お家が決まった
これまで気になっていた部分を改作します。
最後のエピソードまで行ったら、新エピソードも書いてゆきます。
どうか、暖かく見守っていてください。
街道沿いの川の向こうにその家はあった。やっぱりここだった。すっかり思い出した。懐かしい。それにしても、よく300年ももったものだ。旧王国がなくなってからメインテナンスもしてなかったでしょうに。
「いかがいたしましょう。この橋を渡ると落雷があると言われていますが…」
確かに、その家の上空だけは不穏な雲がかかって、橋を渡ろうとする者を威嚇している感じだ。
私はAIのヘルメスと通信して現在の保護の内容を質問し、雷撃の対象は悪意を持ったものだけであること、いかなる場合でも私とその仲間は対象からは外れることを確認した。
「大丈夫よ。落雷は悪意を持ったものしか対象とならないわ。」
そう言うと私は、率先して堂々と橋を渡って行った。紗羅も意に介した風も全くない様子で私の後に付いてきた。
残りの二人は暫く顔を見合わせていたが、空に目をやりながら、おっかなびっくりの様子で私たちの後を追ってきた。
「あー、ほんとドキドキした。」
「確かに…物件として扱っていてなんですが、ここに入れるとは思っていませんでした。」
セシオラさんとソルヴィーニさんの心底ホッとした様子に、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「ソルヴィーニさん、中に入ってみたいんですけど、鍵はございます?」
「この石板が鍵の役割をなす、と伝えられてきたんですが…何分試したことがなくて」
ソルヴィーニさんは、表面に細かな凹凸の刻まれている金属板をポケットから出して見せてくれた。角のところに穴があいていて、そこに持ち運びのための鎖が付いている。
そうそう、これだわ。私のお家の鍵は。この時代の技術とはかけ離れたものだから、破られる心配も無くて重宝した。
「じゃぁ、試してみましょう。」
ドアノブの下にあるスリットにその金属板を差し込み、少し強く押してやるとカチリという音がした。長い年月にもかかわらず、中のメカニズムは錆び付いていなかったようだ。
ドアノブを回しそっとドアを開ける。久しぶりの我が家ね。私たち4人は、思い思いに各部屋を回って見ていった。
家の造りはまだ十分使用に耐えるようだ。柱とか壁とか階段とか。でも一部の家具はダメなものもある。まぁ、長い時間を経ているのだから仕方がない。それに、このお家の最大の長所は温泉があることなのだ…今はどうなってるんだろう。
記憶を頼りに、調理場の横を抜けて温泉のあったところに行ってみた。
「わぁ!温泉、ちゃんと生きてるじゃない!」
私は思わず歓声をあげた。脱衣所に使っていた小部屋の先には、天然の岩石を組んでつくられた湯だまりがあって、透明なお湯が今もこんこんと湧き出ていた。
「ほう!これは珍しいですね。個人の家にこのようなお風呂があるとは。本当に価値のある物件です。」
「まぁ!素敵。これならお家でリラックスできますね。住むのが楽しみです。」
ソルヴィーニさんも紗羅もセシオラも、みんな嬉しそうな表情だ。私もこれほど良い状態で残っていたとは思っていなかったので、心底嬉しい。
「このお風呂、一度使わせていただいてよろしいですか?」
「案内をしてくれたお礼。いつでもどうぞ。」
にっこり微笑んで、セシオラに答える。
「じゃぁ、ソルヴィーニさん、契約させていただきます。あちらで契約書にサインしますね。」
「はい、かしこまりました。代金は一週間以内で結構ですので、よろしくお願いいたします。」
契約書の取り交わしが終わるとソルヴィーニさんから提案があった。
「見たところ、お家の改修はほとんど不要とお見受けしますが、家具や調理器具はいくつかは交換する必要がありますね。もしよろしければ、適切な業者をご紹介いたしますが?」
「ありがとうございます。ぜひお願いいたします。何分、外国から来たばかりなので、何もわかっていませんので。明後日、代金をお支払いするときにでも教えてください。」
「かしこまりました。明後日までに業者にも話をしておきます。それでは、私はこれで失礼させていただきます。お取引き、ありがとうございました。」
「はい。良い物件をご紹介いただき感謝しています。ありがとうございました。」
「ふー、やっとお家を確保できたわ。でもすぐに住めるわけじゃないから…そうね、あと一週間はセシオラさんの宿にお世話になります。サラはその間にこの家の家具や調理道具なんか手配できる?私はそういうのやったことないから、もしサラさえよかったら、任せたいのですけど…」
「私の好きにさせて貰えるならやりますよ。そういうの好きですもの。」
「じゃぁお願いします。さて、私はもう少しこのお家で確認することがあるし、サラも家具のこととか考えることがあると思うんだけど、セシオラさんはどうします?」
「そうですね…いつもと違う一日だから、このまま王都に戻って、買い物でもして行こうかしら。シーツ洗いとかは明日にしてしまって。」
「シーツ洗いは今日でないと困るかもよ。明日は午後から雨だから。」
「え、そんなことわかるんですか?もしそうだったらホント困るから、戻って今からお洗濯しないと。」
「私、明日のお天気ぐらいだったら、かなりわかります。局地的な短時間の雨なんかは予想が難しいけれど、広範囲の予測はほとんど間違わないわ。」
「もしそうなら凄いし、助かる人は多いと思います。でも、どうしてわかるの?」
「うーん、説明は難しいのだけど…一週間ぐらい先まではわかるかな。もしかして商売になるかしら。」
「当たるならなりますよ。明日っていうことだけだと、誰かに言ったらそれが伝わって終わっちゃうけど、一週間先っていうことなら、その情報を特に必要としている人には売れると思います。でも外れた場合どうするのかがはっきりしてないと、お金を取るのは難しいかなぁ」
「あら、それは予報の確度に応じて違約金を支払うということにすれば良いんじゃないかと思うわ。自信がある予報には料金と違約金は高く、はっきりしない予報の場合には料金と違約金は低く。明日のお天気は毎日どこかに書いて貼っておいて、ちゃんと当たるのをPRすれば良いわね。やってみましょう。」
「じゃぁ、残念だけどルナさんの予報に従って、私は宿に戻ってお洗濯します。」
「明日の午後ということであれば、雨という予報は絶対外れないわよ。でももし外れたら、セシオラさんの好きなものを何か買ってあげる。」
「外れるのを楽しみにしてますよ。」
「今日は、この家とサラに巡り合ったお祝いを、宿でやろうと思いますので、お酒なんか色々と準備お願いしますね。」
「はい、承りました。では後ほど。」
セシオラさんが帰って行った後、私は母屋の隣にある望楼へと登ってみることにした。サラも一緒だ。
階段を上って行く。雨ざらしだったにもかかわらず、ここも意外としっかりしている。何か特殊な保護剤でも使っていたかしら…
望楼の上から眺める景色は本当に格別だ。家の裏手には広大な湿原が広がっていて、そこを吹き渡る風が湿原を煌めかせ、星空のようにも見せてくれる。遠くの森まで続くこの湿原は、この家と同様、かつて私が大賢者として領有していたものだった。通常は2年ほどで任務を終えてその土地を離れる私が、20年近くこの国に滞在した理由は、ひとえにあの娘が居たからだった。アスターシャ、この国の第二王女。昔とあまり変わっていないこの湿原の光景を見ていると、当時の思い出が次々と蘇ってくる。出会った頃、彼女はまだ17歳ぐらいだったと思う。この国に下水道を普及させるプロジェクトで知り合って、お互いに惹かれ合い、毎日のように一緒に過ごすようになった。この家はプロジェクトの打ち合わせをするのにも適していたから、関係者が集まって色々と相談し、その後はみんなでお食事会を開いた。みんな良く食べて良く飲んで。そんな中で彼女はたおやかに微笑んで…。私も彼女もそんな馬鹿騒ぎするタイプでもなかったから、みんなが羽目を外しすぎると、そっとふたりで外へ出て、この望楼に登ったものだ。ここは彼女のお気に入りの場所。遠くを眺めながら、将来の希望を語ってくれた。その後で二人で温泉に入ったりもした。彼女は私との子供が欲しかったみたい。今の世の中は人類も進化して、低い確率ではあるものの、女性同士でも子供ができるから。出会って10年ぐらい経ったとき、彼女は私がちっとも歳をとらないことに気づいたようだ。それで私は、自分のことを全て話した。彼女は私を抱きしめて、とてつもなく長い人生なのね、って言ってくれた。そこには、いずれは私が彼女を置いて一人で遠くに行ってしまうことへの無念さと、私が抱える孤独への哀しみが含まれていたと思う。やだ…涙が出そう。
サラが私の側にスッと寄ってきて、手を重ねてくれた。
「ねぇ…サラ。貴女は私よりも遥かに長く生きているんでしょう?」
「ええ。私があの方から別れたのは…10万年ぐらい前でしょうか。この地上に住まう生物が、あの方と交流できるほどの知性を獲得して以来、ずっと生きていますよ。」
「全ての生き物が貴女を置いて行く中で、貴女は寂しさを感じたことはなかったの?」
「これまで幾千万、幾億の別れがありました。それぞれの瞬間は、もちろん私も寂しさを感じましたよ。でも私は心の有りようが人間とはもとより異なる者。別れの寂しさが未来永劫繰り返されたとしても、私はそれを当然のこととして受け入れるでしょう。でも人間は違います。生まれてきて色々なことを経験し、そして死んでゆく。その人生における数々の別れもまた有限のものなのです。でもルナさんの場合は、それが無限と感じられるほど続いてゆくでしょう。この星の環境を維持するという志と行動を示してくれた貴女に対して、それはあまりにも過酷な仕打ちだと思います。だからあの方は私を遣わして、貴女に寄り添うように願われたのです。今後どのような辛い別れを貴女が経験されようとも、私だけは、貴女が死を迎えるその時まで、ずっと一緒にいますよ。」
サラの言葉が私の心に深く浸み込んで、私は、溢れる涙を止めることができなかった。あの方とサラが私に配慮してくれたことに対し、私は心の底から感謝せずにはいられなかった。
「サラ…ありがとう。冗談でも家政婦だなんて言って悪かったわ。貴女が私と一緒にいてくれて本当に嬉しい。これから、よろしくお願いします。」
「私のほうこそよろしくお願いします。生きて行く中で、私のことが疎まし感じる時期もあるでしょうけど、そんな時でも私は、ひっそりと貴女のことを見守っていますよ。」
私はサラを抱きしめて言った。
「ありがとう…サラ」
私たちは夕暮れまで望楼の上で過ごしたあと、セシオラさんにお願いしたお祝い会の打ち合わせのために月と兎亭へと向かった。




