4. 同じようで同じではない
……───
──────────
『え? 旦那様は今朝ももう仕事に行ってしまわれたの?』
『はい……』
『こんな朝早くから?』
『はい……』
家令が申し訳なさそうに自分に向かって頭を下げている。
その姿を見たコレットは何とも言えない複雑な気持ちにさせられた。
『夜だって仕事だと言って帰って来ないわ……』
『はい……遅くに帰って来て朝早くに仕事に出られています』
『それはそれで身体が心配よ』
結婚してから約一ヶ月。
朝食にしても夕食にしても旦那様となったカイザル様と共に過ごした時間は、片手で数えられるほどの回数しかない。
(私を愛せない……とは、はっきり言われたけれど)
いくらお飾りでも、もう少し“妻”としては扱われると思っていた。
それが、いざ結婚生活が始まってみれば……閨はともかく普段から顔すら合わせないとは。
『旦那様は本当に仕事なの?』
“好きな人”と密会しているのではなくて?
もし、そうだとしたらこんな酷い話は無いわ。
『……奥様? それはどういう?』
だけど家令は不思議そうな顔でコレットを見る。
その顔を見たコレットは思った。
(あぁ、旦那様に他に愛する人がいるという話は使用人たちも知らないのね……?)
『……いいえ、何でもないわ。朝食にしましょう』
『はい、奥様』
そう言ってコレットは今日も一人で食べることになる朝食の席へと向かった。
(───なぜ、旦那……いえ、カイザル様は“好きな人”と結婚しなかったのかしら?)
コレットは寂しい一人での朝食を摂りながら考える。
伯爵位の継承の為にどうしても結婚をしなくてはならなかった、という話は聞いた。
そして、その相手に私がちょうど良かったことも。
(つまり、想い人はカイザル様と結ばれるにはちょうど良くない人?)
『身分が高い相手……もしくはその逆。あと考えられるのは、その相手も結婚している───……』
さすがにそれは泥沼になりそうなので勘弁して欲しい。
(私の結婚生活……ずっとこのままなのかしら?)
完全に白い結婚となりそうなこの結婚。このままどうするつもりなのかしら?
お世継ぎだって必要となるはずなのに……
『うーん、突然隠し子とか連れて来られても嫌だわ。知らない方が幸せかもしれないけれど、相手の女性について少し調べてみようかしら』
コレットは旦那様の“好きな人”について調べてみることにした。
──────────
───……
「うーーーーん……なんて嫌な夢を……」
翌朝、嫌な夢を見ながら私は目を覚ました。
見ていた夢は、前世で読んだこの世界の話で初夜からの続きの部分にあたる。
初夜から一ヶ月後に話が飛んでいたけれど、これだけでもコレットはろくな結婚生活が送れていないことが分かる。
残念ながら現実は小説のように日にちは飛んでくれない。
だから、私はまだ結婚して二日……
「でも。やっぱり、今から一ヶ月後には私もこうなる運命なのかしら?」
カイザル様とは、ほとんど顔を合わせることなく、食事も朝晩合わせてまさかの片手で数えられる回数しか共にしていないって!
いくらなんでも妻を蔑ろにしすぎよ!
そんな夫だったから、当然、感想では叩かれてしまっていた。
「そして、コレットはカイザル様の“好きな人”探しを決意するわけだけど……はぁぁぁ……」
そこで私は大きなため息を吐く。
結末を知らない私は結局、それが誰だったのかは知らない。
そこまで考えた時、部屋の扉がノックされた。
「───奥様、おはようございます」
「おはよう……」
「お加減はいかがですか?」
そう訪ねられて、改めて自分の身体を確認する。
昨日ほど頭がズキズキもしていないし、身体も痛みはあるけれど、そこまで痛くない。
「起き上がるくらいなら出来そう」
「それは良かったです。朝食はこちらに運ばせていただきますね」
「ありがとう」
(──そうよね。まだ、むやみやたらと動くわけにはいかないから、私は部屋で食事をすることになるわよね)
そこでふと思った。
つまり、怪我が完治するまでは私、カイザル様と食事を共にすることは無いのでは?
さすがに一ヶ月かかるということはないだろうけれど。
でも、そうなると……
初夜もそうだったけれど、結局のところ展開は違っていても小説の中のストーリーに沿っていくことになるみたい、と思った。
「……どうせ、運命から逃れられないというのなら……好きに生きたいわ」
私は窓の外を見ながらポツリと呟く。
「──奥様? 何か仰いましたか?」
「いいえ、なにも。何でもないわ」
(本当に私の“庭”を用意してくれたら最高なのだけど)
伯爵夫人の仕事を放棄してずっと庭をいじっていられる気がする!
そんなことを思いながら、私は笑って誤魔化した。
「ふむ。昨日よりは顔色も良くなったようですのう」
「そ、そうですか」
朝食の後は、昨日のおじいちゃん……医者がやって来て診察の時間だった。
多分、昨日顔色が悪かったのは記憶を取り戻したせいなのだけど、そんなことは言えない。
「もう少し怪我の具合が良くなったら、庭を散歩するところから始めるといいじゃろう」
「散歩! ……分かりました!」
正直、ずっとベッドの上というのは、身体がなまってしまうし辛いのでその言葉は有難い。
なんて喜んだところで部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
(誰かしら? メイドは部屋の隅で控えているし)
そう思いながら入口に顔を向ける。
部屋の隅で控えていたメイドが扉に近付いて開けると───
「え!」
「……」
なぜか、そこには旦那様───カイザル様が居た。
そして無表情のまま「失礼する」それだけ言ってカイザル様は私の部屋に入って来た。
(えーーーー? ではなくて!)
私は慌てて呆けた表情を戻して訊ねる。
「えっと……ど、どうして……こちらに?」
「……」
そう口にすると、カイザル様は無言で私の顔をチラッと見る。
だけど、すぐに視線を逸らしてしまう。
「?」
「フォッフォッフォ……これ、伯爵夫人。野暮なことを聞くでない」
「先生……? や、やぼ?」
医者のおじいちゃんは、私に向かってそう言うと、にこにこした笑顔を見せた。
「新婚妻の容体が心配で見に来ただけじゃろう? のう?」
「……」
(え! えぇ!? 嘘でしょう? こんなの小説のカイザル様では絶対ありえない行動よ!)
だからこそ、放置されるのだと思っていたのに!
今日も心配で様子を見に来た?
なにこれ! ───同じようで同じじゃないわ!
思わずそんな言葉が口から飛び出しそうになってしまい、私は慌てて口を押さえた。