海賊船との競争
ようやく再開します。
定期的な更新は難しいのですが、二週間に一回を目安にがんばります。
今後ともよろしくお願いいたします。
さて、出航の日。
朝から一悶着あった。クレオパトラ本人がどうしても船に乗るというのだ。万が一のことを考えると、クレオパトラは乗ったふりをして自宅に待機しておく方が良いと言うのに、彼女は、自分の問題だからどうしても一緒に行きたいと言う。
「それに、私を狙う者の目がどこにあるのかわからない以上、下手な小細工は相手を警戒させて解決を遅らせますよね。」
これが彼女なりの理屈だ。まぁ、確かに自宅に居ることが知れたら、私たちが何らかの罠を張っていることを感づかれて、慎重に行動するようになるのは間違いないだろう。事態の解決も当然遅くなる。解決があまりにも遅くなれば、クレオパトラの留学も白紙に戻ってしまうかもしれない。だからクレオパトラには到底受け入れ難いことなのは理解できる。それに、万が一クレオパトラが家に居ることを勘付かれて、私がいない間に攫われたら、私は酷く後悔するのではないだろうか。クレオパトラが私と一緒に居るなら、私はたいていのことには対処できるだろうし、最後の手段としては衛星からのレーザー攻撃で相手を撃破できる。一方クレオパトラが家に一人で居るのでは、私が対応できる範囲は大きく限定されてしまう。
「わかったわ、クレオパトラ。同行を許しましょう。家に居て、万一そのことに気づかれたら、その方がかえって危険だと思うから。ご両親にも私から説明します。」
今考えたことをオマルさんご夫妻に説明し、クレオパトラ本人も望んでいると言うと、ご夫妻は仕方ないというふうにため息をついて、クレオパトラが私に同行することを承諾してくれた。
さて出港である。オマルさんご夫婦が娘のクレオパトラを抱擁して送り出すという演出をした後、私たちはルチアーノさんの船に乗り込んだ。積荷は軽いものばかりのため、船足はかなり速くできるはずだ。出港してすぐ、私たちはクレオパトラも含めて船長室に集まり、海図を広げて、ヘルメスが伝えてきた現時点での海賊船の位置を共有することにした。
「ルナさん、この海図に書いてある線と数字は何だい?」
船長が私の海図を見るなり質問してきた。
「あぁ、これは海図の場所を特定する数字よ。世界がほぼ球形をしていることは知ってるでしょう?その球を縦斬りにして基準となる線から何度東にずれているかを示したのがこの数字なの。ここには、北に何度ずれているかの表示もあるわ。」
「こんな海図、見たことがないんだが…」
「まぁ、今となってはこの数字は私だけの基準ってことになっちゃうわね。でもこの数字がわからないと、色々な場所の位置を特定するのに困るのよ。因みに例の海賊の位置は今はここらへん。」
私は海図上のある点を指して、現在の海賊の位置を示した。このままで行くと明日の朝には水平線近くに海賊船の姿を確認できる感じだ。
「黒幕を追い詰めるためには、海賊には、こちらを襲う意図を示してもらわないといけないのだけど…」
「それはまたどうして?」
「こちらに害意を示さない限り、何とでも言い逃れできてしまうでしょう?船長さん、あの海賊はどう動いてくると思います?」
「そうだなぁ…こちらは追い風、むこうは向かい風。大きく迂回してこちらを追う態勢に入るんじゃないかな。途中で舷側にある砲門がこちらを向くタイミングがあるはずだから、その時に距離が近ければ撃ってくるかもしれんね。砲弾が当たればこちらの船足を止めることができて、接舷が楽になるから。」
「そうか。大砲を撃ってくれるのは好都合ね。これ以上ない意志表明だもの。ギリギリ当たらない距離を取るように操船できます?」
「答えに窮する質問だなぁ。でも、そうだな…たぶんできるんじゃないかな?向こうが船足に自信があれば、砲撃は当たれば儲けものみたいな気持ちだろうから、ちょっと遠いかなという位置でも撃ってくると思う。」
「じゃぁ、船長さんが良いと思う距離を取りつつ、逃げる態勢に入って。その状態で少なくとも半日は向こうが追いついたり、こちらが逃げ切ったりしないよう、時間を稼いでちょうだい。」
「わかった。せいぜいからかってやりますよ。」
次の日の朝8時ごろには船の進行方向から右45度ぐらいの方向に海賊船の船影を肉眼で捉えることができた。奴らの船は、こちらの船の進路を横切るように進んできており、船長さんはタイミングを見計らって、わざわざ右に舵を切るようにすることで、昨日言ったとおりの状況を作ることに成功していた。そして奴らは、私の期待どおりやや遠いところから砲撃をするとともに、停船すれば命の保証はするという意味の信号旗を掲げてきた。
「ふふ…これで襲撃の意図があることははっきりしたわ。さあ、逃げましょう。」
私は、海賊と考えられる船から襲撃が有ったことをヘルメスに伝え、根城に踏み込むようサラに伝えてと依頼した。
いよいよ海賊船との追いかけっこである。奴らの船は、最初私たちの船の左舷後方約500メートルにつけていた。私たちの船は帆いっぱいに追い風を受けてこれ以上ない速度で航行を続けたが、意外なことに奴らの船の方が少しだけ速いため、じわじわと距離を詰められ、お昼前には距離300mのところに迫っていた。
「この船、どうやら世界最速っていうわけではなかったようね。」
「ルナさん、すまない。船体に着いた貝類の除去ができてなかったよ。それで、いつもより船足が遅いんだ。まさかこんな追いかけっこになるとは思わなかったからな。」
「まぁそれも一因かもしれないけど、奴らの船の実力を見誤ってたのもあるわ。このままだと、あと2時間後には鈎付きの投げ縄の射程に入りそう。鈎が引っ掛けられたら、すぐに接舷されてしまうでしょう。船長さん、転舵を繰り返したら距離が広がらないかしら?」
「うーん、向こうの船の性能次第だから、まだ距離のある今のうちに試してみる手はあるかもな。」
「わかった。やってみてくれる?」
船長は私のリクエストに従って、左45度、右45度の転舵を二回行った。しかし、海賊船の回頭性能は私たちの船を上回っているようで、この二回では距離は遠ざかるどころか、逆に僅かに縮まったようにさえ感じられた。
さて、どうしたものか。ヘルメスにレーザーで攻撃してもらうことはできるのだけど、これはさすがに最後の手段だろう。今のように関係する者の多い場で、奥の手を披露してしまうのは良くないと思う。接舷される直前に私が向こうの船に飛び移って制圧する手も考えられるが、逆に向こうからこちらに乗り込まれる機会を与えることになり、クレオパトラを押さえられるというリスクも少なからずありそうだ。そこで私は、今あるもので私たちが逃げ切るのに使えるものが何か無いか確認することにした。
「ねぇ、船長さん。乗組員全員に声をかけて、どんなものでもいいから攻撃に使えるかもしれないと思えるものを持って来させてくれない?武器になってなくても、火薬だけとかでもいいからって。」
船長は私のお願いのとおり乗組員全員に声をかけてくれた。甲板に、各自が保有している武器や船に搭載されていた武器が、どんどん並べられてゆく。白兵戦向けの短い刀や小型の弓が多い。船の積荷では、銛や発煙用の火薬もあったが、銛は1本、火薬は少量で、船を攻撃するほどのものではなかった。その中で私の目に止まったのが、船底の積荷の中にあった大型の斧だ。数も30本ほどある。重量があって船の安定のために都合が良かったので、そのまま積んであったらしい。
「これ…回転させて投げたら帆を斬り裂けるんじゃないかしら。銛とは違って数も多いし…ねぇ、悪いけど試しに一本投げてみていい?」
荷主のルチアーノさんに訊いてみると、こんな事態だから好きに試してくれ、と快諾してくれた。
私は、1本を手にとってスナップを効かせる仕草で大きさと重さを確認したあと、風下に向かって思い切り投げてみた。刀は人間が投げたとは思えない速度で回転しながら飛び去り、100mぐらい先の海面に落下した。
「ちょっ、お前!なんてバカ力なんだ!」
その気持ちはルチアーノさんやクレオパトラも含めて、全員が同じ思いであることは表情が物語っていた。
「ふふ…人は見かけによらないって言うでしょ?鉤縄の射程って30mぐらいでしょうから、そこまで詰められる前に、斧で帆を切り裂ければ向こうの足を止められそうね。悪いけど、ここにある斧は全部船尾に持っていってちょうだい。」
約1時間後、いよいよ海賊船が迫ってきた。長距離射程の弓を警戒して、私意外の乗組員は全員船室の中に入って待機している。奴らの船はこちらの船に接舷を狙っているので、左斜め後方から接近してきており、真後ろから接近されるよりは帆を見込む立体角が小さくなるのだが、まぁそう大した問題ではないだろう。距離40mぐらいになった時に私は甲板に姿を表して、奴らの船の3本あるメインマストの中で最初のマストに張られている帆の一つに向けて、用意した斧を思い切り投げつけた。斧は回転しながらヒュンヒュンと音を立てて飛んで行き、狙いの帆の真ん中に命中。帆には亀裂が入ったが、まだ大きく破損するほどではなかった。だが、海賊船の乗組員の表情はちょっと見ものだった。口をポカンと開けて私を見ていたり、何か大声で叫んで右往左往していたり。中には弓矢を取り出して私に射かけてくる者もいたが、強風の中で私まで到達する矢はとても少なく、到達した矢にも大した力はなかった。私は次々と斧を投げつけていった。マストに張られた何枚もの帆に複数の亀裂が入り、帆いっぱいに受けていた強風がその亀裂をおし拡げて徐々に傷を大きくしくれていた。20本目が命中する頃には、最初のマストの全ての帆はすっかり使い物にならなくなっていた。これによって奴らの船は速度を大きく落とすこととなり、遂には追跡を断念した様子で、進路を変えて帰投してゆくようであった。
隠れて見ていた船のみんなも、甲板に出てきて、私が奴らの船を撃退したことを喜びあった。
「奴らの船足が思ったより速くてかなりまずいと思ったんだが、ルナさんの怪力のおかげで助かった。恩にきるよ。」
「うふふ。特別ボーナスは、豪勢なお料理をお腹いっぱいでいいわ。私はかなり食べるから、覚悟しておいてね。」
「お嬢さん、ほんと驚いたよ。長いこと船乗りをしてきたけど、こんなふうに海賊から逃げた話なんて初めてだ。酒を飲むときの話のネタもなるから、ありがたい。」
クレオパトラも、目をキラキラさせてルナさん凄いって言っている。可愛い娘に憧れの目を向けられるのは、照れ臭いけど嬉しい。
「海賊からは逃れられたけど、今回の騒動の張本人はまだ確認できてないわ。一旦アレクサンドリアに戻って、連絡を待ちましょう。」
「その連絡って言うのが謎なんだよな。一体どうやって情報を得ているのか。」
「商売上のヒ・ミ・ツ」
「チェッ、まあしょうがない。じゃぁ、船長。アレクサンドリアに向けて転進してくれ。」
「了解しました。」
こうして私たちは、アレクサンドリアに戻ってきた。クレオパトラが同行したため、オマルさんご夫妻も港まで迎えに出てきており、みんなで無事を祝い合った。




