメージと違う……)
条件や置かれている状況もすごく当てはまる気がするのに、何かが違う。
そんな感じがする。
それに、だ。
シーデラ嬢ってまだ、婚約者のいる身なのよね?
そう思った私は、息を吸って吐いてからシーデラ嬢の目をじっと見つめる。
「シーデラ様───先程から腕が痛いので手を離してくれません?」
「え?」
私の反応が思っていたのと違ったからなのか、もともと大きい目をさらに大きく見開いてシーデラ嬢の表情が固まった。
同時に私の腕を掴んでいた力も緩まってくれたのでその隙に思いっ切り振り払う。
「……あ! …………っ!」
シーデラ嬢は唖然とした表情で私を見る。
同時に小声でポソッと何か呟いたけれど、私の耳までは届かずなんて言ったのかは分からなかった。
「何か?」
「ど……して……」
「?」
「どうして!? ──ここはこんなにも可愛い私にそう言われて、敵わないわ……と引き下がるところでしょう!?」
「はい?」
何だかすごーーく自信過剰な発言が来た。
「カイザルお兄様はあんな性格の人だから、コレット様は嫌気がさしているはずですよね?」
「……あんな性格?」
「さっきも言いましたけど、とにかく冷たいじゃないですか! だから毎日、邪険やぞんざいに扱われていてお辛いですよね?」
「邪険……ぞんざい……?」
その言葉を聞いてようやく違和感の正体に気付いた。
「あの。シーデラ様、お言葉ですけど旦那様って冷たくないですよ?」
「え?」
「無口なので会話が続かないというかなりの難点はありますけど、決して冷たくはないです」
「……え? ええ!?」
確かに、小説の中のカイザル様だったなら冷たい態度と言えるのかもしれない。
でも、今、私が接しているカイザル様は冷たいとは違う。
転落事故の後は取り乱していたと言うし、目覚めてからも心配して様子を見に来てくれていた。
それも、後でメイドにこっそり聞いた話では、部屋に入ると私の邪魔にならないだろうかと要らぬ心配をして、しばらく部屋の扉の前でノック出来ずにウロウロしていたと言う。
(どこの乙女よ……)
それから、妙に過保護らしいということも最近知った。
「困っていることがないわけではありませんが、私は旦那様を冷たいとは思いません」
「うっ、嘘よ!」
「……」
「カイザルお兄様はこの私にですらあんなに冷たいのに……なんで! 有り得ない! 優しいカイザルお兄様なんて聞いたことないわ!」
(それは、カイザル様に聞いて欲しいわ)
「……はっ! 分かったわ。コレット様……誑かしたのですね!?」
「誑かす……?」
「そうです! 夫婦になったのをいいことに、無理やりカイザルお兄様に迫って……それで……」
(えーーーー?)
誑かすも迫るも何も……お飾り妻なので絶賛、真っ白で綺麗な結婚生活ですけど!?
「──とんでもない悪女だわ! カイザルお兄様は騙されている!」
「あ、悪女? 騙す……!?」
悪女とか今まで言われたことのない言葉が飛び出した。
シーデラ嬢はかなり想像力が豊かなのかもしれない。
「あなたなんて、あなたなんて! ……後から入り込んだくせに───」
(あ!)
激高したシーデラ嬢の手が私に向かって飛んでこようとしたその時。
「───シーデラ! 何をしている!?」
「え? あ、おにい……」
バンッと音を立てて扉を開いて部屋に入って来たカイザル様がシーデラ嬢を取り押さえる。
「カ、カイザルお兄様……な、んで!?」
「お前のキャンキャン騒ぐ声が廊下まで聞こえた!」
「そうじゃなく……て……や、痛い! カイザルお兄様、離して!」
「駄目だ!」
暴れるシーデラ嬢をカイザル様が押さえ付けながら怒鳴った。
「俺の妻を傷つける奴は誰であっても許さん!」
「え? おにい……」
シーデラ嬢が暴れるのをやめて、ポカンとした表情でカイザル様を見つめる。
そして、ズルズルと力無くその場にへたり込んだ。
おそらく私も今、同じような顔をしていると思う。
(分かるわ、へたり込む気持ち。だって、あ、有り得ない言葉を聞いた、気が……するもの)
───俺の妻を……
頭の中で思い返したら恥ずかしくなって来た。
「~~~っ」
シーデラ嬢は、冷たくない態度のカイザル様に対して嘘よ! と言ったけれど、私からすればこの発言をしたカイザル様の方が嘘よ! と言いたい。
「コレット、大丈夫か?」
「……」
「コレット?」
「……」
「おい?」
何度か呼びかけられてようやく意識を戻した。
「えっと、カイザル……様」
「……」
私がハッとして顔を上げると目が合った。
カイザル様は、そのまままた黙り込んでしまったけれど、その目が私を心配していることだけはなんとなく分かった。
「……」
「……」
「……すまない」
しばらくの無言の後、カイザル様が謝罪を口にした。
(それはなんの謝罪?)
そんな思いでカイザル様の顔をじっと見つめる。
「シーデラに言われるがまま離れるのではなかった。すまない……」
「……」
「女性同士の話をそばで聞こうとする無粋な男は、奥様に嫌われるわよ……と言われた」
「……は?」
え? だから、カイザル様は部屋を出たの?
え? 奥様……つまり私に嫌われ……え?
私の脳内が混乱し始める。
シーデラ嬢に嫌われる……ではなく、私?
「……叩かれる前だったとは思うが、他に怪我は……ないか?」
「あ……」
そう訊ねられて、つい強い力で掴まれて爪がくい込んでしまっていた自分の腕に一瞬だけ目がいってしまう。
「……」
「え? ……きゃっ!? カ、カイザル……様!?」
突然、カイザル様がひょいっと私を抱き上げる。
「な、な、突然、何ですか!? 何をして……」
「医者だ」
「は? い、医者? ちょっ……カイザル、様!?」
「……」
「ちょっとーーーー!?」
カイザル様は無言のまま私を抱き抱えて部屋を出た。
部屋を出る瞬間、いまだに唖然呆然としていて、更には信じられない光景を見たんだけど! と言いたそうな表情をしたシーデラ嬢と目が合った気がした。
カイザル様は私を抱えたままスタスタと廊下を歩く。
「……」
「カ、カイザル……さま! どうして医者……を」
「……」
「わ、私、何も言っていない、です、よね!?」
「……言っていない、が、腕を見ていた」
「!」
ま、まさか!
あのたった一瞬の目線を見逃さなかったと!?
「シーデラ……」
「はっ! そのシーデラ様ですけど! 放置? 放置ですか!?」
ヘナヘナになって唖然呆然していた彼女を私たちは置いてきてしまっている。
なので、私は慌てて抗議をした。
「問題ない」
「へ?」
屋敷の者が回収する。
そして即座に送り返す。
抗議の手紙も送るから今後は出入り禁止になる。
そのようなことを、カイザル様は私を運びながら淡々とした口調で語った。
その言葉を聞きながら私は思う。
(違ったわ……カイザル様の好きな人は絶対にシーデラ嬢じゃない……)
そして、どうしてこうなったのよ……と、私はカイザル様の腕の中で項垂れた。
────こうして、カイザル様の好きな人探しは振り出しに戻ってしまった。




