撤退
全員が一応の安全圏に逃れたあと、ルナはクレオパトラをルチアーノさんとシャスタさんに託して、シファードの寺院に戻ると告げた。
「え、何だって!何故そんなことを?」
驚くルチアーノさんにルナは説明した。
「さっきのムスタファの話からすると、あの寺院には囚われている女性がまだいるはずよ。だから何とか探し出して助け出したい。それにあの寺院では、どうやら私の気に入らない薬を作ってるようだから、その製造設備を二度と使えないようにしてしまいたいの。」
「一人でだいじょうぶなのか?」
「囚われている女性を連れ出すのに人手が要るかもしれないから、アキリオスとガリアノスは私を手伝って。貴方への貸しはこれでチャラにしてあげる。」
「わかった。せっかく借りを返す機会をくれると言うんだ。付き合ってやるさ。」
「俺はどこまでもお頭について行きます。」
「じゃぁ、さっき寺院に侵入した通用口に戻るわよ。ムスタファは死んだし、火事は起こるしで、向こうは混乱してるでしょうから、多分まだ開いたままだと思う。」
ルナが予想したとおり、シファードの寺院は、さっきより混乱が拡大していた。何と言っても、ムスタファが死んで指示をする者がいなくなったのが大きいようだ。それでも、何とか倉庫の火を消し止めようと、多くの教団関係者が燃えている倉庫の周りに集まってきていた。ルナたちは、そうした教団の関係者を片っ端から捕まえて、囚われているはずの女性たちのことを訊いて回ったが、そのことを知っている者は誰もいなかった。
「神殿に入って探しましょう。」
ルナは、囚われている女性の存在は、もっと高位の関係者しか知り得ないことなのだろうと考え、高位の関係者を捕まえるべく、神殿の中に入ることにした。
「おい。オマルの娘のように、その女たちの居所はわからないのか?」
アキリオスが尋ねるとルナは答えた。
「クレオパトラは居所がわかるように予め仕掛けをしておいたからね。何の仕掛けもしてない人の居所を知ることは無理だわ。」
「チッ」
神殿の中は神殿の中で、ムスタファが殺された騒ぎの余韻がまだ残っていて、騒然とした雰囲気があった。見て居ると、どうやらムスタファの側近だった男が指示を出しているようだ。ルナはその男の背後に近づいて腕をねじり上げ、囚われている女性たちのことを問いただした。
「ここに女性たちが囚われているはずよね?居所を教えなさい。それから、秘薬とやらを作っている場所も。」
「お、お前は!」
「あんたたちの教祖の首は、私が落としたのよ。貴方も落として欲しい?」
「や、やめてくれ!教えるから。」
男の話では、どうやら神殿の地下に秘薬とやらの製造設備があり、秘薬を投与される予定の女性たちも、地下に囚われているらしい。ルナはアキリオスら二人と一緒に神殿の地下に下りていった。階段を下りるとすぐ大きな分厚い扉があって、それには鍵がかかっていた。破壊しようと試みたのだが、ルナが持っている剣だけでは、なかなか骨が折れそうだった。うーんと唸っていると、ガリアノスが進み出て言った。
「ちょっと私に見せてくだせぇ。」
彼が鍵穴に針金のようなものを突っ込んでカチャカチャと操作すると、2分ほどで鍵が開いた。
「やるじゃない。」
「そう言えばお前、以前は職人だと言っていたな。」
「へぇ、貴方のところは、乱暴者ばかりが居るっていうわけでもないんだ。」
「俺は、暴力だけでことを運ぶってのは嫌いでね。できるだけ色々な者を手下にするようにしているのさ。」
「なるほど。それは面白い考えね。貴方が普通の海賊と違うのを改めて認識したわ。」
扉が開くと、あとは簡単だった。神殿の地下の構造はシンプルで、扉の先に続く廊下の片側は大きなホールとなっていて、秘薬の製造用と思われる設備が並んでいた。一方、廊下を挟んだ反対側にはいくつか部屋が並んでいた。手前から順に、神殿関係者の居室らしき部屋、材料の保管室、何か化学的な作業をするような部屋、医療的な処置を施すと思われる部屋と続き、一番奥が囚われた者たちを閉じ込めておく部屋だった。幸いなことに地下には教団関係者は誰もおらず、囚われた4人の女性が居るだけだった。
ルナは女性たちを拘束している縄を切ると、アキリオスたち二人で、その女性たちを安全圏にまで連れて行くように言った。
「お前さんはどうするんだ?」
「私はここの設備を破壊してゆくわ。もう二度と使えないように、徹底的にね。」
「俺たちが手伝っても大変そうだってのに、お前さん一人でどうするつもりだ?」
私はニヤリと笑って、ホールの天井を指さした。
アキリオスがそこを見上げると、天井の一部が暗い赤っぽい色からだんだん輝きを増して白熱状態となり、しまいにはドロドロと溶け落ちるまでになった。
そして天井に開いた穴の下では、製造設備が天井と同じように白熱化しようとしていた。
「これは…お前さんがやったのか?」
「少なくとも私の意思は入ってるわ。さぁ、火がついて爆発することがあるかもしれないから、囚われていた人たちを連れて早く逃げて。私はもう少しここに残って、成り行きを見届けます。」
「まったく、俺が思ったとおり、お前さんはどうやらとんでもないバケモノのようだな。」
「失礼ね。私には貴方たちの想像もできない武器があるってことよ。」
そう言っている間にも、白熱化して溶けた設備の範囲は徐々に広がり、一部では煙が立ち上ったりし始めた。それを見てアキリオスたちは、囚われていた女性たちを連れて、急いで階段を上がっていった。
ルナはヘルメスと連絡を取りながら、衛星から照射されるレーザーの角度を調整し、設備が二度と使えないように内部を広い範囲に亘って破壊して行った。途中、燃料が発火したりもしたが、周りに燃えるものがなかったため、大きな火災には発展しなかった。高熱によって製造設備の80%が破壊されたのを見届けて、ルナは天井を崩して内部を埋めるようにヘルメスに指示をすると、自分も撤退したのだった。
待ち合わせしていた宿にルナが戻った時には、既に他のメンバーは全員が揃っていた。
「お姉様!」
クレオパトラが真っ先に飛びついてきて、身体をルナに押し付けてくる。
ルナは少し面食らったが、ミルファーザのところにクレオパトラが囚われていた時とは異なり心の余裕ができていたので、彼女の腰を抱き寄せ抱きしめ、彼女の甘い体臭を吸い込んだ。
「ルナさん、抱き合っているところを悪いんだが…」
暫くして、ルチアーノさんが遠慮気味に声をかけてきた。
「あ、あら、ごめんなさい。」
「全員無事でよかったな。囚われていた方々も助け出せたし。」
「ええ。そうね。」
きっかけを得て、囚われていた女性たちが、助けてくれたことへの感謝の気持ちを口々に伝えてきた。囚われていた間は、秘薬とやらをいつ投与されるのかと思って、不安で眠れなかったらしい。
「それで、これからのことなんだが…囚われていた方々は、元いたところに帰す必要があるだろう?だから、どこに帰りたいか聞いてみたんだ。近ければ俺たちが送り届けても良いと思ったんだが、かなり遠くから攫われてきた人もいて、どうしたものかと悩んでいたところさ。せっかく助けたんだから、帰り着くまではしっかりと面倒を見たい。だから、信用できる護衛を雇って送り届けるのが良いと思うんだ。その費用は私が出すことも考えたんだが、この人たちは遠慮するし、それに何だか筋が違うような気もしてね。」
「わかったわ。私に当てがあるから任せて。ルチアーノさんは、攫われてきた人の帰還にかかる費用の見積もりを明日までにお願い。それと、信頼できる護衛の確保を一週間以内にお願いします。」
「了解した。」
「囚われていた人は、自分が無事であることをご家族に知らせる手紙を書くといいわ。ここを出立するのはおよそ一週間後になるはずだから、そのことも書き添えると良いと思う。それに、衣服は新しく買いなさい。代金は後でお金を渡すから、ルチアーノさんが立て替えておいて。」
すると全員が良い笑顔でわかりましたと答え、ルチアーノさんも任せろと言ってくれた。
「それと、アキリオス。貴方はガリアノスと協力して、乗ってきた船を奪還して。今はターリクたちが押さえてるわけでしょう?あれがないと、私たちも困る。」
「任せておけ。人数的には不利だが、こちらから仕掛けることができるから、たぶん簡単に奪回できるはずだ。あの野郎には思い知らせてやらないとな。」
「じゃぁ、各人それぞれに行動を起こしてちょうだい。」
「お姉様。私に何かお手伝いできることはありますか?」
「クレオパトラは、しばらくの間のんびりしてなさい。貴女は囮という大役をこなしてくれたから、それで十分よ。シャスタさんはクレオパトラの護衛をお願いします。この子はお転婆だから、よく注意してないと、何をしでかすかわからないもの。」
冗談めかして言うと、シャスタさんも笑って同意してくれた。
それからの一週間、仕事がある人はそれを進め、夜は皆で楽しく飲み食いして英気を養う生活が続いた。
ルナは、囚われた人たちの帰還に伴う費用の見積額をルチアーノさんから教えてもらうと、その夜、ミルファーザの屋敷にでかけて行った。
ミルファーザは、例によって自室で酒を飲んでいるところだった。ルナがドアを開けるとギョッとした表情で凍りついたように動きを止めた。
「こんばんは。先日はウチの娘がお世話になったわね。今日はその時のツケを支払ってもらおうと思って来たの。」
「い、いったい、どうしようと言うのだ。」
ミルファーザは酔いのすっかり醒めた青い顔色で、恐る恐る尋ねた。
「あなたの首を貰っても仕方ないから、慰謝料をいただくわ。」
「わ、わかった。いくらだ?いくらやれば良い?」
「ほら、これが請求書。」
私は用意していた請求書をミルファーザに渡した。ミルファーザはそれを見た途端、目を剥いて言った。
「こ、こ、こんなに?私が持っている金の半分近いじゃないか。」
「あら、貴方の命の値段だからそのぐらいはすると思ったのだけど?お金を払うよりは命を払った方が良いとでも?」
「わ、わ、わかった。払う。払うから、ちょっと待ってくれ。そうすぐに全額は揃えられない。」
「あら。手形でいいわよ。金貨じゃぁすぐに持って行けないからね。でも2000万ルークは現金にして。残りは一週間以内に換金する前提でお願い。」
「なんだと!一週間以内だなんて、そんな無茶な。」
「何言ってるの。貴方の商売で動くお金からすれば大したことないはずだわ。できない時は、覚悟しておきなさい。」
「わ、わかった。よ、用意して、おく。」
「よろしく。念のため言っておくけど、私を殺そうしたらムスタファのようになるって心得ておいて。じゃぁね。」
次の日の夜、ルナは再びミルファーザ邸を訪れた。
「それで、現金と手形は用意できたの?」
「ほら、そこに置いてある。持っていけ!」
ミルファーザは忌々しそうに、テーブルの上に置いてあった金貨の袋と何枚かの手形を手で示した。ルナはそれらが要求したとおりかどうかを確認した。
「はい、確かに。手形は不渡りにならないようにしてね。」
「大きなお世話だ。」
「それに、ちゃんと自制したことを褒めてあげるわ。」
ルナが妖しく微笑んで言うと、ミルファーザはうろたえたように尋ねた。
「な、な、なんのことだ?」
「あら、知ってるわよ。昨夜私が帰ったあと、今日私が来るのを待ち伏せして襲わせようとしたでしょう?一旦はそう指示しましたよね?」
「ど、どうしてそれを…」
ルナは、昨夜ミルファーザの部屋に来た時に音響センサーを設置したのだった。
「まぁ、私には貴方には理解できない情報収集の手段があるってことよ。もっとも、何も知らない状態で待ち伏せされたとしても、そう簡単にはやられませんけど。」
「く、化け物め!」
「酷いわね。こんな良い女を捕まえて化け物だなんて。まぁいいわ。この手形がちゃんと換金できたら貴方のことは忘れてあげる。それとね。一つだけ言っておくわ。くれぐれも、ムスフタファが作っていたような薬は作ろうとしないこと。もし作ろうとしたら、貴方の家も含めて全て無くなると思って。」
ルナのこの言葉には、ミルファーザは本当に肝を冷やした。ルナを待ち伏せして襲撃する命令を撤回したのも、ムスタファの寺院の惨憺たる有様を確認したことで、このルナという女のヤバさを感じ取ったからだった。
「くそっ。忌々しい女だ。用が済んだらさっさと帰れ。」
ルナはその言葉を聞くと、たちの悪そうな笑顔を浮かべてミルファーザ邸を辞去したのだった。




