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第1話 婚約破棄されました


 天国と地獄を同じ日のうちに味わうなんて、滅多にない経験だと思う。

 膝の上においた手を、私はぎゅっと握りしめた。

 そうしないと、顔を覆って泣き出してしまいそうだったから。


「さらばだ。もう会うこともないだろう」


 席を立ったロベールが、そんな私を一瞥して応接室を出て行った。


「ああ……マルグリット……」


 見守っていた母が背中から抱きしめてくれる。


「大丈夫。大丈夫よ。仕方がないことなんだから……」


 私は呟いた。

 自分に言い聞かせるように。


 騎士にとって結婚というのは家と家との結びつきだ。ごく幼少の頃に私とロベールの婚約したのには、家柄が釣り合うからという以上の理由はなかった。


 それは事実だけれど、私は彼を好もしく思っていたし、彼も私を大切に扱ってくれていた。


 新年や季節の祭のさいには、互いに手紙や贈り物をしていたし、このまま一、二年のうちには婚姻し、幸福な家庭を築けるものだと漠然と思っていたのだ。

 今日、ロベールの口から婚約の破棄を告げられるその瞬間まで。


「たしかに、仕方のないことではあるが……」


 ぎり、と、父が奥歯をかみしめる。

 そりゃあ悔しいよね。私もだよ、お父さん。


 婚約破棄の理由は、ロベールが出世したことだ。

 ただの騎士から、十四騎士の一人に。


 軍隊のことはよく判らないんだけど、お父さんたち普通の騎士を何人か束ねるような地位なんだって。

 爵位持ちの貴族まで、あと階ひとつってところらしい。


 わざわざ報告にきてくれた彼を、私も父も母も手放しで祝福した。

 大出世だもの。


 十四騎士なんて、誰でもなれるようなものじゃない。ほとんどの騎士は騎士のまま現役を退く。

 おそらく父だってそうだろう。


 それが二十歳で抜擢されたんだから、無邪気に喜んでしまった。

 次にくる言葉を考えもせず。


「ヴァンサン家とルグラン家は釣り合わなくなるから、婚約を解消する」


 とね。


 それはその通り。

 十四騎士家となったヴァンサンと、普通の騎士家であるルグランでは家柄が合わないよ。


 だけど十年だよ?

 私が七歳、ロベールが十歳のときから、ずっと互いを大切に思い、愛を育んできたんじゃなかったの?


 釣り合わないっていっても、貴族と平民ほど離れてるわけじゃない。

 この程度の身分差の夫婦など、いくらでもいる。


「だが、平の騎士の娘を娶ったところで出世には役立たないと思ったのだろうな」


 ふんと父が鼻息を荒くした。

 驚愕から怒りへと変わったようである。


「ヴァンサンの小倅など、こちらから願い下げだ。メグ、気にすることないからな。父さんがもっと良い相手を探してきてやる」


 愛称で呼び、父が笑った。


 そう簡単にはいかないだろう。捨てられた女、という悪評はたぶんあっという間に社交界に広がる。

 傷物扱いだ。


 わざわざ娶りたいなんて家は、トゥルーン王国に百五十もある騎士家のなかでもいくつあることか。


「殿方は、もう当分いいです」


 我ながら情けない顔で返した。


 一生大切にするとか、君の明るさに癒やされるとか、この剣は君を守るためにあるとか言ってたくせにね。出世と私を天秤に乗せたら、前者がどーんと沈んで、私は簡単に振り落とされてしまう。


 殿方にとって、出世というのはそれほど大切なことなんだろうけど。

 女の立場が、あまりにも軽すぎるよ。





 さて、あらためて、私の名はマルグリット・ルグラン。

 ルグラン家の長女だ。


 兄と弟がいるので、どっちかが騎士家を継ぐだろう。

 私は普通にお嫁に行くのだろうと思っていたが、このていたらくだ。


 このまま冷や飯食いの行かず後家になってしまう可能性がでてきた。にもかかわらず、積極的に嫁ぎ先を探してもらう気にもなれないというね。


「おねいちゃん。げんきない?」


 はあああ、と、ため息をついた私を、小さな女の子が心配そうに見上げる。


 おっと、いかんいかん。

 子供たちの前では常に笑顔だ。


「元気いっぱいだよ。チロル」


 むんと力こぶを作って見せたあと、頭を撫でてやる。


 王都コーヴの一角にある託児所。

 週に四日、私はここで奉仕活動をおこなっている。


 こういうのも騎士や貴族の子女の義務なのだ。

 教会を手伝ったり、病院を手伝ったり、学校を手伝ったり、人それぞれだけど、私が託児所を奉仕先に選んだのは、将来子供が生まれたときに役立つかなーなんて、ちょっとした邪心もあったんだよね。


 だからバチがあたったのかもしれない。


「げんきなそうなの」

「お姉ちゃん、フラれちゃったんだよぉ」


 チロルはまだちっちゃいんで言葉の意味も分からないだろうから、笑いながら適当なことをいっておく。


「なんだと! 豆ぐりっとがフラれた!」

「まん丸ぐりっとが!」


 耳ざとく聞きつけて、悪ガキどもが駆け寄ってきた。


「こら! てきとうなあだ名で呼ぶな!」


 たしかに私は、人様よりちょっと背が低いし、人様よりちょびっとだけ太ってるけどさ。

 人の身体的な特徴をあげつらってはいけません。


 叱ってやると、比較的年長の子が胸を反らす。


「心配すんな! 豆ぐりっとは、オレが嫁にもらってやる!!」


 どーんと胸を叩いたりして。


「はいはい。マルコが大人になったらね」


 託児所にいるのは平民の子供たちだ。

 これはこれで身分違いなんだよね。


 なんか、めんどくさい世の中だよなぁ。


 

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