23. 離縁される“予定”のお飾りの妻
「それは───……」
コンコン……
カイザルが私の質問について答えようとした時、部屋の扉がノックされる音がした。
ようやく使用人が起こしに来たらしい。
すごーく控えめなノックと、すごーく控えめな声で現れたのは、きっと私の部屋にカイザルがいたことを知っていたからだ。
(夫婦の営み的なものは無かったとはいえ、何だかそれはそれで恥ずかしいわ)
自分の顔が赤くなる。
でも、これからはこの日常が当たり前になっていくのだと思うと、くすぐったい気持ちになった。
───
「だけど酷いわ、カイザル。どうして教えてくれなかったのかしら!」
朝食を終えたあと、部屋で一人になった私は愚痴を言う。
あの後、私は仕切り直してカイザルにプレゼントについて訊ねた。
しかし、カイザルが過去にシェイラの為に用意していたという誕生日プレゼントについては「今は秘密だ」と言ってその場では教えてくれなかった。
「…………まぁ、仕方ないわよね」
だってあれから時が経ち過ぎている。
だから、もう手元に残ってない可能性の方が高い。
知ったところで今更でもある。
「過去より未来! 小説より現実!」
まるで何かの合言葉かのように私は唱えた。
だって、戻ることの出来ない過去よりも結末も知らない小説よりも、私は“今”を生きると決めたのだから。
「え? おじい……先生は今日も許可をくれなかったのですか?」
「……」
その夜、私の部屋を訪ねてきたカイザルの落ち込み方は昨日以上に凄かった。
「……フォッフォッフォ! 今の伯爵に許可を出したら無理することは目に見えておるからのう、まだ、駄目じゃ! ……だってさ」
「……そうなのね」
「まぁ……うん。その通りなんだろうけど……コレットにも無理させちゃう気がするし、な」
「?」
カイザルが小さな声で何やら呟く。
何を言っていたのかはよく聞こえなかったけれど、私はふと心配になった。
「カイザルは本当に頭とか身体とかなんともない?」
「大丈夫だ」
カイザルは優しく微笑むとそっと私を抱き寄せる。
「コレットはそそっかしいからな。俺はこの先も鍛えないといけない」
「……そ、そそっかしいは余計よ!」
「いや、二度も階段から落下しておいてよく否定出来るな?」
「うっ……」
私がギクッと身体を震わせるとカイザルは笑った。
そして私の背中を擦りながら言った。
「コレットは可愛いからそのままでいて欲しいとは思うが、心臓に悪いのは勘弁だ」
「カイザル……」
その気持ちは分かる。
私だってカイザルが目覚めなかった時は辛かった。
「えっと……お互い、気をつけましょうね?」
「ああ、そうだな」
私たちはそう言いながら微笑み合うとそっとキスをした。
(そういえば、カイザル……今は普通に喋ってくれているわね?)
本当に私に好かれたくてミステリアスな男を頑張っていたんだと思うと、嬉しくて恥ずかしくてただただ照れくさかった。
「そうだ───コレット。もうすぐ君の誕生日だな」
「!」
カイザルのその言葉に私は驚いた。
「覚えてくれていたの?」
「当たり前だろう? 何年経っても忘れるものか」
「……うん」
私は頷く。
私だってもう忘れない。
過去は辛くて悲しいことばかりだったけど、それを乗り越えて今があるから。
「……コレットの誕生日までには」
「え?」
───医者に許可を出させる!
カイザルは私の耳元でそう意気込んでいた。
◇◇◇
───そうして迎えた私の誕生日。
朝からとてもいい天気だった。
(八歳になったあの日も天気だけは良かったのよね)
そんなことを思い出しながら空を見上げていたら、カイザルが部屋にやって来た。
「コレット」
「カイザル!」
私が振り向くとカイザルはいつもの優しい笑顔で言う。
「コレット、誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
私も微笑んでお礼を言う。
誰より何よりあなたからのその言葉が私も嬉しい。
「────やっと君にそう言えた」
「……カイザル」
そう言って少しだけ涙ぐんだカイザルは、照れながら重そうな赤いバラの花束を私に差し出した。
私は目を見張る。
「え、カイザル……もしかしてあなた……昔、私がコソッと言ったこと覚えていた?」
「ああ。シェイラの夢だっただろ?」
「……」
あの頃、カイザルとたくさん話をする中で、シェイラは大人になったら赤いバラの花束を貰ってプロポーズされたいと口にしたことがある。
何気なく口にした囁かな夢───……
「……コレットにちゃんと言ったことがなかった」
「そうね……」
そういえば、あれよあれよと結婚してしまったからカイザルからプロポーズはされていない。
今更ながらそんなことを思い出した。
そしてカイザルは、じっと私を見つめると顔が真っ赤になっていく。
何だか私の方がドキドキしてしまう。
「だ、だから……俺と結婚してくれ、コレット! 俺は君を愛している!」
「……カイザル」
私たち、もう夫婦よ?
そんな言葉が喉まで出かかった。
でも、ここで答えるべき正解はそうじゃない。
「────はい!」
私は、とびっきりの笑顔でカイザルに向かって思いっきり抱きついた。
シェイラの囁かな夢が叶った瞬間だった。
その後、カイザルは「シェイラへの誕生日プレゼントはこれなんだ」と言って私を庭へと連れ出した。
「…………どういう意味?」
ここは庭よね? と、首を傾げる私にカイザルは言った。
「……花の種を用意していたんだ」
「花の種?」
「シェイラが喜ぶかと思って」
「……」
私がカイザルの顔を見つめると、少し寂しそうに笑う。
そして、庭を指さしながら言った。
「……実は昔、もともと我が家に庭は無かったんだ」
「え?」
「……毎年、シェイラの誕生日に俺が花の種を手配して植えさせた……そして庭が出来た」
「毎年?」
私が聞き返すとカイザルがコクリと頷く。
「八歳のシェイラに渡せなかった種、九歳のシェイラに渡したかった種……」
「……!」
「そうして、シェイラへの誕生日プレゼントが積み上がって今の庭になったんだ」
「……」
ずるい……カイザルはずるい。
だって、庭にあったスペースもそもそも私の為だった。
前に言っていた、
いつか花好きの女性が嫁いで来たら喜ぶだろうから……あれだって私のことを指していた。
(この人はどこまで……)
そう思ったら、私の頬に涙がつたう。
「コレット?」
「……ありがとう、カイザル」
「ああ……」
声が震えてしまった。
でも、そんな私をカイザルは優しく抱きしめてくれた。
(たくさんたくさん遠回りしてしまったけれど……)
────こうして私は、会えなかった十数年分のカイザルからの誕生日プレゼントを今日ようやく手にした。
◇◇◇
───その夜。
約束したカイザルと本当の夫婦となる夜。
カイザルが私の部屋を訪ねてくる。
「……コレット」
「許可は出ましたか?」
私がそう訊ねるとカイザルは「もちろん!」と、笑った。
カイザルはそっと恥ずかしそうに、私の横に腰を下ろすとすぐさまチュッとキスをした。
「───愛しているよ、俺の奥さん」
「ええ、私も愛しています、旦那様」
そのまま、私たちはもう一度キスをしてそのまま─────……
────そして翌朝、ようやく本当の夫婦となった私たち。
カイザルが私を後ろから抱きしめたまま訊ねた。
「そういえば、ずっと聞きたかった」
「ん……何を?」
「……どうして、コレットは妙な誤解をしていたんだ?」
「あ、ご、かい?」
カイザルに耳元で囁かれているせいで、話に集中出来ない!
「……お飾りの妻とかいう話だよ」
「あ!」
私はガバッと起き上がる。
「……」
「……」
「コレット?」
(どうしよう……なんて説明すれば……カイザルは信じてくれる?)
話すことには少々、躊躇いはあった。
けれど、カイザルなら大丈夫!
自然とそう思えた。
「───あ、あのね? 実は……」
それは、結局のところ結末は知らないのだけれど、もう一つのあなたと私の話。
もしかしたら、辿るはずだったかもしれない未来の話。
(でも何となくだけど思うのよね……)
あの小説の結末も、ここに辿り着くのかもしれない、と。
───まぁ、その場合、きっと読者の感想は荒れるだろうけれど。
───……
結婚して初夜に頭を打って目が覚めたら、離縁される“予定”のお飾りの妻に転生していました。
でも……
“予定”はあくまでも“予定”であって、
お飾りの妻は本当の妻となって、たくさんたくさん夫に愛されて幸せに暮らしました!
~完~
ありがとうございました。
これで、完結です。
他サイトに掲載した時の後書きにも書きましたが、
タイトルから、
主人公をお飾りの妻として娶ったあげく冷遇までして浮気する夫とその想い人の女をボコボコに(ざまぁ)して離縁する話……
を、想像し期待して読んでいた方がいたら申し訳ございません。
おそらく、そういう方は途中で察してとっくに読むのを止めているはずなので、
今ここを読んでくれている方は大丈夫だと思うのですが……
私は、こういうお互いが一途な話が好きなので、
いつもこんな話になってしまいます……
ちなみにこの話は、ちょうど約1年前の2023年6月頃に書いた話。
これまで、転載してきた話の中では新しめの話ですね。
昔も今も自分の好きな話の系統は変わらないようです。
なんであれ、最後までお付き合い下さりありがとうございました!
完結記念に色々ポチっていってくれたら嬉しいです!




