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出立前夜の出来事

テレーゼ・テルメへ出発する前日の夕刻、一人の男の子がやって来て、ルナに手紙を手渡した。それはリュミエールさんからのもので、明日の出立に先立って相談したいことがあるから、今晩彼女の宿に来てくれないか、ということが記されていた。時間は夜の10時。顧客との会食が9時すぎまであるため、申し訳ないがこの時間でということだった。ルナは、この手紙に少し不信感を抱いたものの、手紙を持ってきた男の子がすぐに返事を欲しがったため、了承する旨を書いた手紙を男の子に持たせて帰した。

ルナは、このリュミエールさんからという手紙をサラ、クレオパトラ、シャスタに見せ、疑問を口にした。

「10時って人を呼ぶには遅すぎる時間じゃない。それなのに、この手紙には夜の移動に対する気遣いが感じられないの。話した限りでは、リュミエールさんはそんな非常識な人ではないと感じられるんだけど、貴女たちはどう思う?」

するとクレオパトラが言った。

「私も、ルナお姉さまと同じ感じを持ちました。その手紙って、本当にリュミエールさんの書いたものなのでしょうか?」

「偽手紙で呼び出すっていうパターンよね。もしそうなら目的は何だと思う?」

「寂しい夜の街にルナお姉さまが一人で出かけるのを想定しているのだとしたら、お姉さまを襲撃するつもりということですかね?でも、お姉さまが狙われる理由がわかりませんけど…」

「うーん…心当たりが無いこともないんだけど。」

ルナは、ロレンツォと行った店で3人のロクデナシを叩きのめしたことを説明した。彼らであれば、ルナに仕返しをすることは十分に考えられる。だが、そこにリュミエールさんが絡んでいる理由がわからなかった。リュミエールさんと具体的な帰郷の話をしたのは私が彼女の宿を訪ねていった時であり、街中のカフェでは帰郷の話は出てなかったはずだ。だが手紙の内容からすれば、その書き手は、リュミエールさんが明日出立することを知っていることになる。また、狙いが私の襲撃であるのなら、リュミエールさんの宿がどこであるのか知っていなければ、ルート上で待ち伏せはできないように思える。もちろん、私たちがリュミエールさんの性格を見誤っていて、手紙の書き手はリュミエールさん本人だということはあるのかもしれない。そう考えているうちに、私は一つの可能性に思い至った。もしかすると、例の3人はリュミエールさんの関係者もしくはそれに連なる者なのではないだろうか?それならば、リュミエールさんの事情を把握していても不思議はない。何となくそれが正解な気がして、ルナはみんなに言った。

「とりあえず行ってみるわ。色々考えてみたけれど、結局は流れに身を任せるしかしかた無いように思う。それに、襲撃されても私はたぶん大丈夫ですし。」

「ルナさんのことだから問題ないとは思いますけど、油断せず気をつけて行ってきてくださいね。」

「ありがとう、サラ。でも、貴女たちの方こそ気をつけないとダメよ。私への仕返しを考えている誰かがいるのだとしたら、私が悲しむことなら何でも仕掛けてくる可能性があるからね。私をおびき出しておいて、その隙に宿にいる貴女たちに危害を加えようとしてくるかもしれない。」

王都では、宿が襲われるような事態はめったにないことである。どの宿もみな塀に囲まれ、出入り口の扉は施錠されているので、侵入はそう簡単ではない。また、侵入に時間がかかれば、治安維持のために巡回している兵に見つかってしまう可能性も高くなる。だが仕返しの場合は、自分たちはどうなろうとも私を苦しめることさえできればそれで良いという考えで、騒ぎになっても構わないから、衆を頼んで短時間のうちに押し入って来るということは有り得るだろう。そうなった場合は、私の仲間に危害を加えられる可能性を否定できないのである。そこで私は、万一の場合を想定して護衛を付けることを考えた

「ねぇ、サラ。夜に私がここを留守にしている間、教会騎士の護衛を受けられるよう教会に頼めないかしら?貴女は特別枢機卿だから、そういったことも可能じゃないかと思うの。私への呼び出しには、この宿を手薄にする狙いがあるのだと考えられないこともないから、万全を期したいのよ。」

「ルナさん。人さえ確保できれば、それは無理な話ではないはずです。ソフィア様宛に手紙を書きますから、誰かに持たせて依頼してみましましょう。」

「その手紙は私が今から持って行くわ。結局どうなるのかを知りたいからね。人任せでは、手紙が届いたかどうかさえ確信が持てないもの。」

私は、サラが書き上げた手紙を携えて教会を訪れた。以前に来たことのある教会庶務と書かれた部屋に顔を出し、事情を話してサラの手紙を渡すと、職員は気の毒そうに言った。

「申し訳ありません。実はソフィア様が3日前から出かけられて、護衛の騎士はほとんどそれに随行してしまったんです。非番でお休みの者が2名ほど居るので、彼らが対応できたら良いのですが…その者たちをつかまえて聞いてみないことには何ともわかりません。でも、できるだけのことはいたします。」

「そうですか、わかりました。タイミングが悪かったのですね。その非番の騎士様方に連絡がついて、もし護衛に入っていただけることができるのであれば、私たちの宿に21時半頃にお越し願えると助かります。お手数おかけして申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします。」

「はい、わかりました。精一杯努力してみます。」

私は深く感謝しつつ教会を辞した。宿へ戻ってサラたちに事の次第を伝え、自分たちだけでも十分に気をつけるように注意を促した。それとともに、AIヘルメスには、赤外線探査が可能な衛星を使って、夜9時30分以降におけるこの宿周辺の探査を指示した。ヘルメスからは、利用可能な衛星は9時50分に上空を通過するとの回答があった。ちょっと遅いかなとは思ったが、衛星の軌道は急には調整できないので仕方がない。まぁ、何かあったとしても全力で戻れば、たぶんなんとかなるだろう。最悪の場合は、静止衛星からのレーザー攻撃という手もある。でもこれは街中で使いたい手ではなかった。

夜9時半ごろになっても教会にお願いした騎士は来なかった。私は腹をくくって、襲撃を受けた場合の対処方法をシャスタさんに伝えてから宿を出た。リュミエールさんの宿までは、歩いて30分というところである。手にはランタンが一つ。途中の道はかなり暗いところもあり、私は最大限の注意を払って進んでいった。やがて、差渡し40メートルほどの広場にさしかかった。広場の周囲には明々と篝火が焚いてあって、広場の様子がはっきりと見て取れた。この広場は中央の大きな木がとても印象的で、その木を囲んで花壇やベンチが配置されている。それにしてもこの篝火は、夜に誰かが来ることを想定しているのだろうか?確かに深夜というほどではないから、そういうこともあり得るとは思うのだが。私は篝火が焚いてあることに訝しさを覚えながらも広場に入って行った。中央の木の近くにさしかかったとき、俄かに周囲が騒ついて、私めがけて四方八方から多数の矢が打ち込まれた。なるほど。この広場の明るさは矢を射掛けるためのものだったのだろう。標的の私だけが照らされ、射手たちは闇に隠れているというわけだ。私は、咄嗟に高くジャンプすることで一斉に放たれた矢を躱した。空中では移動が制限されるというデメリットがあるが、上に跳んだ相手に素早く正確に二の矢を放つというのは難しいものなので、ジャンプして躱すのは最初だけなら問題ないだろう。幸いにして、空中で追撃を受けることはなかったが、私の着地地点を狙った矢は2本射込まれた。私の動きをちゃんとフォローできる射手が2名は居るようだ。その2本に数瞬遅れて更に数本の矢が射込まれた。私は素早く前方に跳んでこれを躱し、そのまま広場の中央の木に登って身を隠すことにした。その木は丈が高くて枝葉がこんもり茂っていたので、身を隠しつつ考える時間を稼ぐにはちょうどよかった。とその時、ヘルメスから赤外線探査の結果について連絡が入った。その内容は、私が危惧したとおり、宿の周りに10名の人間が集まってきているというものだった。こうなったら、すぐに宿に戻らなければならない。教会に頼んだ非番の騎士が来てくれたにしても、戦闘を担える人はシャスタさんを含めて最大で3名しかいないのだ。木から飛び降りてひたすら走れば、5分以内に宿には着けるはず。だが、そうすると、今私を囲んでいる射手が新たに戦闘に加わることになるだろう。この場で短時間のうちに相手をかなり減らすことができれば良いのだが、今のように私を遠巻きにしている限りはそうもいかない。

そこで私は相手を引き寄せることを考えた。相手が私との距離を縮めたくなる餌を撒くのだ。私は、腰に差していたナイフを引き抜いて木から飛び降りた。待ってましたとばかりに雨のように矢が飛来する。私は木を背にして、飛来する矢をナイフで捌いた、5秒、10秒…そして20秒。さすがに弓を射る方も連射の疲れが見えてきたようだ。矢数もずいぶん減ってきた。私は頃合いと見て、矢を捌く時にナイフを持つ力を緩めた。すると、カキンという乾いた音とともに、私のナイフは10メートルも弾き飛ばされてしまったのだ。私は、しまった!と大きな声を上げ、一瞬でジャンプして木の上へと戻り、様子を見ることにした。武器を手放したことで私を与し易しと見て、とどめを刺すために近づいてきてきてくれないだろうか。もし近づいてきてくれたらシメたものだ。接近戦なら、20秒以内に全員を片付けることができる。でも…こんなしょうもない誘いに食いついてくれるのだろうか。私はジリジリした気持ちで相手が反応するのを待った。30秒ほど経って、あぁもう強行突破して宿に戻ろうかしらと思ったとき、相手に動きがあった。矢を射かけて来た者たちが姿を現し、弓を構えながらじわじわと包囲の網を絞ってきたのだ。至近距離から一斉に矢を打ち込んで私を仕留めるつもりのようだ。私は思わずほくそ笑んだ。

彼らが木から10メートルほどの距離に近づいた時、私は木から飛び降りると、最も近くにいた射手を瞬時に昏倒させ腕を叩き折った。そしてそこから順次、襲撃者たちを同じように始末していった。混乱の中で襲撃者の何人かは私に矢を射かけようとしたが、自分たちの仲間がすぐ近くにいるため、実際には1本の矢も射ることはできなかったようだ。こうして私は、その広場に居た襲撃者全員に重傷を負わせた後、急いで自分の宿に向かったのだった。

宿に戻ってみると、宿の門の前ではシャスタさんと二人の騎士が馬に乗って、10名のならず者に攻撃をしかけているところだった。作戦は私が教えたとおりヒットアンドアウェイのようだ。門をこじ開けようとする相手にちょっかいを出して邪魔をし、侵入を遅らせる。巡回兵が来るまで時間を稼げれば何とかなるはずである。

私はシャスタさん達が一旦引いた時に、門の前のならず者を一人残らず叩きのめした。ちょうどそこに、シャスタさんと二人の騎士が再び攻撃をしかけようと戻ってきた。シャスタさんは、私の姿を認めると、目を閉じてホウッと安堵のため息をついた。一方、二人の騎士は何が起こったのか?と驚きの表情で目を白黒させていた。

私はまず、駆けつけてくれた騎士様方に深く感謝するとともに、サラもお礼を言いたいはずだから、どうか宿の中に入って欲しいとお願いした。次にシャスタさんには、よく頑張ってくれたわと、労いの言葉をかけた。

門前の騒ぎが収まったことを察して、宿の人が門を開けてくれたので、私たち4人は宿に入っていった。門を入るすぐ、サラとクレオパトラが二人の騎士様を出迎え感謝を伝えた。その後、私たち四人はお互いに抱き合いながら、お互いの無事を祝ったのだった。

「みなさん、お疲れになったことでしょうから、お菓子を作りましたの。ぜひみなさんで召し上がってくださいな。」

どうやらサラは、騒ぎの間にお菓子を焼いていたらしい。

「まったく、なんて呑気なのよ。」

「あら。だって、何かあればすぐにルナさんが戻ると思いましたからね。それまでの時間稼ぎは、騎士様二人とシャスタさんにはたやすいはずでしょうから、私は自分ができることをやろうと思ったのですよ。」

そうか。サラは私がヘルメスに指示したことを理解していたから、私が絶対に戻ってくると考えたんだ。サラの私に対する信頼を知って、私は胸が熱くなった。

その後は、宿の食堂を借りて、皆で紅茶とサラのお菓子を食べながら、歓談ということになったのだが、途中、宿からもお酒と肴が供されることとなり、思いもかけず楽しいひと時を過ごすことができたのだった。その席では、私が広場で襲撃されたことも話たのだが、ハッと気づいたことがあった。

「あ、しまった。叩きのめしたならず者、ほったらかしにして来たわ。」

「まぁ、巡回兵が対処するのじゃないですか?ウフフ」

相変わらず能天気なサラであった。

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