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奪還への布石

ミルファーザのところから脱出した私たち5人は、ルチアーノさんが知っていた隠れ家的な酒場に転がり込んだ。幸いなことに個室が空いていたのでそこを借り、状況を整理することにした。

「先ずはこの縄を切ってよ。ターリクのやつにすっかり騙されたわ。」

私は、ルチアーノさんに縄でつながれた手首を差し出した。しっかり縛ってある感じだったので切るなら慎重になる必要があったが、ここまで、その余裕がなかったのだ。

「おお、気付かずにすまんな。」

ルチアーノさんが縄を切っていると、アキリオスが質問した。

「それで、シュリーファの娘のことはどうするんだ?まさか、差し出して終わりっていうわけでもあるまい。」

「拉致をたくらんだ黒幕がはっきりした時点ですぐに奪還するわ。」

「それはそうだろうが、どうやって黒幕を突き止める気だ?」

「クレオパトラが連れて行かれる先がわかれば、そこに黒幕が居るんじゃないの。」

「だから、それをどうやって知るんだよ?そう何日も張り付いて見張っていられないぞ。それに、見張っていたからといって、シュリーファの娘が連れ出されたことの気づかない可能性も高い。乗り物の乗客を逐一確認するわけにはいかんからな。」

「貴方にそこまで説明する義理はないわね。貴方にお願いしたことはクレオパトラを依頼人のところに連れてゆくことだったわけだから、目的は達成できた。それについては感謝しています。幸いにして、副長のクーデターも失敗に終わったのだから、貴方はアテーナイに帰って、ヴィットリーニや副長たちへの報復を考えたらいいんじゃないの?」

「おい、つれないことを言うなよ。さすがに、シュリーファの娘の決着まで見届けないと寝覚めが悪いわ。それにな。帰るにしても乗ってきた船はターリクたちが押さえてるから、そうすぐには帰れない。」

すると意外なことに、ルチアーノさんがアキリオスを擁護する意見を言った。

「アキリオス氏が言うのは、わからなくもないな。乗りかかった船っていう言葉もある。それに、もしアキリオス氏たちが下りたら俺たちは3人。ちょっと少なすぎやしないか?」

「うーん…そうね。まぁ、確かにちょっと少ないかも。わかったわ。一緒に行動してもいいけど…でもいいこと?私の指示にはちゃんと従うのよ。それが条件。」

「わかったぜ。言うとおりにする。」

「お嬢様は大丈夫でしょうか…」

シャスタさんが心配そうに訊いてきた。

「心配よね。今からクレオパトラの様子を見てくるわ。不安を少しでも取り除いてあげたいから。それに、向こうが早く動いてくれた方が私たちには都合が良いから、ちょっと牽制してきます。」

「おい、今からまたミルファーザの所に行こうっていうのか?騒ぎの後だから警戒しているかもしれんぞ。それにお嬢さんの居る場所はわからないだろう。」

「クレオパトラの居場所はわかるわ。そういう仕掛けをしておいたからね。まぁ任せて。潜入とか撹乱は得意なの。1時間で戻るから、その頃にお料理が出るようにしておいて。5人前。」

「5人前?俺たちはお前さんが戻るまでお預けってことかよ。」

「5人前は私の分よ。貴方たちは、どうぞ先に食べたり飲んだりしていてください。」

「女の身で5人前?呆れたやつだな。どんな胃袋してるんだ。」

「そう言えば、ルナさんは私の船でもかなりたくさん食べてましたね。」

「しょうがないじゃない。お腹が減るんだから。じゃぁ頼んだわよ。」

そう言って、私は一人、ミルファーザの屋敷に戻っていった。


私がミルファーザの屋敷に戻るのに要した時間は僅か5分だった。普通なら、一度しか行ったことのない場所に夜にたどり着くのはそう簡単ではないのだが、今回はクレオパトラに付けた発信機のおかげで、ヘルメスが指示するとおりに進めば良いだけなので簡単である。ミルファーザの屋敷は特に警備が厳重というわけでもなく、すぐに庭に侵入することができた。クレオパトラが囚われている場所は、今見えている二階建ての建物の奥から3番目の窓の部屋のようだ。私は一旦屋根まで登り、用意していたロープを煙突に結びつけて、そのロープに体重を預ける形で、クレオパトラが囚われている部屋の窓のところに降りていった。事前の音響解析で、部屋に居るのはクレオパトラだけとわかっていたので、カーテンが閉められている窓をトトト、トトト、トトトと叩く。このリズムは事前に決めていた合図で、私が関係していることを示すものだ。10秒もすると、サッとカーテンが開けられ、窓が開かれた。私がスルリと部屋に滑り込むと、間髪入れずクレオパトラが抱きついてきた。

「お姉様!」

その呼び方に一瞬面食らったが、不安に思っていたことだろうから仕方ないのかもしれない。私もクレオパトラの名を呼んで体を抱きしめてあげると、彼女は私の腰に手を回して自分の体をぐいと私に押し付け、私の胸元に頬を付けて愛しそうに擦り付けてきた。甘やかな体臭が鼻腔に流れ込にドキドキする。

「ちょ、ちょっと…」

私は戸惑って、彼女を押し戻しながら尋ねた。

「ねぇ、体調はどう?ここまで、何かされなかった?」

クレオパトラはちょっと不満げに口を尖らせたが、すぐに笑顔になって答えた。

「はい、体は大丈夫です。特に何もされていません。」

「そう、よかったわ。このお部屋もそう酷くはないから、貴女をぞんざいに扱うつもりはないみたいね。でも、どうしても困った事態になった時は声に出して私を呼ぶのよ。5分でかけつけるようにするから、できるだけ時間を引き延ばして。」

「この腕輪で私の声がわかるんですね?」

彼女は腕輪に視線を移して訊いた。

「そうよ。そこに仕掛けた音響センサーが、貴女の声や周りの音を伝えてくれるの。貴女がどこに居るかも別のセンサーでわかるから安心しなさい。でも、音響センサーの方は電力が3日ぐらいしか保たないから、貴女を早く黒幕のところに連れて行きたくなるように、ちょっと牽制をかけるわ。」

「牽制?」

「これから朝までに、この家に4回ほど侵入してわざと姿を見せるの。貴女を奪還する動きがあるって思わせて騒ぎを引き起こしたら、たぶん堪えられなくなって、一刻も早く貴女を黒幕のところに連れて行きたくなるはずよ。万一奪還されたらとんだ失態だもの。」

「でも…姿を見せるのは危険じゃありません?」

「こんな普通の商家なんて、これまで私が潜入してきた所から比べれば、何の問題もないわ。」

「ルナさんの過去って壮絶だったみたいですね。」

「まぁ、私は傭兵みたいなこともずっとやってきたからね。ウチに逗留するようになったら色々と教えてあげる。とにかく、今夜は騒ぎを起こすけど心配しないで。それと、危なくなったら声に出して私を呼んで。じゃぁね。」

そう言って私は、クレオパトラの部屋を一旦辞去し、皆が待っている酒場に食事をとりに戻ったのだった。


一方、クレオパトラを手にいれたミルファーザは、自室のソファに一人腰掛け、グラスを手にしながら、今日のことを振り返っていた。

(あのターリクという海賊は、とんだ食わせ物だったな。わしが色々お膳立てしてやったのに、結局、頭目のアキリオスをとり逃してしまいおった。おかげで、アテーナイを仕切っている海賊を儂の息のかかった者にすげ替えるという目論見は潰えたわけだ。それどころか敵対関係を作ってしまった。とんだ誤算だったわ。そのターリクは、まだ儂の部下たちと一緒におるようだが…いっそのこと捕らえてアキリオスに差し出すか?アキリオスとの関係修復の助けになるかもしれん。だか、そうすると儂の信用が落ちるかもしれんな。それに、アキリオスが何か報復をしてきた場合に何かの役に立つかもしれん。暫くは成り行きにまかせるか。それにしても…オマルの娘はなかなかの美女だったな。ムスタファ様のところに連れてゆく前に少し味わってやろうか。ムスタファ様は、どうせ薬漬けにして女を壊すだけだろうから、儂が味わってからでも問題なかろう。)

ミルファーザはいやらしい笑いを顔に浮かべ、クレオパトラを我が物にしようと、ソファから立ち上がって部屋を出た。すると娘を閉じ込めてある部屋に続く階段の所に人影を認めた。服装からして、家の者ではなさそうだ。

「おい!誰だ!」

ミルファーザが鋭く警戒の声を上げると、その人影はトタトタトタと足音を立てて慌てた様子で階段を駆け上がって行った。ミルファーザは、賊だ、侵入者だと大声を出しながら、その人影を追った。二階に上がってみると、その侵入者は娘を閉じ込めた部屋のドアのノブをガチャガチャさせて開けようとしていたが、ミルファーザの姿を認めた途端、手に持っていた石をミルファーザに投げつけ、たまたま開いていた廊下の窓をくぐって、外へと脱出してしまった。賊の投げた石はミルファーザの足をしたたかに打って、まともには歩けなくなった。ミルファーザはチッと舌打ちをして、侵入者が逃げ出した窓にヨロヨロと近づき外を見たが、そこにはもう人影は見いだせなかった。ミルファーザが思い返すに、その賊はどうやら女のようで、覆面を付けていたのではっきりとはわからなかったが、背格好からしてオマルの娘の引き渡しに付いてきた女の気がした。

「そう言えば、ターリクの奴はあの女には気をつけろと言っていたな。いったいどうやって娘の部屋を嗅ぎ当てたのか…」

そのように訝っているうちに、ミルファーザの声を聞きつけた家の者が幾人か集まってきたので、ミルファーザは、今すぐ娘の部屋を変えるのと警戒を強めることを指示した。

自分はびっこをひきながら自室に戻り、お気に入りの侍女を呼んで酒の相手をさせることにした。足が痛むので、とても一人で過ごす気になれなかったのだ。

色々な措置が一段落ついて、屋敷の者がそろそろ就寝しようかというころ、新しくオマルの娘の部屋とした北の棟でまた侵入者騒ぎがあった。娘を閉じ込めた部屋はここでも二階だったのだが、二階に続く階段を登る賊の姿を、警護の者が見かけたのだった。警護の者が後を追って階段を登りきったとき、賊は廊下の奥からその階段めがけて疾走してきたところで、一瞬で警護の者の脇をすり抜け、階段を一気に飛んで玄関から外に出たのだとか。これを聞いてミルファーザは、再度娘の部屋を変えるように指示した。今度は母屋の地下室だ。だが、3時間ほど経った頃にまた侵入者騒ぎが発生した。結局、部屋をいくら変えても、賊は何故か新しい監禁場所を知っていて、その近くにやってくるらしい。もしかしたら、邸内に手引きをしている者がいるのかもしれない。ミルファーザは娘を最初の部屋に戻し、警護の人数を増やすことで対応することにした。明け方近くにまた侵入者騒ぎがあったが、警護の人数が多かったために最初のときように部屋の入り口まで辿り着かれることはなかった。

結局、オマルの娘の引き渡しを受けた日は、ミルファーザとその家人は、ろくに睡眠も取れず疲弊していた。この調子で侵入者騒ぎが続けば、娘は奪還されてしまうに違い無い。ミルファーザは、午前中の早い時間に娘を依頼者に引き渡すことにしたのだった。

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