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第5話 初デートは甘味処へ


 お菓子の名店であるリシェスは、王都コーヴの高級住宅街の一角に存在する。

 庶民が集う商店街ではなく、かといって貴族街でもなく、平民たちの中でもとくに金持ちが住んでいる地区だ。


 もともと治安が悪いような場所ではまったくないんだけど、リシェス目当てに貴族や騎士の令夫人が訪れるようになって、ますます治安は良くなったらしい。


「俺たち正規軍も定期的に巡回しているんだ」


 横を歩くレオンが言った。


 出会いの翌日である。

 レオンが宣言したとおり、リシェスへとお菓子を食べるために向かっている。


 傍目にはデートに見えるだろうけど、目的は、もう純粋にケーキを食べるためだ。


「もしかしてレオ、巡回中にリシェスに興味を持ったんですか?」

「俺が下っ端の騎士だった頃……あの赤い外壁のなんと眩しかったことか……」


 遠い目をするな。

 ようは、新米騎士だったころから行きたかったわけね。


「いけば良かったじゃないですか」

「そう、そのときは勇気が出なかった。だが出世していくうちに、勇気の問題ではなくなってしまった」


「まあ、白騎士様が店内に入ってきたら、たぶんお店の人が卒倒しちゃいますよね」

「あのとき……俺にもっと勇気があれば……」


 頭を抱えて後悔しているけど、そーんなに深刻な問題ではないと思うよ。

 ケーキを食べそこなったくらいじゃん。

 人生における重要度はさほど高くないって。


「メグに俺の苦悩が判るのか」


 いやいや、そんな芝居がかって睨まれても。


「名店の味とまではいきませんけど、私の手作りで良ければいつでも食べさせてあげますよ」


 でもまあ、睨まれたのでご機嫌をとっておく。

 食べ物の恨みは恐ろしいっていうしね。


「本当だな? 言質を取ったからな?」

「どんだけお菓子に執念を燃やしてるんですか。レオは」


 なんか、よっしゃとポーズを決めてるレオンに私は呆れる。

 いや、私だけでなく、道行く人々がなんだか微笑ましく見守ってるよ。はずかしいなぁ。


「行きますよ。レオ」

「いつでもっていったけど、毎日でもいいのか?」

「はいはい。毎日作ってあげますから」

「言質いただき!」


 いちいち言質を取るな。

 何が目的なんだよ。あんたは。



 



 三角屋根と、蔦が良い感じに絡まった赤い壁。

 そして天使が描かれた看板。


 目抜き通りから一本入ったところにあるリシェスは、なんとなく周囲の空気すら高級品だ。


「魔女が作ったお菓子の家をイメージしてるんだそうですよ。あの外観は」

「だからこんなに心惹かれるのか」


 わたしの解説にレオンが大きく頷く。

 けっこう有名な話なんだけど、たぶん彼は店員と話したことも、お客さんと喋ったこともないだろうからね。由来なんか知るわけながない。


「よし。いくか」


 ぐっと気合いを入れてる。


「敵陣に突撃するんじゃないんですから」


 その様子に私は微笑してしまう。

 昨夜父から聞いた話だと、白騎士レオンというのは勇将と名高くて常勝将軍なんて呼ばれてるんだそうだ。

 そんな人が、たかが甘味処に入るのに気合いを入れてるんだもん。


「いや……単騎で突入する方が緊張しないな」


 おいおい。

 つっこもうと思ったけれど、私はにっこりと笑ってみせる。


「単騎じゃないですよ。二人でいくんですから」

「そ、そうだな! その通りだ」


 ちょっとだけ赤くなって頷く騎士様と手を繋ぎ、私たちはリシェスの扉をくぐった。


 まあ、外観から想像するとおりの、女性にうけそうな店内である。

 清潔なテーブルクロスも、可愛らしい壁掛けも、働いている人たちの服装も、貴婦人たちの好みに合うように計算されている。


「マルグリット嬢。お久しぶりです」


 店員のひとりが優雅に一礼した。

 顔も名前も知られているのは、常連というわけではないけれど、幾度かきたことがあるから。


 一度の対面で顔と名前を一致させないといけないというのは、貴族社会における最低限のマナーなので、この店でも同様にしているらしい。


「お連れ様がいるとは珍しいですね」


 席へと案内しながら、さりげなく情報収集してくる。


「白騎士のレオン様です。傷心の私をリシェスのケーキで慰めてくれるとおっしゃるので、むりやり引っ張ってきました」

「白騎士様!? たいへん失礼いたしました」


 顔を知らなくても、四騎士って言葉くらいは誰でも知っている。

 慌てて膝を突こうとするのを、私は押しとどめた。


「ただの男性という立ち位置でお願いします」


 地位を気にしないでね、という以上に、私の恋人なんでそんな風に扱ってね、という意味である。


 こういう直接的でない言い方を貴族社会ではするのだ。

 理由は、言質を取らせないため。

 あのときあなたこう言ったでしょ、というのが、ものすごい弱みになっちゃう世界なんだよね。


 だから、自分の言いたいことを正確に読ませる、相手の言いたいことを正確に読む、このふたつができないと貴族社会では孤立してしまう。

 できないやつ、という目で見られるから。


「承知いたしました。レオン様、どうぞこれからもごひいきに」

「ああ。よしなに頼む」


 レオンに声は低く、そして短い。

 ともすれば横柄に見えちゃうような態度なのは舐められないためと、そしてこれから食べる甘味へのときめきを隠すため。


 私は知ってる。

 もし彼のおしりに尻尾がついていたら、犬みたいにぶんぶんと振り回してるだろうってことを。


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