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航海

ルチアーノさんとの打ち合わせの翌日、航海に使う船を実際に見せてもらった。保険をかける場合、積荷の価値と船の状態を把握するのは特に重要だ。積荷の価値がわかれば詐欺の回避にもつながるし、船自体の欠陥で沈没するといった事態を免れることができる。それに今回は私が同行するのだから船内でどのように過ごせるかも確認しておかないと。私が乗る船は3本マスト全長約90メートルの美しい帆船で、巡行速度は18ノット程度らしい。アレクサンドリアまで約5日の船旅になる予定だ。私の部屋は船長室の隣。こじんまりした部屋だが、鍵もかかり、女性としてそれなりに敬意を持って扱ってくれるようだ。船体や主要装備にも特に問題は見られなかった。

船の視察後、私は船長さんとともにパブロッティ商会に顔を出し、行きの航路とスケジュールを提示した。出航は4日後。当面は天候が安定しており遭難の確率はほぼゼロである。航路の提示の際には私が用意した地図を使ったため、その精細さには皆から驚かれた。ぜひ譲って欲しいと懇願されたが、こういった情報が出回るのは好ましくないので丁寧にお断りし、私の地図に示した航路をパブロッティ商会が持っている海図上に転記してもらうに留めた。今後もこのやり方を踏襲するつもりだ。


出航当日の朝、私はサラと一緒に王都の港までやって来た。船には積荷が積載され、先日見たときより喫水線がやや上がっていたが、通常の範囲内で全く問題ない。それに、行きの積荷には保険がかかってないから、私にさえ影響がなければ良いのだ。でも仮に難破したとして、何日もかかって戻ってきたら、その時の日当ってどうなるのだろう。今回みたいに同乗する場合もあるのだから、次の時には決めておかないといけないと思った。不可抗力的な理由の場合は痛み分けってことで、半額ぐらいが適当かな。

そんなことを考えていると、不意にサラが私の手を握ってきた。

「ルナさん、お気をつけて。少しの間ですけど、離れるとなるとなんだか心配になってきます。」

「あら、心配してくれてありがとう。大丈夫よ。私にはヘルメスも付いてるし、何たって5000年間ちゃんと生き残ってきた実績があるんですもの。」

「ええ、それはわかってるんですけど…でも何だか寂しい気もしたので。」

「やだ。サラってそういうキャラだった?」

「そう言われると、確かに私のキャラからは外れているような気もします。なぜなんでしょう。」

「もう、こっちが訊きたいわよ。」

「あ、そういえば私、ヘルメスがルナさんに発する通信を理解できるようになりました。私、もともと電場や磁場は感じることができたんですが、ルナさんとヘルメスとのやりとりを傍受してるうちに、ルールがわかって意味を取れるようになったんです。」

「え!ほんと?驚いた。さすが神様の分身だけはあるわね。サラからも発信できるの?」

「発信はどうやったらいいかわからないんです。多分できないと思います。」

「でも、理解できるだけでもすごく助けになるわ。えーと…周回してる通信衛星群からの通信がわかるわけ?」

「それだと私が受信するには信号が弱いこともあるみたいなので、上空に中継局を残してくれれば助かります。」

「わかったわ。サラと通信が必要な状況が予測される場合は、中継局を上げておくことにするわ。」

「私がルナさんのメッセージを受け取ったかどうか、確認の手段が必要でしょうから、合図を決めておきましょう。窓辺にハンカチを出しておく、というのはどうですか?」

「あ、いいわね。そうして。色は黄色とか(笑)」

「古いですね。」

「ふん、どうせ私は3万歳の女ですよ。それにしても良く知ってるわね。」

私のふくれっ面の顔に、サラはうふふと軽く笑って

「それでは、お気をつけて。帰りのスケジュールが決まったら連絡してください。黄色いハンカチを買って待ってますから。」

「あはは、何十枚も出せるようにしておいてよ。じゃぁ行ってきます。私がいない間、大司教様でも相手にしてて。」

「はい」

「まったくこの子は。あっさり「はい」っていう返事なんだ。でもまぁサラらしいか。」

「うふふ…行ってらっしゃいませ。」


出航してしまうと、私は特にやることもないので、甲板にテーブルと椅子と日傘を出してもらって、そこでのんびり過ごすことにした。帆走している時の、風が身体のそばを吹き抜けてゆく感覚がとても爽快だ。青い水と白い波と雲という風景にも心を洗われる気がする。そういった中で、持ち込んだ本を読んだり、お酒を少し飲んだりするのは、この上もなく贅沢に感じられる。私がのんびりしている横で船員さんたちは、風向きに応じてセールを操作したり、デッキを掃除したり、お仕事の合間には釣りをして食料のお魚を獲ったりして忙しそう。彼らの仕事を観察するのはかなり面白い。私には気づけないような仕事があるし、人によってやりようが違ったりもする。航路と風の情報の予測は私から示してはあるけれど、航路と風の情報を見る役割の人はちゃんといるようだ。見た所二人らしい。船員さんたちが忙しくしている中で私だけのんびり過ごしているのがちょっと申し訳ない気もするけど…でもいいの。私だって、その時がくればちゃんと活躍するのですから。役割が違うっていうことで理解してもらいましょう。

そんなふうに過ごしていると、お昼近くになって、荷主のルチアーノさんが声をかけてくれた。

「どうだい、退屈してるんじゃないのか?」

「大丈夫です。バカンスだって思ってのんびりしてますから。」

「悪いなぁ。アレキサンドリアに着いたあと、どう行動するかを考えないといけないから、今はキミに付き合う時間がなくてね。もうすぐお昼だけど、キミの昼食のことは船員に言ってあるから、連絡があったら食堂に行ってくれ。」

「お気遣い、ありがとうございます。私、特に何もせずのんびりしてるのも好きですから、全く問題ありません。昼食も船員の皆さんと一緒におしゃべりしながら取るのが楽しみです。」

「そうかい。そう言ってくれると肩の荷が下りるってもんだ。今日の夕食は船長・副長と一緒に食べよう。航海中もっとも豪華な夕食ってことになるな。食料の中で日保ちしないものは、初日か翌日に使うしかないからな。」

「わぁ、ほんとですか?嬉しいです。ありがとうございます。」

「じゃぁ、済まないが、それまでは適当に過ごしていてくれ。」

「はい。」


お昼近くになると、少年とも思える年齢の船員さんがやって来て、昼食の準備ができたことを教えてくれた。

「どうもありがとう。ねぇ、せっかくだから一緒に食べません?」

「あ、ああ、かまわないよ」

船の食堂は船員でごったがえしていた。私を呼びに来てくれた船員さんについて、言われるままにトレイを持って列に並ぶと、野菜と肉を煮込んだ料理にパン、それにワインを乗せられた。食器は全て木製だ。時化の時もあるので食器が割れないようにとの配慮だそうだ。空いている席を見つけて二人で座った。

「私はルナっていうの。貴方は?」

「俺はペトロって言うんだ。」

「随分若いみたいだけど、いつからこの船で働いてるの?」

「俺、まだ1ヶ月前に18歳になったばかりなんだ。この船にはその時から。姉ちゃんは何でこの船に乗ってるんだ?」

「私は、今回特別にこの船の航路とスケジュールを決める役割を請け負ったのよ。行きは出港前に決めたんだけど、帰りは出港できる状態になるのがいつになるのかわからない。それで私が同行して、出港ができる状態になってから航路とスケジュールを決めるってわけ。」

「え、でも航路やそれにかかる日数なんて、毎回同じようなものなんじゃないの?」

「チッチッチッ。航海の時に船が損害を受ける原因の一つは、嵐に巻き込まれることよ。私には向こう10日間の天候が予測できるから、嵐を避けて、航路とスケジュールを決めてあげられるの。特に大切な積荷を運ぶときには、極力リスクを回避しなければならないでしょう?だから今回特別に私にお仕事が回ってきたわけ。」

「ふーん。でも、航路とスケジュールを決めて、それが結果的に失敗だったとしてもお姉さんは困らないんだろ?」

「まぁ、私が決めた航路とスケジュールに価値を見出してくれる人だけが私を使ってくればいいのよ。それにね。万一提案した航路とスケジュールを守ったにもかかわらず、天候が原因で損害が発生した場合に備えて、その損害を補償することも引き受けるわ。これはすごく大きなリスク回避のはずだわ。」

「なんだか良くわからないけど、まぁいいや。俺まだほんの駆け出しだから、まだまだ覚えることは多いんだけど、それでも天候によっては船の操船がとてつもなく難しくなるのは経験したから、お姉さんが安全な航路とスケジュールを提示できるっていうんなら、それには価値があると思う。」

「ありがとう。私もこうやって一緒に航海してると、船員さんたちが実際にどんな仕事をしているかわかるから、良かったと思ってるわ。」

その後は、私の身の上話や、ペトロが付き合っている女の子とかの話になって、お昼休みはあっと言う間に終わりを告げた。

「じゃぁ、俺、行くから。午後からは帆布の繕いをしないとね。」

「うん。一緒にお昼ご飯に付き合ってくれてありがとう。またね。」


昼食を済ませた後、私はまたデッキに用意した椅子とテーブルのところに戻ってのんびり過ごすことにした。

暫くそこで本を読んでいると、船員の一人が声をかけてきた。午前中、マストの上で航路の状況と風を見ているらしい船員のようだ。

「お嬢さん、ちょっといいかい?」

30代後半らしく、落ち着いた柔和な感じに好感が持てる。

「ええ、いいですよ?何か?」

「俺は、アレッシオ。この船の海と空の見張り役をしてるんだが、お嬢さんが今回の航路とスケジュールを決めたって聞いて、ちょっと興味があって話を聞きたいって思って声をかけたんだ。」

「あらそうだったの。私はルナ。貴方が言われたとおり、今回の航海では、私が航路とスケジュールを決めてるのよ。」

「俺が興味があったのは、どういった理由で航路とスケジュールが決まるんだろうってことさ。特に帰りはまだ確定してないだろう?」

「あぁ、そういうこと。航路は座礁しない最短ルートが基本なんだけど、風向きと風の強さを考慮して、最短の期間で到着するように決めるのよ。航海に支障が出るほどの嵐は避けるようにして、どうしても避けられない場合は、寄港したり比較的安全と思われる入江に停泊したりするの。」

「しかし、航海期間全てに渡って風のことまで含めて予測するのは無理じゃないか?俺は経験豊富だから、明日のことぐらいまではわかるんだが、それ以上は無理だぜ。」

「うふふ、そこが私の価値だと思うのよ。だいたい10日先までの気象状況は読めるのよ。あと、あまり知られていない入江の情報なんかもわかるわ。」

「にわかには信じられないんだが、いったいどうやってわかるんだい?俺の場合は、目に映る海と空の様子に加えて、生き物の行動なんかも合わせて考えているんだが。」

「複数の情報から判断してるのは同じよ。問題は、どこまで広い範囲で情報が得られるかってことね。私の場合は、そうね…半径3000kmの範囲ぐらいまでなら情報が取れるかな。」

「何だって?それ、本当かよ。いったいどうやったらそんな情報が取れるんだ?」

「詳しくは教えられないけど、私には何千もの手下がいて、そこから情報を貰ってるって思ったらいいわ。それで遠くの状況がわかるのよ。」

「ま、魔女みたいなやつだな。」

「うふふ。随分信じやすいのね。」

「何?嘘だってのか?」

「あら、嘘なんてついてないわ。ただ、突拍子もない話をすんなり受け入れたから、そう言っただけ。」

「ちっ、わかったよ。俺が真似できるようなことなら教えてもらえないかと思ってたんだが、どうやら無理そうだ。邪魔して済まなかったな。」

「いいえ。お話できて嬉しかったわ。ここに座ってるのもちょっと退屈になってきた時だから、ちょうど良かったの。この航海中、天候に関することなら何だって教えてあげるから、何かあったらまた声をかけて。」

「あぁ、そうさせてもらうよ。じゃぁな。」

次回より、投稿時刻を火曜日の20時頃に変更いたします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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