5. 夫は言葉が足りない
「……」
「……」
カイザル様はじっと無言で私を見て来た。
行動に関しては、このように小説の彼と違うところが見受けられるけれど、この無口なところはやっぱり小説そのままだと思うのよね。
「……」
「……」
しーん……
カイザル様が何も言ってくれないから、部屋の中が一気に静まり返ってしまう。
お医者様も、あの有り得ない発言のあとはにこにこ笑顔のまま何も言わずに見守っている。
(心配? 本当に私の心配をして様子を見に来てくれたの?)
私もじっと見つめ返すけれど、カイザル様は無反応だった。
もちろん無言のまま。
「……」
…………せめて、ここで恥ずかしそうに顔を逸らすとか、照れ臭そうにするとか……そんな仕草があれば私も「もしかして、このまま小説とは違う展開が?」なんて胸をときめかせたかもしれないのに。
(やっぱりカイザル様はカイザル様のようね……)
「えっと、見ての通りだいぶ良くなりました。痛みも昨日に比べれば引きました」
「…………そうか」
あら、薄いけれど反応は帰ってくるのね。
そのことに驚いていたら、カイザル様は医者の方を向いた。
「……それならば、少し外に連れ出しても問題ないか?」
「外じゃと? いや、伯爵。夫人は足だって捻っておるのだぞ。まだ歩かせるには早い」
「……」
(……ん?)
私は自分の耳を疑った。
気のせい?
今、私を外に連れ出すとか言わなかった?
「……問題ない。俺が抱えていけば済む話だろう」
「まぁ、それなら反対はせんがの」
(…………んん?)
───オレガカカエテイケバスム……
私の脳内がカイザル様の言葉の変換に時間を費やしていたら、カイザル様が無言のままスタスタと私の元に向かって来た。
え? と、思う間もなくフワッと私の身体が持ち上がった。
「────っ!?」
これは!
だ、抱き上げられた!?
そう理解するまでに数十秒かかった。
(何これ、何これ、何これ!!)
話は序盤までしか知らないけど、こんな展開は知らないし、こんなことをするカイザル様も知らない!
「……くっ! 暴れるな」
「!」
「思っていたより、じゃじゃ馬のようだ」
「なっ!!」
(何ですってぇぇぇ?)
まさかのじゃじゃ馬扱いにカチンと来た。
「失礼です! 突然、何の前触れもなくこんなことをされたら、誰だって慌てますし驚きます!!」
「……」
私の反応? それとも言葉? に驚いたのかカイザル様は目を少し見開くと、またじっと何か言いたげに私を見つめた。
「……分かった。では……抱き抱えるぞ」
「は? バッ……今更、言われても遅いです!」
(危な……つい“バカなんですか!?” と口にしそうになってしまったわ)
「……」
カイザル様は再び無言で私を見る。
だけど、彼の中に抱き抱えている私を下ろすという選択肢はないらしい。
私は観念して目的を訊ねることにした。
「……どこに行かれるのですか?」
「外」
「そ……」
───そうですけど、そうじゃない!!
私はそう叫びたい気持ちをどうにかこうにか堪えた。
「……」
(ふ、ふふ……聖羅。いえ、コレット。落ち着くのよ……)
よく考えたら、前世の記憶を含めれば私は間違いなくカイザル様よりも大人!
聖羅……前世の私がいつ死んだかはちょっと記憶には無いけれど!
とにかく大人なのは間違いないわよね!?
───だから、ここは私が大人の対応しなくては!
「……外のどこに向かうのですか?」
何とか平静を装って訊ねる。
まさかとは思うけど、私、このまま外に運ばれてポイッと捨てられたりしないわよね!?
一瞬、そんな変なことを考えてしまった。
「……」
「……」
「……見せたいものがある」
「は、い? 見せたいもの、ですか?」
「……」
(とりあえず捨てられるわけではなさそう……)
カイザル様は私の質問にチラッとこちらに目を向け、そう言ったあとは無言で歩き続けた。
「……えっと、ここは?」
「庭」
「……」
気のせいかしら?
お前にはこれが庭に見えないのか? と言われているような気持ちになったわ。
多分、カイザル様の言葉が少なすぎるのと、私がカイザル様をそんな目で見てしまっているせいだとは思うけれど。
「コホッ……えっと、庭なのは分かります。私が聞きたいのはなぜ庭に連れて来た? ということです」
「…………ああ、そういうことか」
カイザル様はようやく納得した、という顔をした。
どうも、彼はどこかテンポがズレている気がする。
「見せたいもの、と言うのはこのお庭なのてすか?」
「……」
無言でコクリと頷くカイザル様。
何故……? と思ったところで口を開いた。
「昨日、庭いじりがしたいと言った」
「え? い、言いました……けど」
それで、私に庭を見せようと?
いや、それなら元気になった後にいくらでも見れるはず。
わざわざ抱き抱えてして連れてくるほどの場所では───
そう思っていたら、カイザル様は無言で庭のとある一画を指さした。
「……?」
私はその先に視線を向ける。
それなりに広さがあって、なんていじりがいのありそうな───……
私の胸がその庭(正確にはまだ庭とは呼べない)にときめいていたら……
「あそこを好きに使っていい」
「え? で、ですが……」
「構わない」
「か……ええ!? ───きゃっ!」
「!」
驚きすぎたせいで、バランスを崩してしまいつい落ちそうになってしまった。
そこをカイザル様が慌てて私を抱き直してくれたことで事なきを得る。
(こ、怖っ!)
「療養期間を延ばす気か」
「あ、いえ、まさか! ……ありがとう、ございました」
「……」
私がお礼を言うと無言で頷いていた。
(それにしても)
まさか、昨日の今日の話で庭を用意してくれるなんて。
そんなことをしてくれる人だとは思わなかった。ましてや、私はお飾り妻のはず。
嫌だわ。
こんなの……こんなことされてしまったら、私───……
(いったい何を企んでいるのよ……)
ますます疑い深くなってしまうじゃないの。
「……」
だいたい、話を聞いたばかりの昨日の今日で突然、庭の準備なんて出来るはずがない。
だとすれば、元々ここは───
(ここは、誰のために用意されていた場所なの───?)
私の脳裏に顔も名前もどこの誰なのかも知らないカイザル様の“好きな人”の存在が浮かんだ。