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どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです  作者: Rohdea


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16. 夫 vs お父様

 


(───カイザル!)


 思わずそう呼びそうになった私は、慌てて自分の口を押さえた。

 だけど、どこからどう見てもこの場に現れたのはカイザルだった。


(嘘っ! ……目が、覚めた……の?)


 私は信じられない……そんな気持ちで見つめる。

 先程までどんなに呼びかけても反応がなかった彼が、今……目が覚めてここに、いる。

 そう思ったら、うるっと涙が出そうになった。

 だけど、お父様の前で泣くのは絶対に嫌だったので懸命に堪えた。


「……それは、どういう意味かね? ディバイン伯爵」

「ですから、そのままの意味ですよ」


 お父様の言葉にカイザルがそう答えながら、一歩一歩私へと近付いて来る。


「人のいない隙に、俺の妻に変なことは吹き込まないで頂きたいですね───いくら父親のあなたでも」


 俺の妻、という言葉に胸がトクンッと跳ねた。


「ははは、そうは言ってもやはりコレットのような使えない娘では、あなたも求婚したことを後悔し──」

「後悔なんてしていない! するものか!」


(……!)


 カイザルは声を張り上げると、お父様の言葉を遮ってはっきりそう口にした。


「ですが、コレットは昔から物覚えも悪いですし、厳しくマナーも躾をして来ましたが、なかなか身につかずでしてね」

「……」

「それでいて趣味は土いじりなどと。大人しくさせるために仕方なく庭は与えていましたが……」


 お父様はチラチラ私を見ながら肩を竦める。


「とにかく、コレットは何をやらせても貴族令嬢らしくない振る舞いばかりで……」


 カイザルとお父様の会話を聞きながら、私はお父様の本音を知る。

 ラフズラリ伯爵家には跡継ぎの嫡男しかいなかった。

 だから、一応、娘である私を政略結婚の道具にすればいいかと思って引き取ることにした。

 けれど、平民だったことを差し引いても“コレット”は出来の悪い子だった──……


「好きなことを好きだと言える趣味があることの何が悪い?」

「コホッ……ま、まぁ……こちらとしては離縁される方が困りますので、ディバイン伯爵が“それ”でいいのなら……どうぞ」

「……」

「しかし、コレットへの不満や離縁に関する話でないのなら何故、こたび私と話がしたいなどと?」

「……」


 お父様がそう訊ねるけれどカイザルはなぜか黙り込んだ。

 それも顔が怒っているようにも見える。


(どうしちゃったのかしら?)


 先程までは昔のカイザルのように普通に喋っていたのに、急に黙り込むようになってしまった。

 私はハラハラしながらそんな二人を見ていた。


「……その話をする前に、妻……コレットに謝ってくれませんか?」

「は? コレットに謝る?」

「え? 旦那様?」


 お父様が心底驚いている。

 その発言にはさすがに自分も驚いて聞き返してしまった。

 カイザルはムッとした顔のまま続ける。


「先程から聞こえている部分だけでも、あなたはコレットに対して不愉快なことばかり言っていた」

「私は父親で、コレットは私の娘だぞ! それの何がいけない?」

「───父親だからといって何を言ってもいいわけではない!」


 カイザルはお父様に向かって声を荒らげて怒鳴った。


(カイザル……)


「こ……この、若造が……!」


 お父様が小声で舌打ちする。

 大きな声で反論出来ないのは借金の肩代わりの件が大きいのだと思う。


「……」

「……くっ」


 カイザルはそのまま無言でお父様を睨んだ。

 睨まれたお父様は少し怯えた様子でチラッと私の顔を見る。

 そして、またまた小さな声で今度は私に「すまない、言いすぎた」とだけ言った。


 それはとても謝罪と呼べるようなものではなかった。

 けれど、これがお父様の精一杯だったのだろうなと思った。

 カイザルもそれ以上は要求しても無駄だと思ったのか、それ以上口を挟むことはしなかった。


「───すまない、コレット。あんな謝罪しかさせられなかった」


 私の隣に到着したカイザルが頭を下げてそう言った。

 そんなことはどうでもいい。

 私はそれよりも、カイザル自身のことが心配だった。


「お父様からの謝罪なんて別に……それよりもカイザル、様……あなた……」

「?」

「ど、うして……」


 目が覚めてるの?


 ようやく私の言いたいことが分かったらしいカイザルが、あぁ! という表情になった。


「シェ…………コレットの声が聞こえた気がしたんだ」

「私、の声ですか?」


 私が聞き返すと、カイザルはそっと微笑んで私の頭を撫でた。

 その瞬間、彼から香ってきたのは消毒剤の匂い。

 その匂いが先程まで横になって眠っていた姿を私に思い出させる。


「コレットは目を覚まして! と必死に呼びかけてくれていただろう?」

「よ、呼びました……けど……」

「コレットの心はちゃんとずっと俺の(ココ)に届いていた、ありがとう」

「!」


 胸がドクンと跳ねる。

 ありがとうと言うべきなのは私の方なのに!


「カイザル……様───あ、あのね、わた……」

「──えぇい! 何をよく分からぬ話をしている!?」


 ここで、痺れを切らしたお父様が私とカイザルの会話に割り込んでくる。

 そして、カイザルの胸ぐらを掴んだ。


「いったい、貴様……ディバイン伯爵の目的はなんなのだ!」

「……」


 お父様に問い詰められたカイザルがチラッと私の顔を見る。

 その表情はどこか複雑そうで────

 そこでようやく私はカイザルが、お父様を呼び出した理由が分かった。


(シェイラだ!)


 カイザルは記憶のない私、コレットに“シェイラ”のことをどう説明すべきか悩んでお父様を呼び出したんだわ!


(私が、自分をお飾り妻だとか言ったから……)


 “シェイラ”の存在を無かったことにしたのは、ラフズラリ伯爵家の意向もあったはず。

 だから、今は難しい……とカイザルはあの時そう言った。


(……もう!)


 本当にカイザルは私のことばかりだわ。

 だって、カイザルはコレットが“シェイラ”の記憶を思いだしたら、苦しむことが分かっているから。

 それで───……

 私はグッと拳を握る。



 ───シェイラの“最期”

 それは、確かに記憶を封印したくなるくらいの忘れたい出来事だった。


 八歳の誕生日。

 約束の時間になっても現れなかったカイザルを待っていた私の元に現れたのは、お母さんだった。


『……あんた! よくも……よくもやってくれたわねっ!』

『え……? マ……マ?』


 パシンッと頬を叩かれる。


『連絡が来たのよ……ディバイン伯爵家から!』

『??』


 その時のお母さんの表情は、これまで見たことないほど怒っていて叩かれた痛みよりも、まずはそのことに恐怖を感じた。


『お前! 伯爵家の息子を……誑かすなんて! 何を考えているの!』

『??』


 伯爵家の息子? 誑かす?

 最初は、全く意味が分からなかった。

 でも、叩かれた頬の痛みと共にだんだん冷静になって、カイザルはやっぱり貴族……伯爵家の子どもなんだって思った。

 そして、自分が今、こうして叩かれてもう一つ理解した。


 ───あの時のカイザルの腫れていた頬は、やっぱり転んだんじゃない。

 きっと、今の私みたいにお父さんかお母さんに叩かれたのだ、と。


(私なんかと仲良くしちゃいけなかったんだ……ごめんね、カイザル)


 カイザルがどうして今日ここに現れなかったのか。

 その理由を察して心の中でカイザルにたくさんたくさん謝った。


『───ちょっと! 聞いているの!?』

『え? あ……』

『~~っ! お前なんて……お前なんて!!』

『───!』


 そうして、更に怒りがヒートアップしたお母さんは私を───……



「……」


 私は無言でガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。


「コレット? どうし……」

「───カイザル!」


 そして、私はカイザルに向かって、そっと腕を伸ばす。

 そうして彼の身体の負担にならないようにと気をつけて自分からそっと彼に抱きついた。


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