6. どうしてこうなった?
小説の中のコレットは、夫となったカイザル様が離縁予定でいることを少なくとも序盤では知らなかった。
だから、今後の結婚生活を心配してカイザル様の“好きな人”について調べることに決めていた
しかし、現実の私はカイザル様が離縁予定でいることを知っている。
(本当は調べる必要なんてない……とは思う)
それでも、カイザル様の想い人を知ることで見えてくるものがあるかもしれない。
(そうよ! そうすれば……)
今、この不可解な状態に陥っている理由も分かるのではないかしら?
「……」
「……」
今、食卓ではカトラリーと食器がカチャカチャと音を立てているだけで、カイザル様と私の間には静寂が漂っていた。
(い、息がつまるんですけど……!)
沈黙が……辛すぎる!
(───どうしてこうなったの?)
結婚式の夜に頭を打って、翌日に目が覚めてから一週間。
怪我も癒えて、外出も庭の散歩までの許可は降りた。
頭を打っているので検査だけは定期的に続けるそうだけれど、その他のことについてはだいぶ自由になり、食事も部屋ではなくカイザル様と共に摂ることになった。
だけど、私はどうせ小説のように「仕事が忙しい」を理由に、自分とはほとんど顔を合わせないのだろうと思っていた。
(───それが、どうしてなの?)
カイザル様は朝はきっちり同じ時間に現れる。
とっくに仕事に行きました!
なんて日は一度もない。
そして、帰宅も全然遅くない。
それも、夕食を共に出来る時間には必ず帰って来ている。
なので私たちは、毎朝、毎晩こうして同じ席に着いて食事をしているわけだけど……
(会話……会話がない!)
「……」
「……」
私は目の前で食事をしているカイザル様をチラッと見る。
(喋ってくれないけれど……美しいのよね)
共に食事をしているのが恥ずかしくなってしまうくらい、カイザル様の所作はとても美しい。
私からすればとても羨ましい。
なぜなら、私は昔からマナーの類が大の苦手だから。
(……だから、マナーを身に付けるのにはかなり苦労をしたし、お父様にもよくお小言を言われて……)
「…………?」
(あれ? でも待って。私って……)
微かに頭の中に浮かんだ疑問をとりあえず振り払い、今は目の前で起きている問題について考えることにした。
そう、問題!
カイザル様との会話が弾まない件について、だ。
「……」
私だって、何も食事の時間に喋り倒して過ごしたいわけではない。
だけど、私が必死に話題を振って、何を聞いても「ああ」と「そうか」と「いや……」しか言わないのはどうかと思うの。
(どっと疲れるわ……せっかく情報を入手しようと思っているのに)
許可がおりないので、まだ社交界に出られない私は、自分の足でカイザル様の“好きな人”について調べることが出来ない。
それならば、直接本人に聞く……のはさすがに厳しいので、それとなく探りを入れることにした。
そうして話を振ってみても受け答えがヘッポコ過ぎてさっぱりだった。
それに……
(そもそも初夜で言うはずだった、私を愛せない、他に好きな人がいる、は、いつ私に言うつもりなのかしら?)
ずっと覚悟を決めて待っているのに、カイザル様は一向にそのことを伝えてくる様子もない。
これも不可解だった。
やっぱり、初夜の夜に頭を打って気絶してしまっていたのがいけなかった?
私は自分の不注意で物語を狂わせてしまったの?
その辺りをはっきりさせる為にもやはり、カイザル様の好きな人を知っておきたい!
(カイザル様の好きな人───)
小説のコレットはこう考えていた。
想い人はカイザル様と結ばれるにはちょうど良くない立場の人なのだと。
つまり、身分が高い相手……もしくはその逆。あとはその相手が結婚している可能性──……
(でも、私は既婚者の線は薄いと思うのよね)
だって、カイザル様は私との離縁を考えている。
つまり、私を捨てた後はその女性と再婚するつもりでいる可能性が高い。
けれど相手も既に結婚している……となると、相手の離縁も必要なので壁が高すぎる!
ややこしい問題となってしまうので、ここは身分が高い相手か低い相手の可能性が高いと私は思う。
(───って! そんな令嬢、そこら辺にゴロゴロしているわ)
当たり前だけど、カイザル様は伯爵なので、上にも下にもたくさん候補がいる……
「───……ト」
これは、やっぱり交友関係とかに当たって絞っていかないと駄目ね?
「───……レット」
ただ、私の知っている限り、これまでディバイン伯爵令息時代の恋の噂は聞いたことがな──
「───コレット!」
「はっ……い!」
私はハッと顔を上げる。
「先程から何度も呼んでいるのだが」
「何度……も」
考えごとに夢中になりすぎて、呼ばれている声をマルっと無視してしまっていたらしい。
私は慌てて笑顔を作った。
「も、申し訳ございません! な、何かありましたか?」
「……」
すると、カイザル様は無言で私の食事をしていた皿を指でさす。
何を伝えたいのか分からず私は首を傾げた。
「……?」
「皿。とっくに食べ終えて空っぽだ」
「か……ひっ!?」
そう言われてお皿を見たら確かに何も乗っていない。
私の手だけが虚しく皿の上で動いていた。
「ずっと、空になった皿の上をカチャカチャしていた」
「ずっと空の皿を……」
それは、いくら無口なカイザル様でも、思わず声をかけたくなってしまうくらい不気味な光景だったに違いない。
私は慌てて手を止めてカトラリーを置く。
「し、失礼しました!」
「まさか、具合が悪いのか?」
「え?」
「具合が悪いのなら───」
(いけない! このままでは散歩すら外出禁止になってしまう!)
再びのベッド生活は勘弁願いたい。
「い、いいえ、違います。少し、考えごとをしていただけです」
「…………庭か?」
「えっ?」
「散歩は許したが、庭いじりはまだ───」
「そ、それは大丈夫です、きちんと分かっていますから!」
庭いじりを開始するのは医者の許可が出てからと言われている。
(そうだわ! せっかく庭の話が出たんだもの! 今のうちに聞いてみよう)
会話が出来ている今がチャンスよ!
「あ、あの!」
「……」
「お庭のあの部分はどうしてあそこだけスペースが空いていたのですか?」
「……」
(ひぃっ! なんで、み、眉間に皺が!? こ、怖っ)
カイザル様からの無言の圧を感じてしまい少し怯んだけれど、ここまで来たなら後には引けない。思い切って訊ねる。
「───ほ、本当は、だ、誰かがそこで何かするご予定……があったり、しました?」
「……」
カイザル様はすぐには答えず、無言のまま私の顔をじっと見た。